琴姫の奏では紫雲を呼ぶ

山下真響

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25ミズキの正体

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 翌日のサヨは、いつもより早い起床だった。手早く身支度すると、別室の扉を薄く開けて、その隙間から中にいるコトリの様子を伺う。穏やかな寝息と、微かに上下する華奢な体。すぐには目を覚まさないだろう。

 静かに目頭を押さえる。昨日の事件は、彼女にとって汚点とも言えるものだった。

 コトリ様をお守りするはずだったのに。

 結果的に、楽師団に籍を置き続けることはできた上、首席のアオイだけでなく、二位のハナとも交流が図れたことは良かっただろう。しかし、王宮育ちの純粋な心しか持たないコトリに、団員たちは寄ってたかって卑劣な言葉を浴びせかけた。コトリを汚されたと思った。しかも、サヨはあのようなが殊更気に入っていた大切なシェンシャンが壊されてしまったのだ。

 シェンシャンは、おそらくヨロズ屋の店主が修理してくれるだろう。しかし、あの壊れ具合を見ると、修理ではなく新たに購入にすることになるかもしれない。シェンシャンの心臓たる胴に入った大きな亀裂は、音色の命を奪うものだろうから。

 サヨは思う。今後もこのようなことはあるかもしれない。サヨ自身、貴族の子女として生を受け、幼い頃から多くの女に囲まれて育ってきた。コトリの話し相手として王宮を出入りするうちに、侍女の身分が与えられた中でも、たくさんの女達からのやっかみを受け、それを時に交わし、時に処断して今がある。楽師団も、同じような場所だ。自分のことだけならば、これからも何とかする自信はある。しかし、コトリのこととなると、全て庇いきれないことを理解してしまった。

 一人では、守りきれない。

 きっぱりと自分の非力さを認めたサヨは、次なる策を考える。もちろん、コトリを守るのを諦めて居直ったわけではない。味方を増やすのだ。それも、楽師団の中で。

 サヨから見て、最も好感が持てたのは、意外にも首席のアオイだった。出自が影響しているのだろう、粗野な物言いはサヨからすると目をしかめたくなるものだが、性格は気っ風の良い姉御である。シェンシャンのことも、ナギだけでなくコトリにまで叱ってみせた。けれど、それは感情任せではなく、きちんと中身のある言葉だった。

 公平に見ることのできる年長者の格というものだろうか。この人物は信頼できそうだ。

 だが、いずれはコトリと敵対する相手である。コトリの正体を明かして手を組むには危険すぎる。また、交渉するにしても相手の望むものを用意できる気がしなかった。おそらくアオイは、貴族のサヨとは完全に異なる正義と信条をもって生きているのだから。

 では、ハナはどうか。彼女は、新人にまで気を配ることのできる人物だ。彼女を慕う楽師も多いようで、一つの派閥を作り上げているようにも見える。これは、懐に入れば可愛がられる一方、楽師団内での身動きは制限されることにも繋がる。

 また、サヨの経験則からいって、この手の人物は他人の秘密を交渉時の取引材料に使いがちである。悪い人ではないが、信頼しすぎると痛い目を見そうなのだ。

 となると、別の人物に助けを求めることとなってしまう。正直サヨの中には思いあたる人間はいなかった。 

 いや、一人だけいる。
 すぐ近くに。

 サヨは、あることについて菖蒲殿の者を使って調べていた。内容は想像以上のものであったため、彼女を使うのは吉と出るか、 凶と出るかは微妙なところだ。

 その一方で、コトリを常に近くで護衛しても怪しまれない立ち位置。そして相手が望んでいるものがはっきりしているのは、サヨにとってもやりやすい。

 サヨの腹は決まった。
 すぐに隣にある一人部屋への向かう。
 ミズキの部屋だ。


 ◇


 ミズキも、既に起き出していた。ちょうど、寝台で使っている敷物を外へ干しに行こうとしていたようだ。楽師団で揃いの衣を身につけていて、いつでも出かけられる状態である。

「珍しいね。どうしたの?」

 サヨは、やや目を細めてミズキの姿を見定める。どう見ても、小動物系の可愛らしさをふりまく垢抜けない田舎の少女だ。この見た目に、サヨもすっかり騙されていた。

「朝餉の給仕まであまり時間が無いから、単刀直入に言うわ」

 サヨのただならぬ様子に気づいたのか、ミズキは持っていた敷物を床に下ろす。

「私と、いえ、私達と手を組まない?」
「え、何?」
「少し調べさせてもらったの。あなた達にも利益はあるはずよ」

 そうサヨが言い終わるやいなや、ミズキの纏う雰囲気はさっと暗いものになった。眼光は鋭く、口元は不自然なぐらいに弧を描いている。

「そっか。もうバレちゃったんだ? 確かに菖蒲殿のお嬢さんなら、それぐらいできるよね」

 ミズキは、唯一の装飾品である小さな赤い簪を外した。はらりと滑り落ちる一房の髪。それに気を取られていたサヨの視界が、一瞬ぐにゃりと歪む。そして現れたのは、先程までよりも背の高い人物だった。堂々とした風体は、もはや別人である。

「ミズキ様?」
「正真正銘、これがミズキだよ」

 顔つきまでが変わっていた。鋭利な美しさをたたえた女である。声も少し低い。

「さて、ご用件は?」

 いつの間にか主導権が握られている。サヨは深呼吸をするとミズキを見上げた。

「カナデ様を守っていただけませんか?」
「なるほどね」

 ミズキは面白そうに笑みを浮かべながら、顎を指でいじる。

「で、その報酬は? 期限も聞かないとな」

 サヨは、記憶を辿る。
 まず、ミズキは国家転覆を図る組織の長だ。そう言うと、どんな悪党かと思われそうだが、実際は庶民の味方として知られている。

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