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今朝方見た夢
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朝食は、チョコスティックパン二本と煙草一本と決めている。今時煙草も高いのだ。なかなかの贅沢だろう。アパート一階の窓から見上げる空はやたらと高くて、訳もなく溜息をつく。玄関に向かうと、下駄箱の上の伊達眼鏡を装備した。生来のチャラさを封印して、理工系学部の学生らしいインテリ系イケメンを決め込む。これもここ十年来の俺の習慣だ。
え。
そうだ。ここは、俺が学生だった頃に住んでいたアパート。何気なくズボンの後ろポケットから固い四角の物を取り出してみると、骨董品みたいに古いガラケーで。その癖、やけにピカピカしてやがる。そうか。機種変直後なんだな、今は。パカッと画面を開けて表示された年は二千二年。暫し、瞬きを繰り替えし、とりあえず家を出た。
染み付いた昔の習慣とは恐ろしいもので。
アパートを出ると、迷わず前の道を渡って向かい側の路地に入る。洗剤の混じった青い用水路に沿って民家が立ち並び、右側は田んぼ。しばらく進むと、いつ開いているのか分からない美容院と皮膚科があり、その裏がヤツの家だ。
ヤツ、浩司は学部一年の頃から一緒につるんでいる。地元も違うけど、どことなく使えるような気がして。ヤツは浩司の癖に、この辺りでは一番良い学生アパートに住んでいる。しかも持ってる車も外車と来た。どう考えても贅沢しすぎだろう。
じゃぁ、どんなキザでいけ好かないヤツなのかと思うと、全くそんなことはない。何をやっても不器用なので、弄られキャラよりも虐められキャラが似合いすぎている。ま、虐めてる筆頭は俺なんだけどな。
そんな奴の特技は、料理。どうせ今朝も、小憎たらしい程洒落たものを作っているに違いない。俺はインターホンを押した。
出ない。
浩司の癖に生意気だな。
試しにドアノブを回してみると、開いた。そのまま手前に引いて、中へ入ってみる。
「こーじ、邪魔するぞ」
すると、返事の代わりに耳に入ってきたのは――――まさかの、女の喘ぎ声だった。
ちょっと待て。俺はこの歳、この時点では、まだ童貞だった。将来、俺の嫁になる女が入学してきて、同じサークルに入ってくるのはこれから一年後。そこで、俺は初めて女を知るわけだが、まさかヤツに先を越されていたなんて。
いや、待てよ。アイツ、結局学部卒業するまで童貞だって言ってたじゃないか。では、この規則的に響くよがるような声は何なのだ。あ、ビデオ。そうか、そうか。
勝手に納得した俺は適当に靴を脱いで、それをろくに揃えもせずに中へ入っていく。コイツの部屋は、まず短い廊下があって、ドアを隔ててその向こう側がリビング。さらにもう一つ部屋もあったはずだ。俺はドアを開けた。
「こーじ、俺も混ぜてよ」
と言ったことを後悔した方が良いのか、悪いのか。ヤツは、半分ズボンをズリ下げて、懸命に腰を振っていた。一心不乱という奴だ。そして、ヤツがその身を叩きつけているのが、白くて丸い尻。腰がびっくりする程細くって、全裸だった。
「あ」
そんな彼女がヤツに侵されたままこちらを振り替えると同時。目が合って。
「おはよう」
「おう」
普通、逆じゃね? なんでこの女は濡れ場を他人に見られて平然としていられるのか。それより、お前。俺に抱かれる前に浩司に抱かれるとは、どういうことだ。
プチンっと切れるとは、こういうことなのかもしれない。
俺は、彼女を奴から引き離し、叫んだ。
「朝から盛るな!」
言いたいことは、それじゃなかったんだけどな。ただ、ただ、悔しかった。愛梨は、決して美人ではないけれど、元々女という存在が希少生物化している理工学部において、マドンナ的な人物だ。彼女と釣り会えるのは、当時も今も俺しかいないと思っていたのに。しかも、よりによって浩司なんかに。
「和希くん、大人っぽくなったね」
「俺、浪人してるからお前らよりは大人だろ」
愛梨は胸元を隠そうともしなかった。やたらと挑戦的な笑みで、こちらへにじり寄る。そして、浩司には聞こえないぐらいの小声で言ったのだ。
「和希くんも一緒でしょ。起きたら学生に戻ってた」
唖然とした。たぶん、そんな俺の顔が答えになってしまった。愛梨は悪戯が成功したとほくそ笑んでいる。
「お、お前ら、早くしないと一限遅刻するからな」
「大丈夫よ、浩司くんは車あるし」
「俺、今日は徒歩で行く。猿とビッチは好きにしろ」
あくまで狼狽えたところは見せないように。それだけに集中して、ヤツの家を出た。すぐにガラケーを開く。あった。愛梨ともメアド交換は済ませてあった。この時代トークアプリなんて気の利いたものはないので、普通にメールする。
『二限、開いてる? 食堂で待ってる』
すぐに返事が来た。
『ニ限、授業あるよ。川の流れ』
あ、俺も取ってた奴だ。仕方なく、一限の線形代数の後は、別の学部棟にある階段教室に移動する。愛梨はこっちだという風に手を振っていたので、仕方なくその隣に座った。ちなみに愛梨のもう一つの隣には浩司がいて、授業開始前から眠っている。どうせ、朝から運動しすぎたからだろ。バーカ。
川の流れという授業は、老年の男性の朗々とした声をBGMにスライドを眺めるという内容で、出席確認も名前を書いた小さな紙を提出するだけというズサンなものだった。
確かにこの授業は当時も取っていたけれど、未だに中身はよく分かるようで分からない。単位を落とすことよりも、優を取ることの方が難しい類の授業なのだ。
愛梨も欠伸を噛み殺していた。不細工だった。
「なぁ、愛梨」
愛梨がこちらを振り向く。意志の強い真っ黒な瞳に俺が映る。
「俺も、未来から来た。お前もそうだっていう証拠が見たい」
「後で、和希くん家、行っていい?」
二人きりが良いということだ。そうか。二人か。悪いな、浩司。愛梨はお前だけのものじゃない。
◇
昼飯をいつもつるんでる男友達と食べると、スボンのポケットに手を突っ込んだまま、ブラブラと家路を辿る。俺は決して、ウキウキなんてしていない、と思いたい。
俺は当時から愛梨が好きだった。一年の終わりの頃は、いつか落とすって仲間内で公言していたぐらい。それが嘘みたいに吹き飛んだのは、嫁と出会ったからだったな。
懐かしいな。ま、後一年近く未来のことなんだけど。
家についたら、愛梨がオートロックの入口の手前に立っていた。お互い特に何も話さず、俺が解錠して開いたガラス戸をくぐった。
「コーヒーでいい?」
「うん、飲めるようになったの」
勝手に人のベッドに寝転がって漫画を読み始めた愛梨が答える。
そういえば、そうだった。愛梨は、コーヒーが駄目で、生粋の紅茶派だったはず。当時のコイツなら、紅茶も置いてないのか、気が利かないと口を尖らせただろうに。
「そっか、飲めるのか」
俺はインスタントコーヒーを入れて、彼女の前に置く。愛梨はごく自然にそれを口に含む。
「薄いね」
愛梨が、ブラックコーヒーを飲んでいる。
「私ね、この後は普通に学部を卒業して、地元で就職するの。それから、両手足を使っても足りないぐらいの人と寝て、その1・5倍は失恋して、さらに三十倍ぐらいの回数親と喧嘩したり、ビクビクして命が縮む思いをして、それと同じ回数ぐらい死にたくなるのよ。何度かは試したのだけど、うまくいかなかった」
なるほど。ブラックな過去。それら全て飲み込んで、今、ここに愛梨はいる。
「ねぇ、びっくりしなかった?」
「したけど、前と同じようにやればいいかなって」
「いいね。後悔がなくて。私は、好きだった浩司くん家に押しかけてしまった」
俺は、飲んでいたコーヒーを吸い込んで噎せた。
「誘ったのは、私なの。歴史を変えているのか、未来の歴史が消えて、再びここから始まるのと、どっちが正しいと思う?」
「結局は、元通りになるんじゃないかな。どう足掻いても、辿り着くところは決まってる気がする」
「じゃぁ、私が和希くんを誘っても大丈夫かな?」
目が点になった。これは、待ち望んでいたことだ。愛梨を組み敷く夢は何度も見た。
「浩司くんの後は、嫌?」
「いや、いい。上書きして、全部消して、俺のものにする」
愛梨は何か言いたそうにしていたが、自ら着ていたシャツのボタン、上から三つ目までを外した。それが、合図だった。
◇
久しぶりに愛梨の夢を見た。愛梨は、俺に抱かれているのに、俺じゃない男の顔を重ねていた。やはり、彼の所に帰りたい。次にもう一度彼と出会えるならば、私はできるだけ身奇麗でいたい。それなのに、こうやって心身をすり減らしているのはどうしてだと思う? と問い続けるのだ。
そっか。愛梨は結局俺のことを好きにはならないのだ。今も過去も未来でも。
と腑に落ちた途端、目が覚める。隣では、予定通りの嫁が、本物の嫁として隣で寝息を立てていた。そうだな。俺も結局こいつを選んだ。愛梨の中の一番になりつつ、この女を嫁にするなんて、最初から無理だったんだ。当たり前だけれど。
朝食はチョコスティックパン二本と、バナナ一本。健康的になったものだ。
ネクタイを締めた後は、伊達眼鏡で武装する。まだ若手なのに昇進してしまったので、部下に侮られては困る。神経質で偉そうな上司を装う。実際、中身もそうかもしれないしな。
玄関を出ようとすると、嫁がパタパタと走り寄ってきた。やっぱりコイツは可愛い。やはり女は可愛げが大切だ。あんな強くて肝の太い女は、いつ殺されるか分からないというか、底が知れなくて恐ろしい。人生やり直しても、俺にはコイツが一番なのだろう。
「今夜は遅くなる」
「同窓会だよね。先輩方によろしくね」
今夜は学生時代の同窓会がある。一年下の嫁は行くことができない会。愛梨は、来るだろうか。
来るとしたら、それは何番目の愛梨だろう。タイムトラベルしなかった愛梨か、人生やり直した愛梨か。もしかしたら、俺が知らないだけで、もっと何度もやり直しているかもしれない。
愛梨は、あの日、学生アパートのベッドの上で泣きながら口にした『彼』と、再び出会い直せたかどうかだけが気がかりだ。俺は、嫁とちゃんともう一度出会って、恋して、告って、何年も付き合って結婚した。願わくは、愛梨も――――。
いや、やっぱり悔しいな。
嫁を強引に引き寄せた。ほら、びっくりした顔も可愛い。可愛い女は美魔女になって、その後可愛らしい老婦人になるのが相場と決まっている。と信じている。
「いってきます」
出掛けにキスするなんて、珍しすぎたかな。何か勘づかれるのは不味いので、そのまま家を飛び出した。いつもより高いスーツに包まれた胸が高鳴っている。
愛梨の言葉を借りればこうなるな。
大丈夫。
俺は結局、嫁のところに帰ってくるのだ。
え。
そうだ。ここは、俺が学生だった頃に住んでいたアパート。何気なくズボンの後ろポケットから固い四角の物を取り出してみると、骨董品みたいに古いガラケーで。その癖、やけにピカピカしてやがる。そうか。機種変直後なんだな、今は。パカッと画面を開けて表示された年は二千二年。暫し、瞬きを繰り替えし、とりあえず家を出た。
染み付いた昔の習慣とは恐ろしいもので。
アパートを出ると、迷わず前の道を渡って向かい側の路地に入る。洗剤の混じった青い用水路に沿って民家が立ち並び、右側は田んぼ。しばらく進むと、いつ開いているのか分からない美容院と皮膚科があり、その裏がヤツの家だ。
ヤツ、浩司は学部一年の頃から一緒につるんでいる。地元も違うけど、どことなく使えるような気がして。ヤツは浩司の癖に、この辺りでは一番良い学生アパートに住んでいる。しかも持ってる車も外車と来た。どう考えても贅沢しすぎだろう。
じゃぁ、どんなキザでいけ好かないヤツなのかと思うと、全くそんなことはない。何をやっても不器用なので、弄られキャラよりも虐められキャラが似合いすぎている。ま、虐めてる筆頭は俺なんだけどな。
そんな奴の特技は、料理。どうせ今朝も、小憎たらしい程洒落たものを作っているに違いない。俺はインターホンを押した。
出ない。
浩司の癖に生意気だな。
試しにドアノブを回してみると、開いた。そのまま手前に引いて、中へ入ってみる。
「こーじ、邪魔するぞ」
すると、返事の代わりに耳に入ってきたのは――――まさかの、女の喘ぎ声だった。
ちょっと待て。俺はこの歳、この時点では、まだ童貞だった。将来、俺の嫁になる女が入学してきて、同じサークルに入ってくるのはこれから一年後。そこで、俺は初めて女を知るわけだが、まさかヤツに先を越されていたなんて。
いや、待てよ。アイツ、結局学部卒業するまで童貞だって言ってたじゃないか。では、この規則的に響くよがるような声は何なのだ。あ、ビデオ。そうか、そうか。
勝手に納得した俺は適当に靴を脱いで、それをろくに揃えもせずに中へ入っていく。コイツの部屋は、まず短い廊下があって、ドアを隔ててその向こう側がリビング。さらにもう一つ部屋もあったはずだ。俺はドアを開けた。
「こーじ、俺も混ぜてよ」
と言ったことを後悔した方が良いのか、悪いのか。ヤツは、半分ズボンをズリ下げて、懸命に腰を振っていた。一心不乱という奴だ。そして、ヤツがその身を叩きつけているのが、白くて丸い尻。腰がびっくりする程細くって、全裸だった。
「あ」
そんな彼女がヤツに侵されたままこちらを振り替えると同時。目が合って。
「おはよう」
「おう」
普通、逆じゃね? なんでこの女は濡れ場を他人に見られて平然としていられるのか。それより、お前。俺に抱かれる前に浩司に抱かれるとは、どういうことだ。
プチンっと切れるとは、こういうことなのかもしれない。
俺は、彼女を奴から引き離し、叫んだ。
「朝から盛るな!」
言いたいことは、それじゃなかったんだけどな。ただ、ただ、悔しかった。愛梨は、決して美人ではないけれど、元々女という存在が希少生物化している理工学部において、マドンナ的な人物だ。彼女と釣り会えるのは、当時も今も俺しかいないと思っていたのに。しかも、よりによって浩司なんかに。
「和希くん、大人っぽくなったね」
「俺、浪人してるからお前らよりは大人だろ」
愛梨は胸元を隠そうともしなかった。やたらと挑戦的な笑みで、こちらへにじり寄る。そして、浩司には聞こえないぐらいの小声で言ったのだ。
「和希くんも一緒でしょ。起きたら学生に戻ってた」
唖然とした。たぶん、そんな俺の顔が答えになってしまった。愛梨は悪戯が成功したとほくそ笑んでいる。
「お、お前ら、早くしないと一限遅刻するからな」
「大丈夫よ、浩司くんは車あるし」
「俺、今日は徒歩で行く。猿とビッチは好きにしろ」
あくまで狼狽えたところは見せないように。それだけに集中して、ヤツの家を出た。すぐにガラケーを開く。あった。愛梨ともメアド交換は済ませてあった。この時代トークアプリなんて気の利いたものはないので、普通にメールする。
『二限、開いてる? 食堂で待ってる』
すぐに返事が来た。
『ニ限、授業あるよ。川の流れ』
あ、俺も取ってた奴だ。仕方なく、一限の線形代数の後は、別の学部棟にある階段教室に移動する。愛梨はこっちだという風に手を振っていたので、仕方なくその隣に座った。ちなみに愛梨のもう一つの隣には浩司がいて、授業開始前から眠っている。どうせ、朝から運動しすぎたからだろ。バーカ。
川の流れという授業は、老年の男性の朗々とした声をBGMにスライドを眺めるという内容で、出席確認も名前を書いた小さな紙を提出するだけというズサンなものだった。
確かにこの授業は当時も取っていたけれど、未だに中身はよく分かるようで分からない。単位を落とすことよりも、優を取ることの方が難しい類の授業なのだ。
愛梨も欠伸を噛み殺していた。不細工だった。
「なぁ、愛梨」
愛梨がこちらを振り向く。意志の強い真っ黒な瞳に俺が映る。
「俺も、未来から来た。お前もそうだっていう証拠が見たい」
「後で、和希くん家、行っていい?」
二人きりが良いということだ。そうか。二人か。悪いな、浩司。愛梨はお前だけのものじゃない。
◇
昼飯をいつもつるんでる男友達と食べると、スボンのポケットに手を突っ込んだまま、ブラブラと家路を辿る。俺は決して、ウキウキなんてしていない、と思いたい。
俺は当時から愛梨が好きだった。一年の終わりの頃は、いつか落とすって仲間内で公言していたぐらい。それが嘘みたいに吹き飛んだのは、嫁と出会ったからだったな。
懐かしいな。ま、後一年近く未来のことなんだけど。
家についたら、愛梨がオートロックの入口の手前に立っていた。お互い特に何も話さず、俺が解錠して開いたガラス戸をくぐった。
「コーヒーでいい?」
「うん、飲めるようになったの」
勝手に人のベッドに寝転がって漫画を読み始めた愛梨が答える。
そういえば、そうだった。愛梨は、コーヒーが駄目で、生粋の紅茶派だったはず。当時のコイツなら、紅茶も置いてないのか、気が利かないと口を尖らせただろうに。
「そっか、飲めるのか」
俺はインスタントコーヒーを入れて、彼女の前に置く。愛梨はごく自然にそれを口に含む。
「薄いね」
愛梨が、ブラックコーヒーを飲んでいる。
「私ね、この後は普通に学部を卒業して、地元で就職するの。それから、両手足を使っても足りないぐらいの人と寝て、その1・5倍は失恋して、さらに三十倍ぐらいの回数親と喧嘩したり、ビクビクして命が縮む思いをして、それと同じ回数ぐらい死にたくなるのよ。何度かは試したのだけど、うまくいかなかった」
なるほど。ブラックな過去。それら全て飲み込んで、今、ここに愛梨はいる。
「ねぇ、びっくりしなかった?」
「したけど、前と同じようにやればいいかなって」
「いいね。後悔がなくて。私は、好きだった浩司くん家に押しかけてしまった」
俺は、飲んでいたコーヒーを吸い込んで噎せた。
「誘ったのは、私なの。歴史を変えているのか、未来の歴史が消えて、再びここから始まるのと、どっちが正しいと思う?」
「結局は、元通りになるんじゃないかな。どう足掻いても、辿り着くところは決まってる気がする」
「じゃぁ、私が和希くんを誘っても大丈夫かな?」
目が点になった。これは、待ち望んでいたことだ。愛梨を組み敷く夢は何度も見た。
「浩司くんの後は、嫌?」
「いや、いい。上書きして、全部消して、俺のものにする」
愛梨は何か言いたそうにしていたが、自ら着ていたシャツのボタン、上から三つ目までを外した。それが、合図だった。
◇
久しぶりに愛梨の夢を見た。愛梨は、俺に抱かれているのに、俺じゃない男の顔を重ねていた。やはり、彼の所に帰りたい。次にもう一度彼と出会えるならば、私はできるだけ身奇麗でいたい。それなのに、こうやって心身をすり減らしているのはどうしてだと思う? と問い続けるのだ。
そっか。愛梨は結局俺のことを好きにはならないのだ。今も過去も未来でも。
と腑に落ちた途端、目が覚める。隣では、予定通りの嫁が、本物の嫁として隣で寝息を立てていた。そうだな。俺も結局こいつを選んだ。愛梨の中の一番になりつつ、この女を嫁にするなんて、最初から無理だったんだ。当たり前だけれど。
朝食はチョコスティックパン二本と、バナナ一本。健康的になったものだ。
ネクタイを締めた後は、伊達眼鏡で武装する。まだ若手なのに昇進してしまったので、部下に侮られては困る。神経質で偉そうな上司を装う。実際、中身もそうかもしれないしな。
玄関を出ようとすると、嫁がパタパタと走り寄ってきた。やっぱりコイツは可愛い。やはり女は可愛げが大切だ。あんな強くて肝の太い女は、いつ殺されるか分からないというか、底が知れなくて恐ろしい。人生やり直しても、俺にはコイツが一番なのだろう。
「今夜は遅くなる」
「同窓会だよね。先輩方によろしくね」
今夜は学生時代の同窓会がある。一年下の嫁は行くことができない会。愛梨は、来るだろうか。
来るとしたら、それは何番目の愛梨だろう。タイムトラベルしなかった愛梨か、人生やり直した愛梨か。もしかしたら、俺が知らないだけで、もっと何度もやり直しているかもしれない。
愛梨は、あの日、学生アパートのベッドの上で泣きながら口にした『彼』と、再び出会い直せたかどうかだけが気がかりだ。俺は、嫁とちゃんともう一度出会って、恋して、告って、何年も付き合って結婚した。願わくは、愛梨も――――。
いや、やっぱり悔しいな。
嫁を強引に引き寄せた。ほら、びっくりした顔も可愛い。可愛い女は美魔女になって、その後可愛らしい老婦人になるのが相場と決まっている。と信じている。
「いってきます」
出掛けにキスするなんて、珍しすぎたかな。何か勘づかれるのは不味いので、そのまま家を飛び出した。いつもより高いスーツに包まれた胸が高鳴っている。
愛梨の言葉を借りればこうなるな。
大丈夫。
俺は結局、嫁のところに帰ってくるのだ。
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