琴姫の奏では紫雲を呼ぶ

山下真響

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26図星と忠告

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 彼らが組織を結成したのは五年前だ。ちょうど、王が地方へ楽師団をあまり派遣しなくなった頃と重なる。楽師団による演奏の寿ぎを受けなかった地域は軒並み凶作、不作に見舞われた。庶民は仕方なく地方に点々と存在する社で祈祷するのだが、なかなか神は恵みをもたらしてはくれない。

 そこでミズキ達は、自らで楽師団を結成することにした。国がアテにならないのならば、自力で豊かさを取り戻すしかない。

 しかし、土地に恵みを与えられる程のシェンシャン奏者はなかなか見つからない。そもそも、シェンシャンすら数が揃えられない。ミズキ達は田舎の小さな村の権力者にすぎないためだ。

 ミズキ達は、まずシェンシャンを集めることから始めた。多少腕が悪くとも、良いシェンシャンがあれば事態を打開できるかもしれないと考えたのだ。

 結果は、惨敗。問題はシェンシャンではなく、やはり演奏の技術だという結論にいたったのが二年前だ。

 そこで、まずは長であるミズキが自ら楽師団に入って、その技術を盗んでくることになった。そのためには、入団試験に合格せねばならない。ミズキは必死に練習し、一年目は不合格だったものの、二年目で合格をきめる。それがつい先だってのことだった。

「私が調べられているのはここまでよ。あなたは、いつまで楽師団にいるつもりなの?」
「だいたい合ってる。びっくりするぐらい、こっちの情報が筒抜けになってるんだな」

 ミズキは少し不貞腐れている。この組織は素人の寄せ集めのため詰めが甘いところも多く、菖蒲殿でも比較的簡単に様々な情報を入手できた。と言うと、ミズキはもっと不機嫌になるかもしれない。

「期限は、まだ分からないな。楽師としての技を身に着け終えるまで、になるから。それよりも先に地元が壊滅的なことになると、さすがに帰るかもしれない。もしくは」
「まさか、国をとるなんて言わないでしょうね?」
「なんだ、分かってんじゃん。いくら小手先で演奏を奉納しようとも、結局は政が悪いんだ。それを改善しない限り、食えない奴が増え続けて、いずれ民はいなくなる。つまり、国は無くなるだろう。ま、国なんて体裁は正直どうでもいい。でもな、人は生まれた限りは生きていきたいし、生きる権利がある。生きるための生活。それを守るために努力するってのは、そんなにおかしいことかね?」

 サヨは、こんなに長く自分の心の内を話すミズキを見るのは初めてだった。しかも、それはサヨ自身も納得してしまいそうになる内容で、何か言い返そうにも言葉が見つからない。
 おそらく、ミズキの方がこのような交渉の場に慣れているのだ。

「そんなわけで、お嬢さんはこちらのために何をしてくれるのかな?」
「神具を用意しましょう。そして……」

 これは、サヨにとって賭けだった。

「いずれ、その時が来た暁には、この国の王子と引き合わせましょう。事を成すには、あなたはあまりに非力です」
「その王子様は、こちらに協力してくれるのかな?」
「少なくとも、王のやり方に疑問を持ってらっしゃるのは確かです」
「いいの? 反逆者みたいなのと引き合わせたら、嫌われて婚約が無くなっちゃうかもしれないよ?」

 情報を握っていたのは、サヨだけではなかったのだ。ミズキはニヤリとして、数歩サヨに近づいた。

「うちも、いろいろ調べてたんだ。希望を言うと、王子とかいう中途半端なのは要らない。王に飼われてる限り、できることなんて少ないだろう。組織として興味があるのは」

 サヨは、ミズキの強い視線に射竦められる。

「コトリ様だよ。今は、カナデ様かな?」
「あなた、それをいつから……」
「お嬢さんがいけないんだよ。甲斐甲斐しく世話を焼き過ぎる。元筆頭侍女なんだろ? ちょっと想像すれば分かることだ。しかも、あの初代王によく似た特徴的な見た目を変えもしないなんて、本当に隠す気あるの?」

 どれも図星のことばかり。サヨは気が動転して、動悸までしてきた。
 ミズキは余裕の表情で話を続ける。

「コトリ様が王を見捨てて王宮を出てきたのは良いことだ。うちも、何か目立つ旗印が欲しいところだったからね。コトリ様には、我らの新たな長になっていただこう」
「……なんですって? 一緒に逆賊になれというの?」

 コトリには元王女として潔白でいてほしいのに、どうしてこんなことになるのか。挽回したいが、今のサヨにそれだけの冷静さは無い。

「心配しなくとも、カナデ様には何もしてもらわなくていい。仲間集めのために名前を借りたいだけだ。後は、活動のために必要な神具を集める便宜を図ってくれたら、それで報酬は十分だよ」
「何てあつかましいのかしら」
「文句あるのか? 大丈夫だ。ちゃんと報酬分はしっかりと守ってやるよ」

 ミズキは、歯を見せてニッと笑う。
 一応、サヨの依頼は聞き届けられたらしい。その割に、後味はどこまでも悪かった。

 コトリには何と説明すれば良いのだろう。いや、下手にこの協力関係を明かさない方がいいかもしれない。今のところミズキ達は、王などから目をつけられていない弱小組織だ。でもいずれ目立つ存在となった時、コトリは何も知らない方が身を守ることになるだろう。何より、ヨロズ屋に続いて下手をうったことを、主であるコトリには気づかれたくなかった。

「では、そろそろカナデ様もお目覚めになる時間ですし、これにて失礼します」

 サヨはなるべく平静を装って踵を返す。すると、背後からミズキが追いかけてきた。

「なぁ、一つ忠告がある」
「まだ何かありますの?」

 サヨが睨めば睨むほど、ミズキは楽しげな顔をする。

「一つ、肝心なことを調べきれていなかったみたいだな」

 次の瞬間、サヨの視界は横転した。気づいたら床の上で、ミズキに組敷かれている。

「あなた、何を?!」

 ミズキはサヨの上に覆いかぶさったまま、自らの衣の懐から腕を出した。剥き出しになる肩と胸。サヨは、はっとして息を飲む。

「俺は男だ。これを知った限りは……分かってるな? まだ身を滅ぼしたくないならば、これからもいろいろと協力してもらおう」

 サヨの目の前には、男の体があった。マツリのお陰で、多少の免疫はある。彼は鍛錬の際、上衣を着ていることが少ないためだ。しかし、これは武人とは別の艶かしさがある。薄くついた、しなやかな筋肉と、滑らかな肌。汗ではない何か、知らない匂い。

「気になる女と二人きり。据え膳食わぬは……とも言うが、もう時間だな」

 ミズキはサヨを抱き起こすと、床に落ちていた簪を髪に戻した。たちまち、目がくりくりした、いかにも無害そうな少女が現れる。

「では、サヨ様。また後ほど」

 ミズキは小さく手を振って、ふらふらと部屋を出ていくサヨを見送った。

 サヨはただただ体が熱く、頭が痛かった。
 もちろん、風邪などではない。

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