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外伝27 神々の企み
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時代を変える運命を持つ者達が、次々と紫を旅立っていった。彼らの背中を見送っていたのは、ミズキ達をはじめとする王宮の者達ばかりではない。神々もまた、彼らの行く末を案じていたのである。
「一計を講じてみないか」
そう言いだしたのは、ルリ神だった。キキョウ神は、ルリ神の言うことなれば、すぐにでも頷いて同意する。
彼らの視線の先には、香山の都にある大社があった。立派な拝殿がある。その前で、毎日蹲るようにして祈りを捧げているのは、大神官スバルと、先だって正式な巫女頭となったヤエだった。
「旅立つ者の幸運と、コトリの腹の子の成長、国の行く末。ほんにあの二人は、自分達のことは何も祈らず、周りのことばかり願っておる」
二人は晴れて夫婦になった。長年の想いが成就したのだ。
「琴姫も、カケルと連れ立って、よくあそこへ通っているな」
キキョウ神は、自らのしもべであるソラ神から、稀代の神具師の動向も度々耳にしている。
「どうやら、子は二人おるようなのだ」
「それは」
ルリ神は言葉を詰まらせた。
双子は、一般的に忌み嫌われている。産まれると同時に、どちらかが殺されるか、生かされたとしても隠されるようにして親と離れた場所で育てられたりする。要するに、片方はいなかったことにされてしまうのだ。
「幸いあの二人は、人が作り出した残忍な迷信などに囚われてはいない。しかし双子は、生まれた子だけでなく、産んだ母親も忌まれることも多い。それは、琴姫を旗頭にして築き上げたこの国の根幹を揺るがすことにもなりかねない」
「それで、頻繁に奏でを捧げていたのか」
ルリ神は、琴姫コトリの奏でが好きだ。しかし、ここのところ、その音色に不自然な濁りがある気がしていた。きっと、心が曇ることがあったのにちがいないと思っていたが、人の子は気まぐれだ。そのうち、元のような澄み切った音が聞けるだろうと考えていたが、これは容易い問題ではないらしい。
「我らの加護が欲しいのであろうな。それも、人の子達の目に見える形で。神がかった存在であれば、蔑むことも、殺めることもできやしないだろう」
「もし、コトリやあの子の子供達が死ぬるようなことになれば、クレナやソラも悲しむであろうの」
神二柱は、コトリとその子供達に特別な加護を与えようと決心した。
「これで、コトリも心安らかに過ごせるだろうよ」
「いや。西へ旅立っていった者達を案じておる。かの地は、遠い。我らの手も、力も届かない」
「そうだな。心配事が多いのは腹の子の成長にも悪いだろう」
「だからこその、一計なのだ」
キキョウ神は、やっと話せるとばかりに笑みを浮かべる。
「クレナとソラは、この地を守る神としてかなり力をつけてきた」
ルリ神やキキョウ神と比べると、まだまだ若い神だが、紫各地の社ではクレナやソラも多く祀られて、信仰が強くなっている。
「そこでだ。この地のことはクレナとソラに任せて、西へ行ってみないか? 我ら二人で」
ルリ神はきょとんとする。神は土地に属するものだ。どこかへ移るということは、できないはずだ。しかも西には、紫に存在する神たちに対する信仰もない。寄る辺がなければ、神は神でいられないのに。
しかし、他の土地を見てみたいという欲求は、あまりにも魅力的だ。キキョウ神の野望も理解できるというもの。
「実は、カケルがあんなものを、こさえている」
キキョウ神は、とある方角を指さした。そこには、大きな工房があり、その一角で汗水垂らしながら集中している男の姿があった。その隣では、少しふっくらしたコトリが扇をゆったりとあおいでいる。
「あれは、西にあるという珍しい鉄か?」
「オリハルコン、アダマンタイト、そしてミスリルだ。西由来の素材を神具として加工している」
これは、ミズキの新たな政策の一環だった。アダマンタイトの姫、アイラを当面の間匿う代わりに、紫とアダマンタイトの間で商取引を始めることになったのだ。アダマンタイトは、見た目が美しいだけの神具に価値を見いだしていないが、西でも実用的な生活用品となれば、交易してやってもいいと言ってきた。
「それで、ただの生活用品ではなく、全て神具として加工しているのは、いずれ我ら神々が西へ進出できる足がかりを作るためなのだな?」
「ご名答」
ルリ神の返事に、キキョウ神は満足した。
「それだけではない。我ら神々の力を導くための祝詞を研究したり、新たな技術を見いだしたりと、なかなかに励んでおる」
「しかし、これでは我らが西へ向かう前に、かの者達は死んでしまいそうだな」
確かに、交易品をきっかけに信仰の地を拡大していくのは、気の長くなる話だ。
「やはり、我らの依り代になれる神具が必要かもしれぬ」
「そうだな。ソラ神を通じて、カケルの夢枕に立ち、言葉を授けることにしよう」
その夜、神々たっての依頼はカケルに伝えられた。カケルは悩んだ末、新たなシェンシャンを作って、神々の依り代とした。キキョウ神、ルリ神という、国の一、二を争う力をもつ二神を降ろした神具である。これは、イチカという楽師に持たせて、帝国へ向かわせることになった。
「一計を講じてみないか」
そう言いだしたのは、ルリ神だった。キキョウ神は、ルリ神の言うことなれば、すぐにでも頷いて同意する。
彼らの視線の先には、香山の都にある大社があった。立派な拝殿がある。その前で、毎日蹲るようにして祈りを捧げているのは、大神官スバルと、先だって正式な巫女頭となったヤエだった。
「旅立つ者の幸運と、コトリの腹の子の成長、国の行く末。ほんにあの二人は、自分達のことは何も祈らず、周りのことばかり願っておる」
二人は晴れて夫婦になった。長年の想いが成就したのだ。
「琴姫も、カケルと連れ立って、よくあそこへ通っているな」
キキョウ神は、自らのしもべであるソラ神から、稀代の神具師の動向も度々耳にしている。
「どうやら、子は二人おるようなのだ」
「それは」
ルリ神は言葉を詰まらせた。
双子は、一般的に忌み嫌われている。産まれると同時に、どちらかが殺されるか、生かされたとしても隠されるようにして親と離れた場所で育てられたりする。要するに、片方はいなかったことにされてしまうのだ。
「幸いあの二人は、人が作り出した残忍な迷信などに囚われてはいない。しかし双子は、生まれた子だけでなく、産んだ母親も忌まれることも多い。それは、琴姫を旗頭にして築き上げたこの国の根幹を揺るがすことにもなりかねない」
「それで、頻繁に奏でを捧げていたのか」
ルリ神は、琴姫コトリの奏でが好きだ。しかし、ここのところ、その音色に不自然な濁りがある気がしていた。きっと、心が曇ることがあったのにちがいないと思っていたが、人の子は気まぐれだ。そのうち、元のような澄み切った音が聞けるだろうと考えていたが、これは容易い問題ではないらしい。
「我らの加護が欲しいのであろうな。それも、人の子達の目に見える形で。神がかった存在であれば、蔑むことも、殺めることもできやしないだろう」
「もし、コトリやあの子の子供達が死ぬるようなことになれば、クレナやソラも悲しむであろうの」
神二柱は、コトリとその子供達に特別な加護を与えようと決心した。
「これで、コトリも心安らかに過ごせるだろうよ」
「いや。西へ旅立っていった者達を案じておる。かの地は、遠い。我らの手も、力も届かない」
「そうだな。心配事が多いのは腹の子の成長にも悪いだろう」
「だからこその、一計なのだ」
キキョウ神は、やっと話せるとばかりに笑みを浮かべる。
「クレナとソラは、この地を守る神としてかなり力をつけてきた」
ルリ神やキキョウ神と比べると、まだまだ若い神だが、紫各地の社ではクレナやソラも多く祀られて、信仰が強くなっている。
「そこでだ。この地のことはクレナとソラに任せて、西へ行ってみないか? 我ら二人で」
ルリ神はきょとんとする。神は土地に属するものだ。どこかへ移るということは、できないはずだ。しかも西には、紫に存在する神たちに対する信仰もない。寄る辺がなければ、神は神でいられないのに。
しかし、他の土地を見てみたいという欲求は、あまりにも魅力的だ。キキョウ神の野望も理解できるというもの。
「実は、カケルがあんなものを、こさえている」
キキョウ神は、とある方角を指さした。そこには、大きな工房があり、その一角で汗水垂らしながら集中している男の姿があった。その隣では、少しふっくらしたコトリが扇をゆったりとあおいでいる。
「あれは、西にあるという珍しい鉄か?」
「オリハルコン、アダマンタイト、そしてミスリルだ。西由来の素材を神具として加工している」
これは、ミズキの新たな政策の一環だった。アダマンタイトの姫、アイラを当面の間匿う代わりに、紫とアダマンタイトの間で商取引を始めることになったのだ。アダマンタイトは、見た目が美しいだけの神具に価値を見いだしていないが、西でも実用的な生活用品となれば、交易してやってもいいと言ってきた。
「それで、ただの生活用品ではなく、全て神具として加工しているのは、いずれ我ら神々が西へ進出できる足がかりを作るためなのだな?」
「ご名答」
ルリ神の返事に、キキョウ神は満足した。
「それだけではない。我ら神々の力を導くための祝詞を研究したり、新たな技術を見いだしたりと、なかなかに励んでおる」
「しかし、これでは我らが西へ向かう前に、かの者達は死んでしまいそうだな」
確かに、交易品をきっかけに信仰の地を拡大していくのは、気の長くなる話だ。
「やはり、我らの依り代になれる神具が必要かもしれぬ」
「そうだな。ソラ神を通じて、カケルの夢枕に立ち、言葉を授けることにしよう」
その夜、神々たっての依頼はカケルに伝えられた。カケルは悩んだ末、新たなシェンシャンを作って、神々の依り代とした。キキョウ神、ルリ神という、国の一、二を争う力をもつ二神を降ろした神具である。これは、イチカという楽師に持たせて、帝国へ向かわせることになった。
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