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抜け殻のようになったキュリーがコメットを引きずるようにして部屋を出て行った後。ルーナルーナは、正式にパートナーを引き受けてもらった礼をサニーに告げ、詳しい日程や段取りについて話し合うこととなった。
「え、夜会って、名前の通り真夜中にするものじゃないのか?」
「えぇ、夜ですよ。ですから、十五の刻から王城内にあるホールが開場して、催し自体は十六の刻から。ダンスはだいたい十七の刻から始まって、後は流れ解散になるのが常なのですが、ほとんどの方は十九の刻には帰りの馬車に乗る手はずとなります」
「それって、ダンクネス王国の早朝……」
「あ、そうでしたね……」
打ち合わせを進める中で、幸い両国の日付や時刻といった基本的なルールが同じであることは判明した。しかし、超昼型と超夜型の両国において、その感覚の違いは甚だ激しかったのだ。
「時間帯的には、ダクネス王国での執務時間と重ならないので参加しやすいとは思うが、果たして……」
「こんな時間帯に、どうやってサニーがこちらへ来るか?ですよね……」
これまで二人が会うことができていたのは、全て偶然なのだ。夜会まで後一週間。それまでの間に、互いを行き来できる確かな方法を見つけなければならない。
サニーは、そっとルーナルーナの浅黒い手を握った。ガサガサした彼女の手の甲を慈しむように撫でながら、すっと目を閉じる。
「……一つだけ心当たりがある。必ず、必ず迎えに来るから! 信じて待っていてくれ!」
次の瞬間、サニーの姿は部屋の暗がりに溶け込むようにして掻き消えた。いつもならば、ルーナルーナが眠りに落ちて、二人は引き離される。心を寄せる人が目の前から突然消えることは、彼女にとって初めてのことだった。あまりの衝撃と残酷さに涙が溢れ出る。
(本当にまた、会えるのかしら。会いに来てくれるかしら? あなたが去ってまだ数分しか経っていないのに、もう寂しくてたまらないわ)
ルーナルーナは元々孤独な人間だ。故郷から捨てられ、新たな職場も閉鎖的。周囲の人間からも外見のみで判断されて疎まれ続ける毎日。寄る辺の無いのが当たり前だった彼女に初めて差し出された温かな手は、一度握るともう離すことはできなかった。
(サニー、お願い。私を早く迎えに来て。この夢のような魔法は、きっと夜会が終われば解けてしまう。それでも、一秒でも多くあなたと一緒にいて、寄り添っていたいの)
サニーが自室に戻ってしまった瞬間、彼に襲いかかったのは怒声だった。
「そこの色白王子! どこに行ってらしたの? 女性を待たせるなんて、殿方のすることじゃありませんわよ?!」
声の主、レアは、光の加減によっては赤にも見える黒っぽい豪華なドレスを両手でつまり、忌々しげに地団駄を踏んだ。その後ろで、アレスは申し訳なさそうに頭をポリポリ掻いている。
サニーは苦笑しながらも、できるだけ優しげな声色を奏でた。
「これは、これは。わざわざ私めの屋敷にまでご足労いただき、ありがとうございます。実は先程まであちら側へ行っておりまして」
「私を差し置いて、もう行ってきたですって? 早く私も連れていきなさい!」
憤りがますます激しくなるレア。さすがに不味いと感じたアレスは、レアの肩を自身に引き寄せた。
「レア、別の国のことに興味があるのも分かるし、ドレスのことを任されて興奮しているのも分かるけれど、とりあえず落ち着いて? だいたいサニーのことを色白というだけで見くびりすぎだよ。彼の肩書は知っているよね?」
婚約者にたしなめられたレアは、フンと鼻を鳴らしてサニーを睨みつけた。
「レア、向こうに行きたいのは私もやまやまなんだ。でも、行く術は全て偶然にかかっている」
「……嘘でしょ? そんな状態で、夜会のエスコート役を承知されましたの? 無責任さに呆れて物も言えませんわ」
これはサニーもよく分かっていることだ。だからこそ、今はドレス云々以上にせねばならないことがある。
「はい。ですから、教会に助けを求めます」
「教会?」
レアは訝しげに尋ねるが、アレスは合点がいったという風に手を打ち鳴らした。
「メテオを呼ぼう。ちょうど大巫女もサニーに会いたがっているそうじゃないか。彼に頼んで早急に橋渡ししてもらえば、夜会に間に合うんじゃないか?」
「けれど、大巫女との謁見はほとんど形式上のものしか成されないという噂だけれど」
レアの感覚は一般的なものである。しかし、今回は例外だ。
「大丈夫。向こうから招待されているぐらいなんだ。さすがに御簾越しに顔を合わせるだけということは無いだろう。それに、これまで王族には全く興味を示してこなかった教会が、私を呼び寄せるなんて、何らかの意図があるはずだ。これは、早めにしっかりと見極めておきたい」
「左様にございますか。でしたら、殿下が無事に夜会へ参加できるという体で進めます。私が責任を持って、殿下とルーナルーナ様のご衣装を完璧に準備させていただきますわ」
そうしてレアは、心配そうにしながらも、表情だけは余裕のあるサニーに夜会のドレスの希望について尋ね始めるのだった。
この時は、誰もが信じていた。サニーはすぐに大巫女と面会することができると。
しかし、サニーはルーナルーナの元へ行くことも、彼女がダンクネス王国に来ることもなく、いたずらに日々が過ぎていったのである。
「え、夜会って、名前の通り真夜中にするものじゃないのか?」
「えぇ、夜ですよ。ですから、十五の刻から王城内にあるホールが開場して、催し自体は十六の刻から。ダンスはだいたい十七の刻から始まって、後は流れ解散になるのが常なのですが、ほとんどの方は十九の刻には帰りの馬車に乗る手はずとなります」
「それって、ダンクネス王国の早朝……」
「あ、そうでしたね……」
打ち合わせを進める中で、幸い両国の日付や時刻といった基本的なルールが同じであることは判明した。しかし、超昼型と超夜型の両国において、その感覚の違いは甚だ激しかったのだ。
「時間帯的には、ダクネス王国での執務時間と重ならないので参加しやすいとは思うが、果たして……」
「こんな時間帯に、どうやってサニーがこちらへ来るか?ですよね……」
これまで二人が会うことができていたのは、全て偶然なのだ。夜会まで後一週間。それまでの間に、互いを行き来できる確かな方法を見つけなければならない。
サニーは、そっとルーナルーナの浅黒い手を握った。ガサガサした彼女の手の甲を慈しむように撫でながら、すっと目を閉じる。
「……一つだけ心当たりがある。必ず、必ず迎えに来るから! 信じて待っていてくれ!」
次の瞬間、サニーの姿は部屋の暗がりに溶け込むようにして掻き消えた。いつもならば、ルーナルーナが眠りに落ちて、二人は引き離される。心を寄せる人が目の前から突然消えることは、彼女にとって初めてのことだった。あまりの衝撃と残酷さに涙が溢れ出る。
(本当にまた、会えるのかしら。会いに来てくれるかしら? あなたが去ってまだ数分しか経っていないのに、もう寂しくてたまらないわ)
ルーナルーナは元々孤独な人間だ。故郷から捨てられ、新たな職場も閉鎖的。周囲の人間からも外見のみで判断されて疎まれ続ける毎日。寄る辺の無いのが当たり前だった彼女に初めて差し出された温かな手は、一度握るともう離すことはできなかった。
(サニー、お願い。私を早く迎えに来て。この夢のような魔法は、きっと夜会が終われば解けてしまう。それでも、一秒でも多くあなたと一緒にいて、寄り添っていたいの)
サニーが自室に戻ってしまった瞬間、彼に襲いかかったのは怒声だった。
「そこの色白王子! どこに行ってらしたの? 女性を待たせるなんて、殿方のすることじゃありませんわよ?!」
声の主、レアは、光の加減によっては赤にも見える黒っぽい豪華なドレスを両手でつまり、忌々しげに地団駄を踏んだ。その後ろで、アレスは申し訳なさそうに頭をポリポリ掻いている。
サニーは苦笑しながらも、できるだけ優しげな声色を奏でた。
「これは、これは。わざわざ私めの屋敷にまでご足労いただき、ありがとうございます。実は先程まであちら側へ行っておりまして」
「私を差し置いて、もう行ってきたですって? 早く私も連れていきなさい!」
憤りがますます激しくなるレア。さすがに不味いと感じたアレスは、レアの肩を自身に引き寄せた。
「レア、別の国のことに興味があるのも分かるし、ドレスのことを任されて興奮しているのも分かるけれど、とりあえず落ち着いて? だいたいサニーのことを色白というだけで見くびりすぎだよ。彼の肩書は知っているよね?」
婚約者にたしなめられたレアは、フンと鼻を鳴らしてサニーを睨みつけた。
「レア、向こうに行きたいのは私もやまやまなんだ。でも、行く術は全て偶然にかかっている」
「……嘘でしょ? そんな状態で、夜会のエスコート役を承知されましたの? 無責任さに呆れて物も言えませんわ」
これはサニーもよく分かっていることだ。だからこそ、今はドレス云々以上にせねばならないことがある。
「はい。ですから、教会に助けを求めます」
「教会?」
レアは訝しげに尋ねるが、アレスは合点がいったという風に手を打ち鳴らした。
「メテオを呼ぼう。ちょうど大巫女もサニーに会いたがっているそうじゃないか。彼に頼んで早急に橋渡ししてもらえば、夜会に間に合うんじゃないか?」
「けれど、大巫女との謁見はほとんど形式上のものしか成されないという噂だけれど」
レアの感覚は一般的なものである。しかし、今回は例外だ。
「大丈夫。向こうから招待されているぐらいなんだ。さすがに御簾越しに顔を合わせるだけということは無いだろう。それに、これまで王族には全く興味を示してこなかった教会が、私を呼び寄せるなんて、何らかの意図があるはずだ。これは、早めにしっかりと見極めておきたい」
「左様にございますか。でしたら、殿下が無事に夜会へ参加できるという体で進めます。私が責任を持って、殿下とルーナルーナ様のご衣装を完璧に準備させていただきますわ」
そうしてレアは、心配そうにしながらも、表情だけは余裕のあるサニーに夜会のドレスの希望について尋ね始めるのだった。
この時は、誰もが信じていた。サニーはすぐに大巫女と面会することができると。
しかし、サニーはルーナルーナの元へ行くことも、彼女がダンクネス王国に来ることもなく、いたずらに日々が過ぎていったのである。
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