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22適性
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コトリの後は、サヨ、ミズキの順に演奏し、恙無くとは言えないが、新人の演奏会は終わった。三人は、別室で楽師団の首席から総評を受けることになるため、女官に誘われて広間を出て移動する。
「全員揃ったようね」
そこは、集まった人数のわりに手狭な部屋だった。壁も薄黒い。何より、窓は高いところに一つしかなく、扉を締めてしまえばかなりの閉塞感がある。
コトリ達の目の前にいるのは楽師団の序列で上から十番目までの女達だ。その中央にいるのが首席である。丁寧に手入れされた長い黒髪をもつ、正統派美人だ。
「はい、アオイ様」
おっとりしとした物腰の女が、首席に返事した。ハナという名で、序列は二番目にあたる。薄桃の優しげな髪色が目を引いた。
ここまでの道すがら女官から聞かされた話によると、コトリ達が今後も楽師団に籍を置くことができるかどうかは、これから始まる総評にかかっているらしい。三人は視線を少し下げて、話が始まるのを待った。
「さて、今年も社から人が派遣されませんでしたから、私が評価いたします」
コトリが後から聞いた話では、かつてはこの場に社付きの奏者が同席していたそうだ。けれどここ五年程、王宮から何らかの圧力がかかり、社は楽師団に介入しづらくなっているため不在とのこと。そこで、毎年首席がこうして場を仕切ることになっているのだ。
「さて」
アオイは、そう言って小さく溜息をついたきり、なかなか次の言葉を発さなかった。彼女が纏う空気は明らかに好意的なものではない。コトリは、突き刺さる先輩団員達からの視線にじっと耐えていた。
コトリとしては、土壇場の足掻きにしては上手くやったつもりだった。弾き終えた時の達成感といい、その際に御簾越しに伝わってきた皆の反応といい、悪くはなかったはず。だが、アオイからは怒りや失望に近いものが垣間見える。
アオイは、再び溜息をついた。さらに、場が凍りつく。コトリも、アオイに食事の世話をしたことはあるが、ほとんど会話をしていなかったため、未だ人となりが掴めていない。何がどのように語られることになるのか、検討もつかなかった。
アオイは、すっと目を細めると、頭を低くして沙汰を待つ三人を見下ろした。
「それにしても、酷い演奏でした。あんなに張り詰めた雰囲気の『鳴紡の若葉』があってなるものですか。あれが人に音楽を聴かせる態度だなんて、ありえません」
三人とも、演奏自体のことしか考えていなかった。まさか態度を叱責されるとは思いもよらず、さらに体を縮こまらせてしまう。
「しかも、神気が乱れきっていた。正直言って、あなた方の演奏は楽師団として使い物になりませんね」
アオイの声は冷ややかで、有無を言わさぬ重圧がある。
「それが分かったならば、さっさとここを出でていきなさい」
これには、三人も驚いてしまった。まさかこんなに早く、退去を宣告されるとは。
並みの貴族の子女ならば、温かな家庭で育った田舎の娘ならば、ここで泣きながら部屋を出るところかもしれない。
しかし、今年の新人は、陰謀渦巻く王宮を長年生き抜いてきた元王女とその侍女、そして、我が道を行く雰囲気を持つあっけらかんとした少女の三人なのだ。
当然、ここで素直に引き下がるわけがない。
「恐れながら申し上げます」
コトリは、すっと顔を上げてアオイと目を合わせた。礼儀に適った行為とは言えない。けれど、適確にコトリの意思を伝えることはできた。
「まだ何かあるの?」
アオイは面倒臭そうに眉を上げる。途端に、その背後に控えていた女達が、この時を待ち構えていたかのように大声を上げ始めた。
「申し開き? だいたい、大切な場に弦が切れた楽器しか用意しないなんて、舐めてるの?」
「もしかして、神気が見えないのかしら? 才能が無い証拠だわ」
「正妃様に目をかけられているからって、調子に乗るからこんなことになったのよ」
「楽譜一つまともに読めないのに、よくも試験を受けたわね。恥じ知らず」
それは、叱責というよりも、主にコトリに向けた嫌がらせのような言葉の数々だった。
「自分がさも完璧かのような態度も気にいらないわね」
「本当にそう。あんな不遜な態度が許されるのは、せいぜい王女ぐらいのものよ」
「身の程を知るべきだわ!」
よくもこれだけの不満や人を卑下する言葉を並べられるものだ。初めは、コトリもそう思いながら傍観していた。だが、その時間も長くなってくると、じりじりと彼女の心も自信も削られていくことになる。
嫌な縁談から逃げたい。カケルに会いたい。その一心で準備を進め、挑んできた楽師団試験。もう、ここで諦めねばならないのだろうか。自分には、やはり無理なことだったのだろうか。コトリの心は激しく揺らいだ。
それが目の前の十人の狙いであることが分かっていてもなお、辛いものがある。だが、耐えねばコトリの明日は無い。負けられない。
見ると、ミズキはただ床を見つめているだけで、その表情からは何も読み取ることができなかった。
サヨは、何が言いたげな様子でコトリを見つめている。この場で標的になっているのは明らかにコトリだ。サヨには、我慢がならなかった。その限界が近づいていることにコトリは焦りを感じる。このままでは、サヨが何かいらぬことをして、二人とも不合格になってしまうかもしれない。
「辞めろ」
「出ていけ」
「お前たちなんて楽師団には要らない!」
囃すような声が絶え間なく三人に降り注ぐ。そして、コトリが悔しさに唇を噛み締め、サヨが抗議しようと立ち上がりそうになったその時。
「皆、静まりなさい」
アオイが手を何度か叩いた。背後の女達は、急に鳴りを潜める。
「言いたいことがあるならば、聞きましょう」
コトリは、もう一度アオイを見上げた。
「私達の演奏に関するお言葉も頂戴したく存じます」
生意気だという声が小さく上がったが、それをアオイは視線でいなす。口元には笑みを浮かべていた。
「確かに、それは真っ当な話ね」
アオイは、何かを思い出すように、視線を天井に向けた。
「まず二人は、音としては完璧に楽譜通り。そして、一人は楽譜とは全く異なるものの、それは確かに『鳴紡の若葉』であったし、もしかするとそれ以上の何かだったかもしれない」
これは、暗にコトリの演奏を認めたかのようなものだ。非難めいて息を飲む音が広がる。
「ただ、三人に共通して言えるのは、楽師団として必要になる力には欠けていたわ」
「神気、でしょうか」
許しも乞わず、コトリは発言する。その他はともかく、アオイはそれに気を害した様子は無かった。
「その通り。知っているかもしれないけれど、楽師団はシェンシャンを通じで神気を操り、我が国の土地に恵みをもたらす存在。神気を意識しない演奏では、意味が無いわ」
予想通りの答えだった。
「では、どうすれば神気が見えるようになるのでしょうか」
アオイは、くすくす笑う。コトリには意味が分からなかった。
「神気が見える? 見えるわけがないじゃない」
「え」
「そろそろ教えて差し上げましょうか。アレをお持ちなさい」
アオイは、女官に指示して小さな箱を運ばせた。
「これよ。神気は、この神具を通して見るの」
その円筒形の箱は、上部に透明の石がはめ込まれていて、下部には細かな蔦のような模様が描かれている。アオイは自らのシェンシャンを抱えて音を鳴らした。すると、円筒形の上部が青く輝く。石の色が変化しているのだ。さらに、もう一音鳴らす。次は、淡く緑になった。
「このようにして、色を確認しながら曲を弾く。すると、狙った効果をもたらすことができる」
三人は、その不思議な道具に目が釘付けになる。機能だけでなく、見た目にも美しく素晴らしいのだ。
「これは、どこで買えるのですか?」
尋ねたのはミズキだった。
「どこにも売っていないわ。これはこの世に三つしかない神具。いずれも楽師団が昔から受け継いでいて、初代王クレナ様の遺産なの。ソラ王の作と言われているわね」
道理で見たことがないはずだ、とサヨは得心した。
「さて、そろそろ本当の話をしましょうか」
アオイは先程までとは打って変わって、刺々しさを失っている。三人は、ようやくまともな会話ができそうなことに安堵した。
「神気は見えなくとも、こうして色や強さを確認することはできる。でも未だ、シェンシャンをどのように弾けばどの色をどの強さで出せるのか、明確な法則は見つかっていない。結局のところ、神気の操り方はシェンシャン奏者の天性の勘に委ねられているの。だからこそ楽師団では、そういった素養があるかどうか、確認することが重要なのです」
コトリは、入団試験とは別にあの場が設けられる意義に納得できた気がした。
「それで、私達はどうだったのでしょうか?」
おそらくサヨは、三人の中で一番短気である。
「適性はあるようね。特にコトリ。あなたは道具が無くとも、神気の使い分けがある程度できている演奏だった」
「では、私達……」
コトリの声が揺れる。次の一声が、聞きたい。
「えぇ。これからも技と感性を磨き、心を鍛えなさい」
今度は、アオイから三人に目を合わせる。
「ようこそ。王立楽師団へ」
「全員揃ったようね」
そこは、集まった人数のわりに手狭な部屋だった。壁も薄黒い。何より、窓は高いところに一つしかなく、扉を締めてしまえばかなりの閉塞感がある。
コトリ達の目の前にいるのは楽師団の序列で上から十番目までの女達だ。その中央にいるのが首席である。丁寧に手入れされた長い黒髪をもつ、正統派美人だ。
「はい、アオイ様」
おっとりしとした物腰の女が、首席に返事した。ハナという名で、序列は二番目にあたる。薄桃の優しげな髪色が目を引いた。
ここまでの道すがら女官から聞かされた話によると、コトリ達が今後も楽師団に籍を置くことができるかどうかは、これから始まる総評にかかっているらしい。三人は視線を少し下げて、話が始まるのを待った。
「さて、今年も社から人が派遣されませんでしたから、私が評価いたします」
コトリが後から聞いた話では、かつてはこの場に社付きの奏者が同席していたそうだ。けれどここ五年程、王宮から何らかの圧力がかかり、社は楽師団に介入しづらくなっているため不在とのこと。そこで、毎年首席がこうして場を仕切ることになっているのだ。
「さて」
アオイは、そう言って小さく溜息をついたきり、なかなか次の言葉を発さなかった。彼女が纏う空気は明らかに好意的なものではない。コトリは、突き刺さる先輩団員達からの視線にじっと耐えていた。
コトリとしては、土壇場の足掻きにしては上手くやったつもりだった。弾き終えた時の達成感といい、その際に御簾越しに伝わってきた皆の反応といい、悪くはなかったはず。だが、アオイからは怒りや失望に近いものが垣間見える。
アオイは、再び溜息をついた。さらに、場が凍りつく。コトリも、アオイに食事の世話をしたことはあるが、ほとんど会話をしていなかったため、未だ人となりが掴めていない。何がどのように語られることになるのか、検討もつかなかった。
アオイは、すっと目を細めると、頭を低くして沙汰を待つ三人を見下ろした。
「それにしても、酷い演奏でした。あんなに張り詰めた雰囲気の『鳴紡の若葉』があってなるものですか。あれが人に音楽を聴かせる態度だなんて、ありえません」
三人とも、演奏自体のことしか考えていなかった。まさか態度を叱責されるとは思いもよらず、さらに体を縮こまらせてしまう。
「しかも、神気が乱れきっていた。正直言って、あなた方の演奏は楽師団として使い物になりませんね」
アオイの声は冷ややかで、有無を言わさぬ重圧がある。
「それが分かったならば、さっさとここを出でていきなさい」
これには、三人も驚いてしまった。まさかこんなに早く、退去を宣告されるとは。
並みの貴族の子女ならば、温かな家庭で育った田舎の娘ならば、ここで泣きながら部屋を出るところかもしれない。
しかし、今年の新人は、陰謀渦巻く王宮を長年生き抜いてきた元王女とその侍女、そして、我が道を行く雰囲気を持つあっけらかんとした少女の三人なのだ。
当然、ここで素直に引き下がるわけがない。
「恐れながら申し上げます」
コトリは、すっと顔を上げてアオイと目を合わせた。礼儀に適った行為とは言えない。けれど、適確にコトリの意思を伝えることはできた。
「まだ何かあるの?」
アオイは面倒臭そうに眉を上げる。途端に、その背後に控えていた女達が、この時を待ち構えていたかのように大声を上げ始めた。
「申し開き? だいたい、大切な場に弦が切れた楽器しか用意しないなんて、舐めてるの?」
「もしかして、神気が見えないのかしら? 才能が無い証拠だわ」
「正妃様に目をかけられているからって、調子に乗るからこんなことになったのよ」
「楽譜一つまともに読めないのに、よくも試験を受けたわね。恥じ知らず」
それは、叱責というよりも、主にコトリに向けた嫌がらせのような言葉の数々だった。
「自分がさも完璧かのような態度も気にいらないわね」
「本当にそう。あんな不遜な態度が許されるのは、せいぜい王女ぐらいのものよ」
「身の程を知るべきだわ!」
よくもこれだけの不満や人を卑下する言葉を並べられるものだ。初めは、コトリもそう思いながら傍観していた。だが、その時間も長くなってくると、じりじりと彼女の心も自信も削られていくことになる。
嫌な縁談から逃げたい。カケルに会いたい。その一心で準備を進め、挑んできた楽師団試験。もう、ここで諦めねばならないのだろうか。自分には、やはり無理なことだったのだろうか。コトリの心は激しく揺らいだ。
それが目の前の十人の狙いであることが分かっていてもなお、辛いものがある。だが、耐えねばコトリの明日は無い。負けられない。
見ると、ミズキはただ床を見つめているだけで、その表情からは何も読み取ることができなかった。
サヨは、何が言いたげな様子でコトリを見つめている。この場で標的になっているのは明らかにコトリだ。サヨには、我慢がならなかった。その限界が近づいていることにコトリは焦りを感じる。このままでは、サヨが何かいらぬことをして、二人とも不合格になってしまうかもしれない。
「辞めろ」
「出ていけ」
「お前たちなんて楽師団には要らない!」
囃すような声が絶え間なく三人に降り注ぐ。そして、コトリが悔しさに唇を噛み締め、サヨが抗議しようと立ち上がりそうになったその時。
「皆、静まりなさい」
アオイが手を何度か叩いた。背後の女達は、急に鳴りを潜める。
「言いたいことがあるならば、聞きましょう」
コトリは、もう一度アオイを見上げた。
「私達の演奏に関するお言葉も頂戴したく存じます」
生意気だという声が小さく上がったが、それをアオイは視線でいなす。口元には笑みを浮かべていた。
「確かに、それは真っ当な話ね」
アオイは、何かを思い出すように、視線を天井に向けた。
「まず二人は、音としては完璧に楽譜通り。そして、一人は楽譜とは全く異なるものの、それは確かに『鳴紡の若葉』であったし、もしかするとそれ以上の何かだったかもしれない」
これは、暗にコトリの演奏を認めたかのようなものだ。非難めいて息を飲む音が広がる。
「ただ、三人に共通して言えるのは、楽師団として必要になる力には欠けていたわ」
「神気、でしょうか」
許しも乞わず、コトリは発言する。その他はともかく、アオイはそれに気を害した様子は無かった。
「その通り。知っているかもしれないけれど、楽師団はシェンシャンを通じで神気を操り、我が国の土地に恵みをもたらす存在。神気を意識しない演奏では、意味が無いわ」
予想通りの答えだった。
「では、どうすれば神気が見えるようになるのでしょうか」
アオイは、くすくす笑う。コトリには意味が分からなかった。
「神気が見える? 見えるわけがないじゃない」
「え」
「そろそろ教えて差し上げましょうか。アレをお持ちなさい」
アオイは、女官に指示して小さな箱を運ばせた。
「これよ。神気は、この神具を通して見るの」
その円筒形の箱は、上部に透明の石がはめ込まれていて、下部には細かな蔦のような模様が描かれている。アオイは自らのシェンシャンを抱えて音を鳴らした。すると、円筒形の上部が青く輝く。石の色が変化しているのだ。さらに、もう一音鳴らす。次は、淡く緑になった。
「このようにして、色を確認しながら曲を弾く。すると、狙った効果をもたらすことができる」
三人は、その不思議な道具に目が釘付けになる。機能だけでなく、見た目にも美しく素晴らしいのだ。
「これは、どこで買えるのですか?」
尋ねたのはミズキだった。
「どこにも売っていないわ。これはこの世に三つしかない神具。いずれも楽師団が昔から受け継いでいて、初代王クレナ様の遺産なの。ソラ王の作と言われているわね」
道理で見たことがないはずだ、とサヨは得心した。
「さて、そろそろ本当の話をしましょうか」
アオイは先程までとは打って変わって、刺々しさを失っている。三人は、ようやくまともな会話ができそうなことに安堵した。
「神気は見えなくとも、こうして色や強さを確認することはできる。でも未だ、シェンシャンをどのように弾けばどの色をどの強さで出せるのか、明確な法則は見つかっていない。結局のところ、神気の操り方はシェンシャン奏者の天性の勘に委ねられているの。だからこそ楽師団では、そういった素養があるかどうか、確認することが重要なのです」
コトリは、入団試験とは別にあの場が設けられる意義に納得できた気がした。
「それで、私達はどうだったのでしょうか?」
おそらくサヨは、三人の中で一番短気である。
「適性はあるようね。特にコトリ。あなたは道具が無くとも、神気の使い分けがある程度できている演奏だった」
「では、私達……」
コトリの声が揺れる。次の一声が、聞きたい。
「えぇ。これからも技と感性を磨き、心を鍛えなさい」
今度は、アオイから三人に目を合わせる。
「ようこそ。王立楽師団へ」
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