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168新国建ちて
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そうして残った、ただただ広い灰の海。王宮の跡地。民の多くが達成感と開放感に満たされる中、ミズキは、クレナ国の滅亡と新国「紫」の建国を宣言したのである。
途端に、死にかけていた街が蘇り始める。人々が上を向き、明るい声を出し、笑顔も見える。まだ建国を宣言しただけの段階だが、何かが始まり、動き出そうとするのが肌感覚で伝染し、誰しもが気持ちを昂ぶらせている。新時代への期待が高まっていく。
そんな民の顔を横目に、カケルは、紫の本部を置く屋敷へ移動していた。卓を挟んで、ユカリと向き合っている。
「あの炎は、特別なものだったんです」
彼女もまた、あの男に翻弄され、苦しめられた一人だ。
国の終わりと始まりという節目。混乱に乗じて良からぬ事を考える者を取り締まるため、ユカリは紫の幹部として指揮を振るっていたため、残念ながら元王の処刑には立ち会えなかった。故に、カケルがその時のことを語りにやってきたのである。
「なるほど。カケル様が、単なる焼身自殺をさせるだけで納得するはずがないと思っていましたが、やはり」
「はい。あの炎には、民の恨みや辛みが込められているのです。社の火を特別に頂戴し、そこへ神具を使ってクレナ中の民の心を映し出し、怨念とも呼べる代物をそこに灯すことができました。殺された罪なき者達からの呪いの言葉などが、あの男を究極に追い詰めたはずです」
「カケル様の恨みの言葉も含まれてそうね」
「それはもちろん。ちなみに、精神的な攻撃だけではありません。あの男に対しては、少しずつ身を蝕んで、できるだけ長く地獄を味あわせられるような祝詞を書きましたから」
カケルは、清々しいくらいに良い笑顔を見せる。ユカリは、せいせいするというよりも、一つの物事が片付いてほっとした気分になった。
炎が強すぎたせいか、王も正妃も、楽士達も、骨は残らなかったらしい。故に、未だに死んだと実感が湧きにくかったユカリだが、カケルの顔を見ると、自然と「終わった」ことが理解できるのである。
カケル自身も、悔いの残らぬよう復讐を完遂できたのであれば、尚の事良かったと言えるだろう。
「では、もうソラにお戻りになるのですか?」
「どうしようかな。少しだけヨロズ屋へも寄って行きます。クジャクには野暮用を頼んでるし、ずっとチヒロ様に店番押し付けるのも、さすがに悪いので」
「彼女も今や、王の姉ですものね」
「そうなんです。私も、強く出づらくなってしまいました」
コトリや、実力を認めた近しい者以外、他の女には全く興味がないカケルは、以前からチヒロの扱いが雑なのだ。ユカリは苦笑しつつ、紫の風呂敷で包んだ木箱を出してきた。
「これは?」
「しばらく前に、私の元侍女を通じて正妃様から届けられていたものです」
「中は」
「クレナ王家に伝わる鏡。それと、楽士団首席の証だそうです」
カケルは、持ち帰ってコトリやサヨに見せることを約束した。
◇
カケルは、懐かしのヨロズ屋、店主の部屋にいた。目の前にいるのはクジャク。少々、憔悴した様子である。
「無理を言って悪かったな」
「別にいいです。神具があれば、多少の炎も大丈夫ですし、今はゴスの親方もソラですからね」
ゴスは、未だにソラで帝国の武器の分析に打ち込んでいるのだ。
「それで、正妃様は?」
実はカケル、どさくさに紛れて、クジャクに特殊な任務を与えていた。
絶体絶命で阿鼻叫喚の地獄絵図の中、笑みすら浮かべて静かに佇んでいた正妃。そのまま、夫である王もろとも命を散らすはずが、突然青と緑という派手な髪色の男に担ぎあげられ、拉致されるとは青天の霹靂だっただろう。
「今は、ここの地下でお休みになられています。他の楽士達は見殺しにしましたが、本当に良かったのですか?」
「もちろん。正妃様は、コトリのお母上、アヤネ様を知る数少ない人物。紫への貢献度と言い、コトリを裏から手助けしていたことも判明している。元から罪など無いのだ」
「一方、あの女楽士達は、コトリ様に手を下した張本人ですからね」
「それだけじゃない。都中に悪しき奏でを垂れ流して、人々を狂わせ、病まで蔓延させようとしていた。処刑は必然」
カケルは、絶対にコトリには見せることのない悪人面で言い切る。
「それにしても、正妃様の今後の処遇はいかほどに?」
「詳しくは追って指示するが、クレナ王家の生き字引としても期待しているんだ」
「と言いますと?」
クジャクが身を乗り出す。まさか、神具絡みかと期待しているようだが、そうではない。
「ソラでも、王家の女に口伝で引き継がれている話というものがある。俺は妃を得るのが遅かったから、生前、母上からこっそり教えられているんだがな」
「それ、もう女とか関係ないじゃないですか」
「気にするな。いつなん時も特例というものはあるものだ。で、その話というのが、国の礎の石に関係しているんだ。というのが、最近になって気がついた」
カケルが知っているのは、詩歌の一節。その一部は、ソラの礎の石の礎の中にも文字として浮かび上がっている。
おそらくは、その対となる詩歌があるはずで、一部はクレナの紅い礎の石の中にあるが、全体像までは分からない。そこを正妃から教わりたいということなのだ。
「コトリによると、『あまのいわたて』を元通りにすることがルリ神の望み。おそらく、それは何らかの岩だと思う。岩と言えば、一番近しいものは、国の礎の石だ。あれは大きすぎるから、岩と呼ばれてもおかしくない」
「そうなんですね」
クジャクは、王族ではないので見たことがないため、曖昧に相槌をうつことしかできない。だが、そこからカケルの考えを推測することはできる。
「ですが、岩ともなれば、物理的に大きすぎますし、二つの礎の石は離れすぎている。普通に運んで、隣り合わせに置いたところで、それが神の思し召し通りかどうかも分からない、というところですか」
「その通り。でも、この二つの詩歌が完全に揃えば、上手く行く気がするんだ」
ルリ神は、コトリとカケルの結びつきを後押ししているということなので、コトリがクレナの詩歌を、カケルがソラの詩歌を詠めば、何かが起きると考えているのである。
「古代、神具が無かった時代は、人の話す言葉自体に神気が絡んで、数多の奇跡を起こしていたという」
「言霊ってやつですね」
クジャクも、このあたりの知識は持っていた。ゴスの弟子は総じて優秀なのだ。カケルは確信めいた口調で続ける。
「その通り。言霊を使えば、二国の石が一つになり、『あまのいわたて』とやらが出現するはず。何しろ、礎の石はただの石じゃない。削り取れば神具になる。神気の塊とも言える。そして神気は、人々の可能性や潜在能力のひとつの形でもあると、コトリから教わった」
つまり礎の石は、それ自体が人の理からかけ離れた神がかった存在であり、手に触れることができながら、本来は無形の概念的な存在だということである。それであれば、方法さえ誤らなければ、距離も重さも関係なく一つにすることができそうだと踏んでいるのだ。
「それにしても、クジャク」
カケルは、いかにも、ふと思い出した風を装って話しかける。
「ラピスのこと、気づいていたか?」
カケル自身、ラピスがいつ寝返ったのか、未だに分からないままなのだ。
「いえ、全く」
クジャクは、一寸たりとも表情を変えずに答える。そこからは、何も読み取れない。
「そうか」
カケルは短く返事すると、そのまま一人部屋を出ていった。クジャクは、その寂しそうな背中を見送り、溜息をつく。頭の中では、ラピスがカケルとコトリの捜索へ旅立つ際に残した言葉を振り返っていた。
『親方には、絶対勝たせてみせるから。だから何が起きても、クジャク兄貴は親方を支えてやってよ?』
「ラピス。お前、何考えてるんだ」
クジャクは、薄く埃の積もった卓の上に、指を一本滑らせる。舞いあがった塵が、薄明かりの中をふわりと広がっていく。その流れを目で追っていると、窓の外から様々な色の神気が薄っすらと流れ込んでくるのに気がついた。
「シェンシャン?」
どこか懐かしい音色だった。
途端に、死にかけていた街が蘇り始める。人々が上を向き、明るい声を出し、笑顔も見える。まだ建国を宣言しただけの段階だが、何かが始まり、動き出そうとするのが肌感覚で伝染し、誰しもが気持ちを昂ぶらせている。新時代への期待が高まっていく。
そんな民の顔を横目に、カケルは、紫の本部を置く屋敷へ移動していた。卓を挟んで、ユカリと向き合っている。
「あの炎は、特別なものだったんです」
彼女もまた、あの男に翻弄され、苦しめられた一人だ。
国の終わりと始まりという節目。混乱に乗じて良からぬ事を考える者を取り締まるため、ユカリは紫の幹部として指揮を振るっていたため、残念ながら元王の処刑には立ち会えなかった。故に、カケルがその時のことを語りにやってきたのである。
「なるほど。カケル様が、単なる焼身自殺をさせるだけで納得するはずがないと思っていましたが、やはり」
「はい。あの炎には、民の恨みや辛みが込められているのです。社の火を特別に頂戴し、そこへ神具を使ってクレナ中の民の心を映し出し、怨念とも呼べる代物をそこに灯すことができました。殺された罪なき者達からの呪いの言葉などが、あの男を究極に追い詰めたはずです」
「カケル様の恨みの言葉も含まれてそうね」
「それはもちろん。ちなみに、精神的な攻撃だけではありません。あの男に対しては、少しずつ身を蝕んで、できるだけ長く地獄を味あわせられるような祝詞を書きましたから」
カケルは、清々しいくらいに良い笑顔を見せる。ユカリは、せいせいするというよりも、一つの物事が片付いてほっとした気分になった。
炎が強すぎたせいか、王も正妃も、楽士達も、骨は残らなかったらしい。故に、未だに死んだと実感が湧きにくかったユカリだが、カケルの顔を見ると、自然と「終わった」ことが理解できるのである。
カケル自身も、悔いの残らぬよう復讐を完遂できたのであれば、尚の事良かったと言えるだろう。
「では、もうソラにお戻りになるのですか?」
「どうしようかな。少しだけヨロズ屋へも寄って行きます。クジャクには野暮用を頼んでるし、ずっとチヒロ様に店番押し付けるのも、さすがに悪いので」
「彼女も今や、王の姉ですものね」
「そうなんです。私も、強く出づらくなってしまいました」
コトリや、実力を認めた近しい者以外、他の女には全く興味がないカケルは、以前からチヒロの扱いが雑なのだ。ユカリは苦笑しつつ、紫の風呂敷で包んだ木箱を出してきた。
「これは?」
「しばらく前に、私の元侍女を通じて正妃様から届けられていたものです」
「中は」
「クレナ王家に伝わる鏡。それと、楽士団首席の証だそうです」
カケルは、持ち帰ってコトリやサヨに見せることを約束した。
◇
カケルは、懐かしのヨロズ屋、店主の部屋にいた。目の前にいるのはクジャク。少々、憔悴した様子である。
「無理を言って悪かったな」
「別にいいです。神具があれば、多少の炎も大丈夫ですし、今はゴスの親方もソラですからね」
ゴスは、未だにソラで帝国の武器の分析に打ち込んでいるのだ。
「それで、正妃様は?」
実はカケル、どさくさに紛れて、クジャクに特殊な任務を与えていた。
絶体絶命で阿鼻叫喚の地獄絵図の中、笑みすら浮かべて静かに佇んでいた正妃。そのまま、夫である王もろとも命を散らすはずが、突然青と緑という派手な髪色の男に担ぎあげられ、拉致されるとは青天の霹靂だっただろう。
「今は、ここの地下でお休みになられています。他の楽士達は見殺しにしましたが、本当に良かったのですか?」
「もちろん。正妃様は、コトリのお母上、アヤネ様を知る数少ない人物。紫への貢献度と言い、コトリを裏から手助けしていたことも判明している。元から罪など無いのだ」
「一方、あの女楽士達は、コトリ様に手を下した張本人ですからね」
「それだけじゃない。都中に悪しき奏でを垂れ流して、人々を狂わせ、病まで蔓延させようとしていた。処刑は必然」
カケルは、絶対にコトリには見せることのない悪人面で言い切る。
「それにしても、正妃様の今後の処遇はいかほどに?」
「詳しくは追って指示するが、クレナ王家の生き字引としても期待しているんだ」
「と言いますと?」
クジャクが身を乗り出す。まさか、神具絡みかと期待しているようだが、そうではない。
「ソラでも、王家の女に口伝で引き継がれている話というものがある。俺は妃を得るのが遅かったから、生前、母上からこっそり教えられているんだがな」
「それ、もう女とか関係ないじゃないですか」
「気にするな。いつなん時も特例というものはあるものだ。で、その話というのが、国の礎の石に関係しているんだ。というのが、最近になって気がついた」
カケルが知っているのは、詩歌の一節。その一部は、ソラの礎の石の礎の中にも文字として浮かび上がっている。
おそらくは、その対となる詩歌があるはずで、一部はクレナの紅い礎の石の中にあるが、全体像までは分からない。そこを正妃から教わりたいということなのだ。
「コトリによると、『あまのいわたて』を元通りにすることがルリ神の望み。おそらく、それは何らかの岩だと思う。岩と言えば、一番近しいものは、国の礎の石だ。あれは大きすぎるから、岩と呼ばれてもおかしくない」
「そうなんですね」
クジャクは、王族ではないので見たことがないため、曖昧に相槌をうつことしかできない。だが、そこからカケルの考えを推測することはできる。
「ですが、岩ともなれば、物理的に大きすぎますし、二つの礎の石は離れすぎている。普通に運んで、隣り合わせに置いたところで、それが神の思し召し通りかどうかも分からない、というところですか」
「その通り。でも、この二つの詩歌が完全に揃えば、上手く行く気がするんだ」
ルリ神は、コトリとカケルの結びつきを後押ししているということなので、コトリがクレナの詩歌を、カケルがソラの詩歌を詠めば、何かが起きると考えているのである。
「古代、神具が無かった時代は、人の話す言葉自体に神気が絡んで、数多の奇跡を起こしていたという」
「言霊ってやつですね」
クジャクも、このあたりの知識は持っていた。ゴスの弟子は総じて優秀なのだ。カケルは確信めいた口調で続ける。
「その通り。言霊を使えば、二国の石が一つになり、『あまのいわたて』とやらが出現するはず。何しろ、礎の石はただの石じゃない。削り取れば神具になる。神気の塊とも言える。そして神気は、人々の可能性や潜在能力のひとつの形でもあると、コトリから教わった」
つまり礎の石は、それ自体が人の理からかけ離れた神がかった存在であり、手に触れることができながら、本来は無形の概念的な存在だということである。それであれば、方法さえ誤らなければ、距離も重さも関係なく一つにすることができそうだと踏んでいるのだ。
「それにしても、クジャク」
カケルは、いかにも、ふと思い出した風を装って話しかける。
「ラピスのこと、気づいていたか?」
カケル自身、ラピスがいつ寝返ったのか、未だに分からないままなのだ。
「いえ、全く」
クジャクは、一寸たりとも表情を変えずに答える。そこからは、何も読み取れない。
「そうか」
カケルは短く返事すると、そのまま一人部屋を出ていった。クジャクは、その寂しそうな背中を見送り、溜息をつく。頭の中では、ラピスがカケルとコトリの捜索へ旅立つ際に残した言葉を振り返っていた。
『親方には、絶対勝たせてみせるから。だから何が起きても、クジャク兄貴は親方を支えてやってよ?』
「ラピス。お前、何考えてるんだ」
クジャクは、薄く埃の積もった卓の上に、指を一本滑らせる。舞いあがった塵が、薄明かりの中をふわりと広がっていく。その流れを目で追っていると、窓の外から様々な色の神気が薄っすらと流れ込んでくるのに気がついた。
「シェンシャン?」
どこか懐かしい音色だった。
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