琴姫の奏では紫雲を呼ぶ

山下真響

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181衝突の末に

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「カケル様はどこ?! 姫様の勾玉がおかしいのよ! また赤くなってしまったの」

 サヨは、完全に気が動転していて、王妃となったことを忘れた風な物言いでミズキへ詰め寄っている。

 ミズキは、一度サヨから顔を逸らして無言になった後、再び視線を青石の嵌まったシェンシャンに戻した。

「アレだ。あそこに、いる」
「ふざけないで。シェンシャンがあるだけじゃない!」

 サヨは、ミズキの胸ぐらに掴みかかろうとしたが、それを阻む声が入った。

「お待ちください。王のおっしゃる通りなのです」

 サヨは、王と言う言葉に反応したらしく、やや冷静さを取り戻す。

「どういうこと? 昨夜は私の姫様とお過ごしになったようだし、勾玉の色は元に戻ってしまうし。はっきりと分かるように説明してくださらない?」

 クロガは、サヨの剣幕に負けそうになって、目だけでミズキへ助けを求める。ミズキは、ふっと溜息をついて、サヨの両肩に手を置いた。

「落ち着いて聞いてほしい」

 酷な話となるが、さすがに言わずに置くことなどできやしない。

「店主さん、カケル様は……いや、ここは敢えて、師匠と呼ぼうか。師匠は、自らの命と引き換えに、最高傑作の神具となった。つまり、身罷ってしまい、亡骸の代わりが、このシェンシャンだ」
「嘘。嘘、でしょ?」

 サヨは一瞬冗談だと思ったのか、失笑するかのように口元を歪ませたが、すぐにクロガの様子に気づいて息を呑む。

「まさか、本当に? 本当に、あの男は、姫様を残して、逝ってしまったの?」

 ミズキとクロガは頷いて肯定する。

「……ありえないわ。姫様の気持ちも考えずにそんなことするなんて! 勝手だわ。無責任だわ。そんなの……狂ってる! だいたいあなた達も、何やってたの? どうしてお止めしなかったのよ?!」

 もはや手を付けられない程に、サヨは怒りを滾らせている。その気持ちは、側にいる男二人も痛いぐらいに同意できた。と同時に、カケルのことを考えると、さらに胸が抉られるような辛さに襲われるのだ。

「こんなこと、許されるわけがないわ!」
「そうだ。その通りだ。それぐらい、俺達だって分かってる」

 ミズキもサヨに噛み付いた。

「でもな! アイツもやるしかなかったんだよ。帝国はもうそこまで来てるんだ」

 イチカからは、そろそろ兵も予定通りの人数がアダマンタイト城に集結し、街も戦前の物々しい雰囲気になっているという連絡が届いたばかりだ。

「俺達には、神具しかない。神の力を信じるしかない。それを最大限に引き出せるのは、神具師だけなんだ」
「兄は、新国の神具部の長官の役目を預かった身としても、どうしてもやり遂げねばならなかったのです」

 二人は懸命に説明するが、サヨはさっぱり聞く耳を持たない。

「だからって、姫様に何も言わずこんなことするなんて、正気の沙汰とは思えないわ!」
「それは、あなたこそです。兄を馬鹿にしないでください!」

 ついに、クロガがキレた。

「僕達も怒っています。あなたよりも、怒っているかもしれません」

 サヨは驚いたように口を噤む。

「あなたには分かりますか? このまま決定的な武器も持たずに、みすみす帝国に蹂躙されて国ごと滅びるか。もしくは男一人の命だけを犠牲に、民を守るのか。そういう選択を突きつけてきた兄の気持ちを」

 クロガは、さらにサヨへ畳み掛ける。

「そして、弟子だとか、まだ若い弟だとか言われて、結局いつものように良いとこ取りをして、勝手に前人未到の神業をキメて、あちらの世界に旅立ってしまったんですよ。コトリ様のことを頼む? カッコつけて死ぬなんて、いい加減にしてほしい。残された者の身にもなれって言うんだ」

 もうクロガは取り繕うことも忘れ、いつもの彼らしさが消え失せている。ミズキは、サヨとの間に割って入った。

「だからな、サヨ。俺達も、もちろん反対した。かなり大きな喧嘩をした。けど、アイツの願いを聞き届けることにしたんだ」
「サヨ様ならば、どうします? 国ごとコトリ様がお亡くなりになるのか。もしくは、兄上が消える代わりにコトリ様が存(ながら)える方法をとるのか。簡単な話でしょう?」

 サヨも、未だにコトリのことが一番だ。ミズキのことも一番なのだが、コトリは別格なのだ。つまり、クロガの問には肯定することしかできない。

「大切な人を守りたい。これは、究極の愛なんです」

 いつしか、サヨも涙を流していた。ようやく、怒りが冷め始めて、現実を受け入れようとしている。

 そんな加熱していた三人の横。力無く座り込んでいたコトリが、よろよろと立ち上がっていた。唖然としてしまい、涙すら出ない。

 事の経緯は耳に届いていた。そして、昨夜のこと。カケルの言葉。全てが繋がっていった。受け入れられないのに、必死に受け止めようとしている自分がいる。

 青い光に、呼ばれていた。

 コトリは、シェンシャンに近づいていく。すると、手の中の勾玉が熱を持ち始めたではないか。

「カケル様」

 横たわるそれを手に取り、抱きしめる。その人の温もりを思い出す。あまりのことに、冷たくなっていたコトリの体は、再び血が通い始めたように温もりを取り戻していった。

「姫様」

 コトリを労るように、サヨがすぐ背後に侍る。かける言葉が見つからないのだ。

「サヨ、大丈夫よ」
「え」
「これは、カケル様。彼は今も、ここにいる。お亡くなりになったわけではなくて、見た目を変えてここにいらっしゃるのよ」
「姫様」

 いたわしいものでも見るかのように、サヨは目頭を手で押さえる。

「彼は、私の半身として、ここに在る」

 コトリは、愛おしげにシェンシャンを撫でて、その弦に唇を落とした。

「この存在感。私を惹きつけてやまないの。私、やるわ。カケル様と共に」

 とても、普通のシェンシャンには見えなかった。とてつもない神秘性だけではない。コトリの胸元に揺れる勾玉から、そのシェンシャンにある青石まで、細く光る糸が見えた。

 コトリは、誰に対してでもなく、大きく頷く。

「私は、奏ででカケル様と一つになる。彼の覚悟と想いを引き継ぎ、叶えたいの」

 すると、機を計らったかのように、工房へたくさんの足音が近づいてきた。

「チグサ様?!」

 チグサは、つかつかと工房へ入るなり、まずはミズキへ拝礼した後、コトリの前へやってきた。

「どうか、兄のことをお許しください。そして、兄を、奏でてやってくださいまし。彼女達と共に」

 工房の入り口。そこには、見慣れた楽士団の面々が勢揃いしていた。

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