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178カケルの選択
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カケルは、香山の宮に備えられた工房に籠もっていた。集中するために、人は遠ざけていて、独りである。
「駄目だ。やっぱりコトリを守るのは、普通の神具じゃ駄目なんだ」
以前、カケルの留守中にラピスがコトリに渡したものは、腕輪を模した神具。他人の悪意と暴力に反応する、通称蛇型護身具である。
あれも、彼女を守って良からぬ輩に天罰を与えたようだが、一度に相手できるのは一人。しかも仕組み上、相手が息をするように悪事を働く者であったり、咄嗟の事であれば、反応が遅れてしまう。
よって、これを改造したものを作るという線も無くなった。
「やっぱり、シェンシャンかなぁ」
カケルにとっても、他の者にとっても、琴姫コトリの神具と言えばシェンシャンである。かつてサヨも、楽士団に入るコトリのためにあつらえるシェンシャンを武器の一つだと話していた。
しかし、である。カケルはこれまで、いくつものシェンシャンをコトリのために作り、既に最高傑作にはルリ神を降ろすことまで成し遂げた。そして、そのルリ神は、香山のどこかにあるという合体した礎の石、天磐盾の元へ還ってしまった。
「あれ以上のシェンシャンなんて、作れるかな?」
ルリ神が消えたコトリのシェンシャンは、いつの間にかまだ若い音の神の一柱が宿っているようだが、琴姫の名に相応しいものは新たに用意する必要があるだろう。
だが、ルリ神以上の神なんて、カケルも知らない。何せ、その上ともなれば、この地全てを統べる大神だ。さすがにそんな神を、神具師として惹きつけて、小さな楽器に無理やり降ろすことはできないにちがいない。できたとしても、国の別の部分で支障をきたすことになるのは、簡単に予想できた。
カケルは、無意識に胸元から下げた勾玉を手で弄る。コトリと揃いの神具だ。だが、礎の石を削ってつくった分、普通の神具とは違う。宝具のような趣があった。無機物にも関わらず、まるで生きているかのような神秘性を持っている。
これは、テッコンがユカリに渡したものを参考に、縁の神やら、絆の神やらを降ろして、どうか二人が離れ離れにならないようにと、念のようなものを込めて創り上げた。お陰で想いを交わすところまで漕ぎ着けたのだが、その後の進展は芳しくない。
やはり、夫婦の守り神まで降ろしておくべきだったかと、カケルは後悔するのである。
「羨ましいのはこっちの方だ」
ふと思い出すのは、ミズキのことだ。彼は王でありながら、駆け出し神具師でもある。思うように技が習得できず焦っていた彼だが、少ない知識を駆使して無事に帝国の手を逃れ、愛妻サヨを奪還した。
カケルは、夫婦の絆を見せつけられたようで、嫉妬にも近いものを抱いているが、こんな邪な気持ち、誰にも打ち明けられそうにもない。
自分の方が確実に地位も技もあるというのに、なぜ未だにコトリと夫婦になれていないのか。
答えは簡単。帝国の存在である。
帝国を潰してコトリが再び奪われる憂いを完全に取り除き、晴れて自分の元へ迎えたいと決めたのは、正しかったはずだ。不穏な情勢のまま、コトリを手に入れても、きっと彼女が本物の笑顔を見せることはないのだろうから、致し方ない。
「でも。どうすれば」
カケルは、ソラが宿っていると言われている自身の工具を、くるくると指で回して弄んでいた。苛立てば苛立つほど時間が早く流れて、全てが徒労に終わり、何も実を結ばない気がしてしまう。
「やはり、アレしかないのかな」
ミズキは、自身の血を使って神具を創り、サヨへと続く道を切り拓いた。
そしてテッコンは、鳥という生き物を神具化するという前代未聞のことをやり遂げた。
この二つを上手く合わせれば――――。
カケルは、見納めでもするかのように、工房の中をゆっくりと見渡す。ソラ王家が代々使ってきた、思い出が詰まった家屋。あらゆる知識が集約された実験室でもある。
しばらく感慨に浸るかのように、のんびりとしていたが、もう時間は長く残されていない。明日にも帝国はやってくるかもしれないのだ。
カケルはパチンと自身の頬を叩いて気合を入れた。ミズキとクロガを呼び出さねばならない。
◇
工房に呼ばれた二人は、てっきり新たな神具のお披露目か何かだと思い込んでいた。どこか浮ついた雰囲気でわくわくしている若者達を前に、カケルは気不味そうにしながら椅子を進める。自らも卓を挟んて向かい側の席に座ると、前置きもせずにこう言った。
「和の国、最後の神剣を貸してくれないか」
それは、長らくソラの王家の宝物庫で保管されていた、究極の曰く付きの剣である。
紫建国にあたり、ソラから引き継ぐべき物を宝物庫で漁っていた際に掘り出されたものだ。一緒に保管されていた木簡によると、どうやら天磐盾を二つに分割するのに用いられたと言う。
それは、これまでカケルが見たこともない不思議な金属で出来ていて、出処は不明。もしかすると、帝国圏にある希少な鉱物で構成されているのかもしれないが、カケルの付き人達は、和の国最後の王の怨念が宿っているにちがいないと言って恐れおののいていた。
だが、そんな歴史的な大事であり、神事とも言えることを成し遂げたた剣は、これからカケルがしようとしている突飛な作戦にも似合いだと思えるのだ。何せ、国を分かつと同等の禁術にも近いものがある。
「別にいいけど、何するんだ? ちょっと危ない物なのだろう?」
「兄上の新しい『思いつき』で使うのでしょうか?」
二人とも、興味津々だ。
「そう。新しい『思いつき』のために、使う。成し遂げねばならないことが、あるんだ」
カケルは一度、強く目を閉じて、開けた。期待を裏切ることになるのは分かっている。だが、カケルなり考えて、考えて、考え抜いて出した答えは、これなのである。
「俺は、神具になる。コトリ専用のシェンシャンに、なる。おそらく、一般的に命と呼ばれるものは、なくなってしまうと思う。だから二人には、後のことを全てお願いしたい」
そして、深々と頭を下げた。
「この通りだ。コトリを、この国を、俺の化身となるシェンシャンを使って救ってくれ」
「駄目だ。やっぱりコトリを守るのは、普通の神具じゃ駄目なんだ」
以前、カケルの留守中にラピスがコトリに渡したものは、腕輪を模した神具。他人の悪意と暴力に反応する、通称蛇型護身具である。
あれも、彼女を守って良からぬ輩に天罰を与えたようだが、一度に相手できるのは一人。しかも仕組み上、相手が息をするように悪事を働く者であったり、咄嗟の事であれば、反応が遅れてしまう。
よって、これを改造したものを作るという線も無くなった。
「やっぱり、シェンシャンかなぁ」
カケルにとっても、他の者にとっても、琴姫コトリの神具と言えばシェンシャンである。かつてサヨも、楽士団に入るコトリのためにあつらえるシェンシャンを武器の一つだと話していた。
しかし、である。カケルはこれまで、いくつものシェンシャンをコトリのために作り、既に最高傑作にはルリ神を降ろすことまで成し遂げた。そして、そのルリ神は、香山のどこかにあるという合体した礎の石、天磐盾の元へ還ってしまった。
「あれ以上のシェンシャンなんて、作れるかな?」
ルリ神が消えたコトリのシェンシャンは、いつの間にかまだ若い音の神の一柱が宿っているようだが、琴姫の名に相応しいものは新たに用意する必要があるだろう。
だが、ルリ神以上の神なんて、カケルも知らない。何せ、その上ともなれば、この地全てを統べる大神だ。さすがにそんな神を、神具師として惹きつけて、小さな楽器に無理やり降ろすことはできないにちがいない。できたとしても、国の別の部分で支障をきたすことになるのは、簡単に予想できた。
カケルは、無意識に胸元から下げた勾玉を手で弄る。コトリと揃いの神具だ。だが、礎の石を削ってつくった分、普通の神具とは違う。宝具のような趣があった。無機物にも関わらず、まるで生きているかのような神秘性を持っている。
これは、テッコンがユカリに渡したものを参考に、縁の神やら、絆の神やらを降ろして、どうか二人が離れ離れにならないようにと、念のようなものを込めて創り上げた。お陰で想いを交わすところまで漕ぎ着けたのだが、その後の進展は芳しくない。
やはり、夫婦の守り神まで降ろしておくべきだったかと、カケルは後悔するのである。
「羨ましいのはこっちの方だ」
ふと思い出すのは、ミズキのことだ。彼は王でありながら、駆け出し神具師でもある。思うように技が習得できず焦っていた彼だが、少ない知識を駆使して無事に帝国の手を逃れ、愛妻サヨを奪還した。
カケルは、夫婦の絆を見せつけられたようで、嫉妬にも近いものを抱いているが、こんな邪な気持ち、誰にも打ち明けられそうにもない。
自分の方が確実に地位も技もあるというのに、なぜ未だにコトリと夫婦になれていないのか。
答えは簡単。帝国の存在である。
帝国を潰してコトリが再び奪われる憂いを完全に取り除き、晴れて自分の元へ迎えたいと決めたのは、正しかったはずだ。不穏な情勢のまま、コトリを手に入れても、きっと彼女が本物の笑顔を見せることはないのだろうから、致し方ない。
「でも。どうすれば」
カケルは、ソラが宿っていると言われている自身の工具を、くるくると指で回して弄んでいた。苛立てば苛立つほど時間が早く流れて、全てが徒労に終わり、何も実を結ばない気がしてしまう。
「やはり、アレしかないのかな」
ミズキは、自身の血を使って神具を創り、サヨへと続く道を切り拓いた。
そしてテッコンは、鳥という生き物を神具化するという前代未聞のことをやり遂げた。
この二つを上手く合わせれば――――。
カケルは、見納めでもするかのように、工房の中をゆっくりと見渡す。ソラ王家が代々使ってきた、思い出が詰まった家屋。あらゆる知識が集約された実験室でもある。
しばらく感慨に浸るかのように、のんびりとしていたが、もう時間は長く残されていない。明日にも帝国はやってくるかもしれないのだ。
カケルはパチンと自身の頬を叩いて気合を入れた。ミズキとクロガを呼び出さねばならない。
◇
工房に呼ばれた二人は、てっきり新たな神具のお披露目か何かだと思い込んでいた。どこか浮ついた雰囲気でわくわくしている若者達を前に、カケルは気不味そうにしながら椅子を進める。自らも卓を挟んて向かい側の席に座ると、前置きもせずにこう言った。
「和の国、最後の神剣を貸してくれないか」
それは、長らくソラの王家の宝物庫で保管されていた、究極の曰く付きの剣である。
紫建国にあたり、ソラから引き継ぐべき物を宝物庫で漁っていた際に掘り出されたものだ。一緒に保管されていた木簡によると、どうやら天磐盾を二つに分割するのに用いられたと言う。
それは、これまでカケルが見たこともない不思議な金属で出来ていて、出処は不明。もしかすると、帝国圏にある希少な鉱物で構成されているのかもしれないが、カケルの付き人達は、和の国最後の王の怨念が宿っているにちがいないと言って恐れおののいていた。
だが、そんな歴史的な大事であり、神事とも言えることを成し遂げたた剣は、これからカケルがしようとしている突飛な作戦にも似合いだと思えるのだ。何せ、国を分かつと同等の禁術にも近いものがある。
「別にいいけど、何するんだ? ちょっと危ない物なのだろう?」
「兄上の新しい『思いつき』で使うのでしょうか?」
二人とも、興味津々だ。
「そう。新しい『思いつき』のために、使う。成し遂げねばならないことが、あるんだ」
カケルは一度、強く目を閉じて、開けた。期待を裏切ることになるのは分かっている。だが、カケルなり考えて、考えて、考え抜いて出した答えは、これなのである。
「俺は、神具になる。コトリ専用のシェンシャンに、なる。おそらく、一般的に命と呼ばれるものは、なくなってしまうと思う。だから二人には、後のことを全てお願いしたい」
そして、深々と頭を下げた。
「この通りだ。コトリを、この国を、俺の化身となるシェンシャンを使って救ってくれ」
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