琴姫の奏では紫雲を呼ぶ

山下真響

文字の大きさ
上 下
63 / 214

62石の正体

しおりを挟む
 大穴の中に広がる暗闇に、白い光が差し込んだ。老人が、大穴の入口に置いてあった光の神具を使ったらしい。覗くと、下へと続く階段がある。

「こっちだ」

 カケルは、老人に手招きされて、その背を追いかけることにした。

 粗削りの岩が坂を作っている。足元が悪く、狭い道。人ひとりが通るので精一杯だ。なのに、不思議とかび臭さもなければ土臭さも無い。むしろ、清涼な空気に包まれていた。そして、漂う神気がますます濃密になっていくのである。

「ここだ」

 老人がカケルの方を振り返る。道は、突然開けた場所に出た。カケルは息を呑んで辺りを見回す。もう、言葉にならなかった。

 壁床、高い天井、全てが水晶でできているかのようだ。青みがかった白の光る石で覆い尽くされている。老人が神具を懐に仕舞ってもなお、十分に明るい。石が、自ら光を発しているのだ。

 そして、その中央。圧巻だった。
 赤の巨大な輝石が聳えている。縦長のそれは、神の立ち姿と例えたくなるような荘厳さに溢れていた。この辺りの神気が、全てこれを源にしているのは間違いない。
 どこか既視感を感じる。しかし、その時のカケルにはそれが何なのかは分からなかった。

 再び、老人が口を開く。

「この村の社の御神体こそ、この石。ミズキの簪は、これを削ってこしらえた」
「御神体を削る?!」

 カケルも過去には散々禁じ手とも言える無茶ばかりしてきたが、ここまでではない。非難めいた目をするカケル達に、チヒロが少しムッとしたらしく、一歩前へ出てきた。

「あたし達のご先祖からの言い伝えでね、どうしてもという時だけ、この石を使っていいことになってるんだよ」
「此度は、村の……いや、クレナの一大事だ。必ずやミズキを楽師団に送り込まねばならんとなると、女に化けさせる必要がある。でもそんな神具は普通には手に入らんとなると、作るしかなかったのだ」

 老人が補足する。しかし、それは俄には信じがたいもので。

「ここにも、神具を作る方が?」

 身につける者の性別を変える神具など、聞いたこともない。これでもそれなりの腕があると自負しているカケルでさえ、作れる気がしない代物だ。
 その様子を見て、チヒロは豪快に笑った。

「あんた達の商売敵はこの村にいないよ。そこの赤い石がちょっとおかしいだけさ」
「おかしいのではなく、そういうご利益がある。ここで、どんな道具にしてほしいか願えば、それが叶えられるという意味さね」

 さらに酷い内容ではないか。人であれば、教えを乞うこともできようが、神がかった石が相手では、その技をものにすることはできない。神具師として、悲しすぎる現実である。
 それにしても、何でも叶えられるとは物騒な響きだ。これでは、大陸を制圧して我が物とするための道具だって作ることができてしまいそうだ。関わってはならぬものに関わってしまったのかと危惧したカケルは、こわごわとそれを老人に尋ねた。

「それができているならば、儂らはとっくに、村人が働かなくても生きていけるような道具を望んでいるさ。けれど、石に認められた願いでないと駄目なんだ。どうやら石には意志があるらしい。いや、違うな。これは石ではない。おそらく神そのものなのだと儂は考えている」

 その時、老人に同意するかのように石が一瞬その光を強めた。全員がその神秘体験に鳥肌が立ち、しばらく誰も声を発することができなかった。

 カケルは逡巡する。
 この石。意思を持つ、神そのもののような石。何かと似ている。

 そうだ。これは――――。

 気づいた時には、冷や汗が止まらなくなっていた。

「ソウ、大丈夫か?」

 ゴスが心配そうにカケルの肩へ手を置いた。カケルはかたかたと震えている。

「この石の正体が分かってしまいました」

 老人とチヒロも、続くカケルの言葉を待つ。カケルは、振り絞るようにして声を発した。

「おそらく、これは……クレナ国の礎の石です」

 ソラ国にある礎の石は、青い色をしている。厳重に管理された王宮の奥深くの隠し部屋からしか入ることのできない、濃い神気で充満している小部屋。幼い頃は、神気が見えるようになるまで入り浸っていたが、それ以降は出入りをしていなかったので、すっかり忘れていた。

 けれど、何か話しかけると呼応するように光を変えること。この底なしの神々しさ。さらには、これまでずっと隠すようにして祀られてきたことを考えると、それしか考えられない。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

あの子を好きな旦那様

はるきりょう
恋愛
「クレアが好きなんだ」  目の前の男がそう言うのをただ、黙って聞いていた。目の奥に、熱い何かがあるようで、真剣な想いであることはすぐにわかった。きっと、嬉しかったはずだ。その名前が、自分の名前だったら。そう思いながらローラ・グレイは小さく頷く。 ※小説家になろうサイト様に掲載してあります。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

片想いの相手と二人、深夜、狭い部屋。何も起きないはずはなく

おりの まるる
恋愛
ユディットは片想いしている室長が、再婚すると言う噂を聞いて、情緒不安定な日々を過ごしていた。 そんなある日、怖い噂話が尽きない古い教会を改装して使っている書庫で、仕事を終えるとすっかり夜になっていた。 夕方からの大雨で研究棟へ帰れなくなり、途方に暮れていた。 そんな彼女を室長が迎えに来てくれたのだが、トラブルに見舞われ、二人っきりで夜を過ごすことになる。 全4話です。

僕は君を思うと吐き気がする

月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

(完結)「君を愛することはない」と言われて……

青空一夏
恋愛
ずっと憧れていた方に嫁げることになった私は、夫となった男性から「君を愛することはない」と言われてしまった。それでも、彼に尽くして温かい家庭をつくるように心がければ、きっと愛してくださるはずだろうと思っていたのよ。ところが、彼には好きな方がいて忘れることができないようだったわ。私は彼を諦めて実家に帰ったほうが良いのかしら? この物語は憧れていた男性の妻になったけれど冷たくされたお嬢様を守る戦闘侍女たちの活躍と、お嬢様の恋を描いた作品です。 主人公はお嬢様と3人の侍女かも。ヒーローの存在感増すようにがんばります! という感じで、それぞれの視点もあります。 以前書いたもののリメイク版です。多分、かなりストーリーが変わっていくと思うので、新しい作品としてお読みください。 ※カクヨム。なろうにも時差投稿します。 ※作者独自の世界です。

処理中です...