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バンテッドの企み
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「全く使えないゴミめ!」
王都の中心部から少し離れた場所にある商会の二階。バンデットは喚き散らしながら、短い足を振り回して一人の少年を蹴り飛ばしていた。
ボロを纏った少年が痛々しい姿で部屋の端へ転がっていく。彼は「荷物」として王城の資材部へ入り、とある人物の手引きのもと、バンデットに課された任務を遂行した。
落下物で事故死する。完璧な作戦だったはずだ。なのに、ターゲットの女、ルチルは今もまだ生きている。
「畜生! あの男にいくら握らせたと思ってるんだ」
少年は失敗したのを隠すために逃走しようとしたが、『蔵』の警備士に迷子と間違えて保護されてしまい、王都の巡視隊を通して雇い主である商会に戻ってきてしまった。
「しかも、姿を見られただと? これでは警備がさらに厳しくなって、もう誰も送り込めなくなるではないか!」
事実、『蔵』には、通行人監視の魔導品が設置されるようになった。王族の居住空間に導入されているものと同等の高性能さを誇るので、もう暗殺者すら差し向けるのは難しくなるだろう。
バンデットは焦っていた。
そもそも、ルチルという娘はとっくの昔に死んだと思い込んでいたのだ。
これまでバンデットの商会は規模が大きい割りに、王城との取引きはなかった。というのも、あまりに汚い手口で他の商会に悪さをするので、商工会から王城へ出入りするために必要な許可証が出なかったからである。
しかし、ようやっと認可が下りて、意気揚々と城に向かって出くわしたのがルチルだ。
バンデットは、両親を亡くしたルチルが本来継ぐべき資産を、全て奪い取っている。もし、大人になったルチルが訴えでも起こしたものなら、バンデットの悪事がさらに露見して、また商会としての名を落とすことになりかねない。
「始末したい。何が何でも!」
当時は、まだ少女であるルチルに自ら手をかけるのは気が引けて見逃していたが、そうも言っていられなくなった。
「事故に見せかけて殺せないならば、やはり王城から引き離すしかないか」
バンデットは、しばらく腕組みして考えこんでいたが、ふと何かをひらめいたらしく、ニヤリと笑った。
「そうだ。今は伯爵夫人とかいう肩書きらしいが、あの女にはあまりに不相応。そして王城は、貴族でないと働くことはできない。であれば……!」
バンデットは、商工会に向かうことにした。クォーツ伯爵家への紹介状を手に入れるために。
◇
バンデットが起こしたルチル殺人未遂事件は、まだ表沙汰になっていない。涼しい顔で、目的の紹介状を入手したバンデットは、その日のうちにクォーツ伯爵家を訪れていた。
今は戦時ではない。王都の軍隊は今でも日常の訓練を怠ってはいないが、当主であるラドライトが夕方早めに屋敷に戻ってくるだけの余裕はあるらしく、すぐに取り次いでもらうことができた。
「当家と取引きしたいと」
ラドライトは面倒くさそうに、頭を下げたバンデットの薄い後頭部の髪を眺めていた。手にはグラス。そこへ、ラドライトよりも大柄な、いかにも武人といった体の美男が追加のワインを注ぐ。
「左様でございます。当商会は、隣国からの輸入品も数多く取り扱っておりますので、他の商会では手に入らない珍しいものもお見せできるかと。これもひとえに、将軍様が先の戦争で勝利に導いてくださった故に、さまざまな国と貿易ができているのであり、一介の商人としましても感謝……」
「もういい」
ラドライトは、わざと音を立ててグラスを机に戻した。ラドライトとて、バンデット商会の噂は知っている。紹介状を持っていたので、商工会の顔を潰さないためにも面会してやったが、本来はこんな男、視界の端にも入れたくはない。
「欲しいものがあれば、こちらから連絡する」
ラドライトは、義理は果たしたとばかりにソファから立ち上がった。続いて、従者にしてはラドライトに馴れ馴れしすぎる男も、連れ立って部屋を出ていってしまう。
取引は何も成立していないが、全て、バンデットの想定通りだ。
バンデットは、せめてお近づきの印にと、魔力石として名高いエレスチャルの塊を土産にしていた。かなり嵩張るものなので、屋敷の執事に声をかけて伯爵家の倉庫に自ら搬入したいと申し出る。
エレスチャルは大量の魔力を保持していて、長時間魔導車や魔導灯を使う際の動力源として重宝されている。消耗品のようなものなので、思っていた通り執事にはありがたがられ、受け取ってもらえることになった。
伯爵家の倉庫は、さすがというべきか、巨大な建物である。バンデットは、部下に指示して、わざとゆっくりと魔導石を運び込み、その間に彼自身は倉庫の中をうろうろし始めた。
「あった」
ワインの貯蔵スペースである。とりわけ温度管理をシビアに行っている区画に滑り込むと、先程ラドライトが飲んでいたものと同じ銘柄のワインを発見した。そのうちの一本を、見た目は同じで、中身だけが異なるものとすり替える。
「後は、自爆してくれるのを待つだけだな」
毒ワイン。ありきたりな殺人方法だ。
夫が死んで、まず疑われるのは疎遠な妻にちがいない。それでなくとも、夫が死ねば、伯爵夫人という肩書きすらなくなってしまう。
ルチルが王城から追い出されれば、今度こそ野垂れ死んで、全ての憂いは晴れるだろう。
バンデットは、笑いをこらえるのに必死だった。
王都の中心部から少し離れた場所にある商会の二階。バンデットは喚き散らしながら、短い足を振り回して一人の少年を蹴り飛ばしていた。
ボロを纏った少年が痛々しい姿で部屋の端へ転がっていく。彼は「荷物」として王城の資材部へ入り、とある人物の手引きのもと、バンデットに課された任務を遂行した。
落下物で事故死する。完璧な作戦だったはずだ。なのに、ターゲットの女、ルチルは今もまだ生きている。
「畜生! あの男にいくら握らせたと思ってるんだ」
少年は失敗したのを隠すために逃走しようとしたが、『蔵』の警備士に迷子と間違えて保護されてしまい、王都の巡視隊を通して雇い主である商会に戻ってきてしまった。
「しかも、姿を見られただと? これでは警備がさらに厳しくなって、もう誰も送り込めなくなるではないか!」
事実、『蔵』には、通行人監視の魔導品が設置されるようになった。王族の居住空間に導入されているものと同等の高性能さを誇るので、もう暗殺者すら差し向けるのは難しくなるだろう。
バンデットは焦っていた。
そもそも、ルチルという娘はとっくの昔に死んだと思い込んでいたのだ。
これまでバンデットの商会は規模が大きい割りに、王城との取引きはなかった。というのも、あまりに汚い手口で他の商会に悪さをするので、商工会から王城へ出入りするために必要な許可証が出なかったからである。
しかし、ようやっと認可が下りて、意気揚々と城に向かって出くわしたのがルチルだ。
バンデットは、両親を亡くしたルチルが本来継ぐべき資産を、全て奪い取っている。もし、大人になったルチルが訴えでも起こしたものなら、バンデットの悪事がさらに露見して、また商会としての名を落とすことになりかねない。
「始末したい。何が何でも!」
当時は、まだ少女であるルチルに自ら手をかけるのは気が引けて見逃していたが、そうも言っていられなくなった。
「事故に見せかけて殺せないならば、やはり王城から引き離すしかないか」
バンデットは、しばらく腕組みして考えこんでいたが、ふと何かをひらめいたらしく、ニヤリと笑った。
「そうだ。今は伯爵夫人とかいう肩書きらしいが、あの女にはあまりに不相応。そして王城は、貴族でないと働くことはできない。であれば……!」
バンデットは、商工会に向かうことにした。クォーツ伯爵家への紹介状を手に入れるために。
◇
バンデットが起こしたルチル殺人未遂事件は、まだ表沙汰になっていない。涼しい顔で、目的の紹介状を入手したバンデットは、その日のうちにクォーツ伯爵家を訪れていた。
今は戦時ではない。王都の軍隊は今でも日常の訓練を怠ってはいないが、当主であるラドライトが夕方早めに屋敷に戻ってくるだけの余裕はあるらしく、すぐに取り次いでもらうことができた。
「当家と取引きしたいと」
ラドライトは面倒くさそうに、頭を下げたバンデットの薄い後頭部の髪を眺めていた。手にはグラス。そこへ、ラドライトよりも大柄な、いかにも武人といった体の美男が追加のワインを注ぐ。
「左様でございます。当商会は、隣国からの輸入品も数多く取り扱っておりますので、他の商会では手に入らない珍しいものもお見せできるかと。これもひとえに、将軍様が先の戦争で勝利に導いてくださった故に、さまざまな国と貿易ができているのであり、一介の商人としましても感謝……」
「もういい」
ラドライトは、わざと音を立ててグラスを机に戻した。ラドライトとて、バンデット商会の噂は知っている。紹介状を持っていたので、商工会の顔を潰さないためにも面会してやったが、本来はこんな男、視界の端にも入れたくはない。
「欲しいものがあれば、こちらから連絡する」
ラドライトは、義理は果たしたとばかりにソファから立ち上がった。続いて、従者にしてはラドライトに馴れ馴れしすぎる男も、連れ立って部屋を出ていってしまう。
取引は何も成立していないが、全て、バンデットの想定通りだ。
バンデットは、せめてお近づきの印にと、魔力石として名高いエレスチャルの塊を土産にしていた。かなり嵩張るものなので、屋敷の執事に声をかけて伯爵家の倉庫に自ら搬入したいと申し出る。
エレスチャルは大量の魔力を保持していて、長時間魔導車や魔導灯を使う際の動力源として重宝されている。消耗品のようなものなので、思っていた通り執事にはありがたがられ、受け取ってもらえることになった。
伯爵家の倉庫は、さすがというべきか、巨大な建物である。バンデットは、部下に指示して、わざとゆっくりと魔導石を運び込み、その間に彼自身は倉庫の中をうろうろし始めた。
「あった」
ワインの貯蔵スペースである。とりわけ温度管理をシビアに行っている区画に滑り込むと、先程ラドライトが飲んでいたものと同じ銘柄のワインを発見した。そのうちの一本を、見た目は同じで、中身だけが異なるものとすり替える。
「後は、自爆してくれるのを待つだけだな」
毒ワイン。ありきたりな殺人方法だ。
夫が死んで、まず疑われるのは疎遠な妻にちがいない。それでなくとも、夫が死ねば、伯爵夫人という肩書きすらなくなってしまう。
ルチルが王城から追い出されれば、今度こそ野垂れ死んで、全ての憂いは晴れるだろう。
バンデットは、笑いをこらえるのに必死だった。
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