琴姫の奏では紫雲を呼ぶ

山下真響

文字の大きさ
上 下
91 / 214

91反撃

しおりを挟む
 その後、カケルはクレナ王宮を離れ、馬車が都の外に出た頃合いで影武者と交代。本人はいつもの商人の格好をして、再びヨロズ屋へ戻ってきた。

「どうしよう。もう手が洗えない」

 気持ち悪いぐらいにニコニコしているカケルを前に、ラピスは何から突っ込めば良いの分からなかった。コトリの手を握ったのは確かだろうが、そこまで大袈裟なことになる意味が不明なのである。

「確か、以前貰った文に、彼女のお母上の墓地から都をまで手繋ぎで散歩したとか書いてませんでしたっけ? 別に初めてのことでもあるまいし」
「分かってないな、ラピス。あの時は、ソウがカナデ様の手を握っていた。でも今日は、カケルがコトリの手を握っていたんだ!」

 やはり、嘘偽りの無い本来の姿で相対できるというのは違うらしい。

 しかし、帝国出身の親をもつラピスからすれば、クレナやソラの外では、男女関係なく握手の習慣はあるし、ある程度親しくなったり世話になっている間柄では、ハグという軽い抱擁も日常茶飯事。この程度で騒ぐのは馬鹿馬鹿しいのである。

 暫し白い目を向けていたラピスだが、ひとまず王宮でのあらましを聞き出すことにした。

「なるほど。暴行を加えられた挙げ句、好きな楽師をくれてやるといった約束まで反故にされたと」

 ラピスは呆れたように小さく笑った。彼にかかると、一連の話は完全にクレナの落ち度となってしまうが、これは事実である。

「早速、クロガ様に報告せねば。コトリ様を簡単には渡してくれないのは想定内だけど、やり方が酷すぎる」
「やっぱり、誰も選ばなかったのは不味かったかな?」
「いえ、酷いのは親方じゃありません。クレナの方です。親方は、落ち着いた判断ができていたと思いますよ」

 と、明らかに落ち着きのないカケルに告げるラピスだ。

 彼によると、闇雲に適当な楽師を見繕ってきたところで、クレナが本当に来年以降も楽師団を派遣するかどうかは信頼できない。クレナ王をつけ上がらせるだけ、とのこと。

 それよりかは、クレナがかなり下手を打ってくれたのを逆手に取り、次はソラから仕掛ける番だとラピスは言う。

「クレナがそう出るのであれば、ソラは神具を売り渋ることにしましょう。ソラ全域に、クレナに売る際は通常の五割増の価格にするよう通達するんです。そしてクレナ王家との取引はやめましょう」
「それは……クレナ王の反感を買いすぎないか?」
「クレナ王は元々神具嫌いの方という噂です。むしろ喜ばせることになるかもしれませんね」

 その話はカケルも耳にしたことがある。しかし、王はよくとも民はどうなるのだろうか。神具を使ってる人は、なんだかんだで多いものだ。価格が急高騰しては買えない者も続出するだろう。

「だからこそですよ。神具の価格が上がったのは、クレナ王がソラの王子の不興を買ったからだという噂を流します。きっと民は、さらに王家を非難するようになるでしょう。王の権威はますます落ちますね」

 少なくとも、今回のワタリ王子の暴挙は目撃している人が多い。あれだけの数の女が集まっていたのだ。人の口に戸は立てられない。もしかすると、あの悪行は、既に市井へ知れ渡っているかもしれない。

 ラピスは悪い顔で笑った。

「それに、ソラから買えないとなると、クレナの神具店であるヨロズ屋は、ますます繁盛するかも!」

 確かに、一理ある。しかし、それではヨロズ屋も、ある意味火の粉をかぶることになるかもしれない。

「つまりヨロズ屋は、神具の増産が必要になるってことか」
「そうなりますね」

 と返事したところで、ラピスの顔が固まってしまった。カケルは彼の肩を重々しく数度叩く。

「テッコンのところでの修行の成果、しっかり見せてもらうぞ。今夜からは当分徹夜を覚悟しろ!」
「え、そんなぁ」
「大丈夫、俺も付き合うから。あ、そうだ。人手が足りないならば、ラピスも弟子をとればいい。紫に集まってきた者の中から、手先が器用な奴を連れてくればいい。たぶんユカリ様も喜ぶぞ」
「は?!」
「心配するな。俺がお前を弟子にしたのは、もっと若い時だった。それに何より、神具を作るのって楽しいからな! 絶対皆に分かってもらえる」
「駄目だ……神具馬鹿には何を言っても無駄だ……」

 その後は、ラピスとの話し合いの結果、当初の約束通りコトリをソラへ引き渡してくれたら、神具の売買については元通りにするという条件をつけることにした。他に詰めが甘いところがあれば、クロガがよく考えて内容を精査し、クレナへの書簡としてまとめてくれることだろう。

 それにしても、とカケルは思う。クレナ王とワタリ王子は、ここまでする人物だっただろうか。以前から不穏な空気を感じることはあったが、最近は感情任せだったり、手段を選ばないことが増えてきている。このままでは、ソラへの仕打ちもさらに過激になり、コトリの束縛もますますキツくなるかもしれない。

 カケルは自室に戻って、ラピスに頼んでソラ王宮から運んできた木箱の蓋を開けた。黒光りする円筒形の筒。つるりとした表面を手で撫でると、冷たさがじわりと伝わって来た。

「母上……今こそ、これを完成させます」

 それからカケルは、三日三晩不眠不休で工房に籠もった。その傍らでは、ラピスが死にそうになりながら、売れ筋の神具の増産に追われる姿があった。

 目を閉じると、あのコトリの笑顔が蘇る。
 返事こそ聞くことはできなかったが、カケルには確かな感触があった。

 コトリはきっと、自分の元へ来てくれる。

 ここまで、長い長い道程だった。だが、やっと光が見えた。もう焦らない。もう迷わない。もう悩まない。ただただ着実に、不安の種は尽く潰し、来たるべき機会を見定めて準備するだけだ。

 カケルには、神具を生み出す才がある。

 コトリを守り、クレナ王を討ち、望みを叶えられるだけのものを作り上げるのだ。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛人契約は双方にメリットを

しがついつか
恋愛
親の勝手により愛する者と引き裂かれ、政略結婚を強いられる者達。 不本意なことに婚約者となった男には結婚を約束した恋人がいた。 そんな彼にロラは提案した。 「私を書類上の妻として迎え入れ、彼女を愛人になさるおつもりはございませんか?」

【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~

胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。 時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。 王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。 処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。 これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。

【完結】前世の不幸は神様のミスでした?異世界転生、条件通りなうえチート能力で幸せです

yun.
ファンタジー
~タイトル変更しました~ 旧タイトルに、もどしました。 日本に生まれ、直後に捨てられた。養護施設に暮らし、中学卒業後働く。 まともな職もなく、日雇いでしのぐ毎日。 劣悪な環境。上司にののしられ、仲のいい友人はいない。 日々の衣食住にも困る。 幸せ?生まれてこのかた一度もない。 ついに、死んだ。現場で鉄パイプの下敷きに・・・ 目覚めると、真っ白な世界。 目の前には神々しい人。 地球の神がサボった?だから幸せが1度もなかったと・・・ 短編→長編に変更しました。 R4.6.20 完結しました。 長らくお読みいただき、ありがとうございました。

我が家の乗っ取りを企む婚約者とその幼馴染みに鉄槌を下します!

真理亜
恋愛
とある侯爵家で催された夜会、伯爵令嬢である私ことアンリエットは、婚約者である侯爵令息のギルバートと逸れてしまい、彼の姿を探して庭園の方に足を運んでいた。 そこで目撃してしまったのだ。 婚約者が幼馴染みの男爵令嬢キャロラインと愛し合っている場面を。しかもギルバートは私の家の乗っ取りを企んでいるらしい。 よろしい! おバカな二人に鉄槌を下しましょう!  長くなって来たので長編に変更しました。

あなたがわたしを本気で愛せない理由は知っていましたが、まさかここまでとは思っていませんでした。

ふまさ
恋愛
「……き、きみのこと、嫌いになったわけじゃないんだ」  オーブリーが申し訳なさそうに切り出すと、待ってましたと言わんばかりに、マルヴィナが言葉を繋ぎはじめた。 「オーブリー様は、決してミラベル様を嫌っているわけではありません。それだけは、誤解なきよう」  ミラベルが、当然のように頭に大量の疑問符を浮かべる。けれど、ミラベルが待ったをかける暇を与えず、オーブリーが勢いのまま、続ける。 「そう、そうなんだ。だから、きみとの婚約を解消する気はないし、結婚する意思は変わらない。ただ、その……」 「……婚約を解消? なにを言っているの?」 「いや、だから。婚約を解消する気はなくて……っ」  オーブリーは一呼吸置いてから、意を決したように、マルヴィナの肩を抱き寄せた。 「子爵令嬢のマルヴィナ嬢を、あ、愛人としてぼくの傍に置くことを許してほしい」  ミラベルが愕然としたように、目を見開く。なんの冗談。口にしたいのに、声が出なかった。

殿下、それは私の妹です~間違えたと言われても困ります~

由良
恋愛
「じゃあ、右で」 その一言で、オリヴィアは第一王子アルベルトの婚約者に決まった。 おざなりな決め方とは裏腹に、アルベルトはよき婚約者として振舞っていた。 彼女の双子の妹とベッドを共にしているのを目撃されるまでは。

私の愛した婚約者は死にました〜過去は捨てましたので自由に生きます〜

みおな
恋愛
 大好きだった人。 一目惚れだった。だから、あの人が婚約者になって、本当に嬉しかった。  なのに、私の友人と愛を交わしていたなんて。  もう誰も信じられない。

裏切られた令嬢は死を選んだ。そして……

希猫 ゆうみ
恋愛
スチュアート伯爵家の令嬢レーラは裏切られた。 幼馴染に婚約者を奪われたのだ。 レーラの17才の誕生日に、二人はキスをして、そして言った。 「一度きりの人生だから、本当に愛せる人と結婚するよ」 「ごめんねレーラ。ロバートを愛してるの」 誕生日に婚約破棄されたレーラは絶望し、生きる事を諦めてしまう。 けれど死にきれず、再び目覚めた時、新しい人生が幕を開けた。 レーラに許しを請い、縋る裏切り者たち。 心を鎖し生きて行かざるを得ないレーラの前に、一人の求婚者が現れる。 強く気高く冷酷に。 裏切り者たちが落ちぶれていく様を眺めながら、レーラは愛と幸せを手に入れていく。 ☆完結しました。ありがとうございました!☆ (ホットランキング8位ありがとうございます!(9/10、19:30現在)) (ホットランキング1位~9位~2位ありがとうございます!(9/6~9)) (ホットランキング1位!?ありがとうございます!!(9/5、13:20現在)) (ホットランキング9位ありがとうございます!(9/4、18:30現在))

処理中です...