琴姫の奏では紫雲を呼ぶ

山下真響

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83改めて自己紹介

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 こうやって組織の主だった人物が一堂に集まる機会は、そう作れたものではない。ここぞとばかりに、議論は続いていく。

「コトリ様は王女だし、クレナでは素直に崇拝する人が増えていくだろうさ。でも、ソラからすれば他国の王女なんて、どうでもよくないかい? そんな人が突然お告げをしたところで、誰が信じるのかね」

 少し不満げに話すのはチヒロだ。これに答えるのは、カケル達と旅をしていたクジャクである。

「確かにそうですね。ただ、先だって各地の社であった発現では、シェンシャンの音までが流れ出て、社周辺には恵みがもたらされたことが分かっています。ご利益があるならば、民も心が動くのではないでしょうか」

 クジャク自身、ソラ出身なので、コトリには特段の思い入れは無い。だが、カケルの想い人ということ以上に、ソラへ恵みをもたらす人物として尊敬の念は抱いているのだ。

「そんなに不安ならば、他にも手はあるぞ」

 ゴスは、ようやく目の前にある御馳走に口をつけ始めた。

「ゴス、どんな考えなんだ?」

 カケルに問われると、一度箸を置いてユカリを見る。

「暁は、基本的に神具師の師弟繫がりで人が集まってできてるだろ? 特に王家御用達職人でもあるテッコン師匠の派閥は、影響力がデカい。他の派閥へも、こういう情報は流せるだろうし、帝国に狙われていると知れれば、各地の神具師が備えを始められるだろう」
「そうだな。後は、瓦版を刷るのも良いかもしれない。紫っていう組織ができて、クレナの民とも協力体制になってるってことを知らしめるんだ。近年はソラに奉奏が行き届かず苦労している村も多いから、励みになるんじゃないかな?」

 カケルの提案に、ヨロズ屋の者と元暁の者は、賛同の意をあげる。しかし、ハトは低い声で唸っていた。

「良いかもしれない。ヨロズ屋の協力もあれば、商売ついでに各地へばら撒くこともできるだろう。だが、その瓦版、ソラの民は読めるのか?」
「ソラでは読み書き計算、他にも生活する上で必要な知識、行儀作法なんて、小さい頃から当たり前に仕込まれるぞ。余程貧しい村でも、近所の職人なんかが周辺のガキ共をまとめて面倒見るのが普通だ」

 ゴスは、何を当たり前のことをとばかりに苦笑しながら、ハトの器に酒を注ぐ。あまりにも久方ぶりの酒。ハトは、暫時その水面を見つめながら思った。

 何なのだ、この差は。

 クレナでは、読み書きなど貴族の子供しか習わぬもの。なのに、ソラでは庶民でも計算まで仕込まれているというのだ。

 学があるというのは、何よりも財産になる。これはハトがミズキ達と組織を起こして実感したことだ。ハトは元貴族故に、ただの村人よりも多少の教養がある。この少しの違いを活かすことで、これまで組織の人間を飢えさせず、志を持たせて、向かうべき方向へ導くことができたと言える。

 学がなければ、何をするにも当てずっぽうになってしまう。何も知らない人間は、何も知らないことすら知らずに、無意味な足掻きを繰り返してすぐに死ぬのだ。

 だいたい子供は、大抵農業の戦力として扱われるため、学んでいるような暇はない。それぐらいに、クレナは昔から余裕がない国だった。

「いいなぁ、ソラは。そういう国に生まれたかった」

 ハトの心からの呟きだった。隣で鳥の肉をかきこんでいたミズキが顔をあげる。

「じゃ、そういう国を作ればいいじゃないか」

 今度は、カケルがミズキの器に酒を注いだ。ミズキは、それを一気に呷ると、手の甲で乱暴に口元を拭い、おもむろにサヨの方を見る。

「そして皆の生活が落ち着いて、お嬢さんも俺のこと真剣に考えてくれるようになれば万々歳だな」

 サヨは、さっと赤面すると、持っていた扇で顔を隠してしまった。

「こんな大切な話し合いをしている時に、何を言ってるんですか?! そんなくだらない話をするのでした、もう私は帰ります」

 サヨはミズキが伸ばした手を振り払うと、下女に何かを耳打ちし、さっさと部屋を出ていってしまった。
 静かになる室内。そこへ、カケルが空気を変えるように明るい声を出す。

「ミズキ様の気持ちは分かりますよ。私は応援しております」
「店主さんはコトリ様狙いなんだろう? さすがに無謀やしないかい」

 暗に、自分は応援しかねると言うミズキである。するとカケルは、ミズキとハト以外の面々に目で何かを合図した。意図に気づいたらしいゴスが慌てて口を開けるも間に合わない。

「そうでもないですよ。身分的には釣り合ってますしね」
「どういうことだ?」
「改めて自己紹介させてください。私はソラ国王家、一の王子でカケルと申します。コトリとはもう、十年来の仲なのですよ」

 ゴスが手を頭に当て、クジャクが残念そうな顔をし、ユカリがやれやれと肩をすくめている。カケルだけは、秘していたことを打ち明けられた開放感に浸っているのであった。

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