昼は侍女で、夜は姫。

山下真響

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18玉座の間にて

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 サニーは玉座の間にいた。長い臙脂色の絨毯の突き当り、壇上に座すのはダクネス王国国王クロノスである。

 クロノスは指の爪で肘掛けをカツカツと叩きながら、灯りの少ない部屋にも関わらずその白さが際立つ愚息を睨みつけた。

「申し開きがあれば聞いてやろう」

 サニーはクロノスから一段低い地面で跪いている。一瞬何か言おうとして口を開いたが、言葉が紡がれることはなかった。サニーが国王からこのような叱責を受けるのは三度目のことである。

 一度目は五歳の頃、母親である王妃に王の許可なく会いにいった時のこと。二度目は城内を散歩中の弟に話しかけた時のこと。そして今回は。

「他国の女に入れあげて夜な夜なほっつき歩き、あろうことか『泥鼠《グレイ》』」を私物化した罪は重い」

 メテオが泥鼠の配下を使ってシャンデル王国への行き方を模索していたことが、漏れてしまったのだ。メテオは夜会に間に合わせるために派手に動き回り、彼自身も目の下に酷いくまを作っていたため、王でなくとも何かあると感じるところはあるだろう。

 さらには、王がたまたま用事でサニーを呼び出した際に、ちょうど姿を消していたことが問題となった。ルーナルーナと夜会に参加していたためだ。これには、一時は誘拐や失踪の話まで持ち上がるほどの大事になったのだが、サニーの場合は無事に帰還したことを喜ばれることも無い。散々憎まれ口を叩かれた後の、この叱責である。

 サニーは自分の甘さを恥じていた。泥鼠は王族のための闇組織だ。平時はサニーがその元締めを担っているが、真の頭はもちろん王、クロノスなのである。サニーの友人でもあるメテオに無理をかけたことも、サニーと交流の深いアレスにもこの叱責の影響は免れないだろうことも、どれをとっても悔やまれる。しかし、友人二人の犠牲がなければルーナルーナの願いを叶えることはできなかったのだ。

(父上は、俺から何もかも奪っていく)

 母親や弟と関わることを禁じられ、離宮に閉じ込められて十年以上経つ。外に出るのは泥鼠の仕事がある時だけ。どこかの街や村に潜伏し、指定された人物を殺したり、建物を破壊しては、跡形もなく消える。そしてまた、狭い自室の暗闇に囚われ続ける。

 サニーにとってルーナルーナは、奇跡の女神だ。もしくは、ある日突然現れた黒い翼を持つ美しい天使。ルーナルーナの存在は、彼女本人が考えている以上にサニーの中で大きなものになっている。この世で誰よりもサニーを肯定し、心を寄せてくれるのが彼女であり、サニーが心底信じても良いと思えるのもルーナルーナだけだった。

 だからと言って、ここで言い訳を並べても何も始まらない。これ以上王に弱みを握られないようにすることが肝要だ。

「はっ。申し訳ございません」
「謝罪などいらぬ。お前には罰として、仕事を一つ与えよう」

 すると、王の脇に立っていた男が、長方形の盆のようなものを持ってサニーの元へやってきた。サニーははっとして息を呑む。これは、正真正銘表舞台における命令書だった。

 サニーは一度クロノスの顔を見ると、その表情に変化が無いことを確認し、盆の上の巻物に手を伸ばす。横に引っ張ると長い紙がするすると解け、そこには縦書きで流麗な墨文字がしたためられている。

「異教徒の殲滅ですか」

 その命令書には、最近国の各地で見られる不穏な動きについて綴られていた。

 ダンクネス王国にもシャンデル王国と同じく統一宗教があり、一般的に『教会』と呼ばれている。その教会は国中のさまざまな都市や村に支部があるのだが、昨今その教会を攻撃するだけでなく、新たな宗教を崇めて集会を開く者が増えてきたというのだ。

「なんでも、その新興宗教の悲願は『二つの世界を一つにすること』らしいぞ」

 クロノスは嗤った。サニーの顔は硬直する。

「いいか、サニウェル。お前が責任をもって一連の騒動を収めるのだ。教会は我ら王族の庇護の元にある。ここで助けてやらねば、我々が腑抜けと同然だ。王家の威光を示してみよ」
「かしこまりました。謹んでお受けいたします」

 サニーには、クロノスがどこまで知っているのかが読めなかった。二つの世界とは、ダンクネス王国がある世界とシャンデル王国がある世界に他ならないだろう。それらをこれまで通り綺麗に分断しておこうという王の意向は、確かにサニーを断罪するのに相応しいかもしれない。

 だがサニーには、これもまたチャンスだと思っていた。何しろキプルの実はもう無いのだ。後宮の敷地内のキプルの木から全て収穫して夜会のために使ってしまったからだ。

(ルーナルーナ、俺は必ず何かの手がかりを掴んで見せる。そして君に会いに行く……!)

 決意を新たにしたサニーは静かに礼をすると、玉座の間から立ち去った。




 重々しい音を立てて扉が閉まった瞬間、王の隣に立つ男は眉間に皺を刻んだ。

「あのような者へ手柄を渡さなくてもよろしいのでは」
「ラック。私の命令がそんなに不満か?」

 ダンクネス王国宰相ラックは、国王クロノスの右腕であり、幼馴染でもある。これだけ長きに渡って行動を共にしても、ラックにとってクロノスの意図が不可解なことが多くある。ラックは無言になった。

「ならば質問を変えよう。お前ならば、どうする?」
「私ならば、サニウェル殿下の弟君で第二王子であらせられるオービット様に同じ任を与えます。王城内でも人気のある彼ならば、たちまち異教徒共の鎮圧軍に属する兵士達の士気も高まりましょう。さらに言えばオービット様の方が……」

 そこでラックは素早く口をつぐんだ。クロノスから殺気が放たれたのだ。ラックは、言ってはならないことを口にしようとしていたのだと気づく。

「お前はオービットと同じくまだまだ青いな。オービットはサニウェルの弟とは言え、生まれた日は二日しか変わらない。そのたったの二日で王位継承権に差が生まれるのが理解できないのだろう?」

 図星だった。ラックは王とは異なる意向を持っていることを隠そうと目を伏せる。

「そうだな。お前にも分かるように説明してやろう。私は、どちらが王位を継いでも良いのだ。ただし、継ぐ限りは優秀でなければならない」

 クロノスはおもむろに立ち上がる。

「さて、嫌われ者として育ち、汚れ仕事もものともしない者と、甘やかされて育ち、人間の綺麗な部分しか知らない者。どちらが施政者としての器に相応しくなるだろうな? 私の実験はまだ道半ばだ。お前も結果を楽しみに待つといい」

(この男、それでも本当に親なのか……?!)

 ラックは背中に悪寒を感じながら、立ち去る王の姿を見送った。

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