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16コトリのためならば
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コトリは、男の勢いに負けて硬直してしまった。男の視線は、コトリからシェンシャンに移った。
「そうか、これの仕業だな。ちょっと見せてみろ」
コトリは、黙ってシェンシャンを男に差し出した。
「これ、ソウか?」
作者を確認したかったのだろう。側にいたソウが頷いた。男は一瞬何か言いたげな顔をしたが、すぐにコトリの方へ向き直る。
「……よし。嬢ちゃん、ちょっとこっち来な! 他のシェンシャンも見せてやる」
「いいんですか?!」
シェンシャンに目がないコトリは、すぐに男の後へついていってしまった。部屋の出入り口近くにいたサヨは、密かに彼女達を護衛していた菖蒲殿の護衛達に目配せをする。彼らは客を装って控えていたのだ。すぐに、コトリ達を追って姿を消した。
「行かなくて良いのですか?」
カケルが尋ねると、サヨはジト目で悪態をつく。
「姫様に色目を使うのはおやめください」
「何のことでしょう?」
もうサヨには、中途半端にコトリの正体を隠しておくつもりはなかった。いろいろと考えた末、事実を明らかにした上での利益を優先することにしたのだ。例えば、自分が近くにいられない際にコトリを護衛するなどといったことである。
サヨが近くにいれば、自然と菖蒲殿の護衛が侍ることになるものの、別行動になるとそうはいかない。サヨは三女なので、コトリを常に守れる程の人数の護衛を、実家から割り当ててもらうことはできないのだ。
しかし、相手は商人。しかも今は、こちらの弱みを掴まれている状態だ。このままで有利な交渉はできそうにもない。
かと言って、先程のコトリへの態度を責め立てても、これは王女だと分からないようにするための手立てだと言われれば、それまでなのである。
となれば、別の角度から切り込むしかない。
「しかも、ソラ国に繋がる者だということは分かってるのよ?」
サヨは半分以上ハッタリのつもりだった。そのため、予想以上にカケルが動揺したのを見て、サヨの方が困惑してしまう。
カケルはゆっくりと説明を始めた。
「神具は、元々ソラ国由来のものです。大抵の職人は幼い頃に一度ソラ国へ出向いて修行し、クレナ国に戻って店を持つのが普通なのです。そうおっしゃられてしまっては、もうクレナ国での神具技術の向上は望めなくなるでしょう。うちも、まだ若い見習いが多くいますので、ソラ国に関わるなというのは……」
こう言われてしまっては、サヨも何も言えなくなる。それでなくてもクレナ国では、神具の多くをソラ国からの輸入で賄っている。ヨロズヤのように、純クレナ国産の神具を扱う店は貴重なのだ。今後ソラ国と事を構える場合は、ヨロズヤなどは大変ありがたい存在となるだろう。
そこまで考えて、サヨは自分の至らなさに溜息をついた。
「サヨ様は、まだ疑っておいでなのですね?」
「私にとって、唯一無二の主なのです」
「では、その大切なお方がなぜ身分を隠して市井に下りていらっしゃるのですか? あのお方は、クレナ国の至宝です。商人、そして職人の身ではありますが、ご協力できることもあるかと思いますが」
サヨは、見るからに自分よりも年下の少年から手を差し伸べられて、恥ずかしくなってしまった。
だが、欲しかった言葉が得られたのは確かだ。
サヨは、コトリが王宮を出るに至った経緯について説明した。それは、帝国との縁談から、クレナ国王宮内のソラ国に対する動きの話にまで至る。もちろん、カケル王子への片想いの話は意図的に省かれた。主人の乙女心を容易に他人へ打ち明けるのは、良しとしていない。
「そんなことが……由々しき事態ですね。しかも帝国だなんて」
話を聞いたカケルは、怒りを煮えたぎらせていた。サヨは、カケルも帝国とは因縁があるのかもしれないと思った。
「はい。ですから姫様は、今後も王や王の配下から様々な妨害を受ける可能性があります。姫様本人はご自覚ありませんが、状況が変われば帝国からも目をつけられて御身を拘束される恐れもあるでしょうし」
「それにしても、楽師になる以外にも方法はあったのでは? 王宮から出ると、どうしても危険は増えてしまいます」
これはサヨも考えていたことだ。庶民にあからさまな護衛を常につけておくのは不自然な上、王宮から離れると王の動向も掴みにくくなる分、打つ手も限られてくる。けれど、これはコトリにとって譲れないことだった。
「姫様のお母上は、元庶民のお方なのです。それ故姫様は、昔から王宮を出ることを夢見ておられました。もう親子二代に渡って、王に振り回されたくないとおっしゃっています」
これは、カケルも知っている話だ。コトリの母親が事故で亡くなったこともだ。この手の話は、案外庶民にまで広く知れ渡っていることなのである。
「ですから、もう王族は懲り懲りだそうです。できれば姫様には、王族以外の方とご縁を持っていただきたいところですね」
カケルは、すぐには返事ができなかった。
サヨはそれに気づかず言葉を続ける。
「ともかく、今の姫様には味方があまりにも少ないのです。先程の言葉が真ならば、姫様を護ることにお力添えいただけますでしょうか」
「もちろん! コトリ……様のためならば、何だってします」
その時、外で鐘の音が鳴った。夕方になったのだ。
「では、後日詳しく話を詰めましょう。本日はこれにて失礼します」
サヨは折り目正しく礼をすると、部屋の外へ出ていった。そろそろ鳴紡殿で夕飯が振る舞われる時間が近づいてきている。昼に続いて食いっぱぐれるわけにはいかないのだ。
「カナデ様! そろそろ戻りますよ」
「サヨ、この店、とても面白いわ。また来てもいいかしら?」
「おぉ、嬢ちゃんなら大歓迎だ。また来いよ!」
コトリに付き添っていた職人風情の男が声を張り上げる。サヨは不本意な顔をしながら、コトリの袖を引っ張った。
「ちょっと待って、サヨ。最後に一つだけ」
コトリは、サヨの後ろからやってきたカケルの方を見た。
「あの、都のどこかで、庶民向けの良い墓地はご存知ありませんでしょうか?」
「そうか、これの仕業だな。ちょっと見せてみろ」
コトリは、黙ってシェンシャンを男に差し出した。
「これ、ソウか?」
作者を確認したかったのだろう。側にいたソウが頷いた。男は一瞬何か言いたげな顔をしたが、すぐにコトリの方へ向き直る。
「……よし。嬢ちゃん、ちょっとこっち来な! 他のシェンシャンも見せてやる」
「いいんですか?!」
シェンシャンに目がないコトリは、すぐに男の後へついていってしまった。部屋の出入り口近くにいたサヨは、密かに彼女達を護衛していた菖蒲殿の護衛達に目配せをする。彼らは客を装って控えていたのだ。すぐに、コトリ達を追って姿を消した。
「行かなくて良いのですか?」
カケルが尋ねると、サヨはジト目で悪態をつく。
「姫様に色目を使うのはおやめください」
「何のことでしょう?」
もうサヨには、中途半端にコトリの正体を隠しておくつもりはなかった。いろいろと考えた末、事実を明らかにした上での利益を優先することにしたのだ。例えば、自分が近くにいられない際にコトリを護衛するなどといったことである。
サヨが近くにいれば、自然と菖蒲殿の護衛が侍ることになるものの、別行動になるとそうはいかない。サヨは三女なので、コトリを常に守れる程の人数の護衛を、実家から割り当ててもらうことはできないのだ。
しかし、相手は商人。しかも今は、こちらの弱みを掴まれている状態だ。このままで有利な交渉はできそうにもない。
かと言って、先程のコトリへの態度を責め立てても、これは王女だと分からないようにするための手立てだと言われれば、それまでなのである。
となれば、別の角度から切り込むしかない。
「しかも、ソラ国に繋がる者だということは分かってるのよ?」
サヨは半分以上ハッタリのつもりだった。そのため、予想以上にカケルが動揺したのを見て、サヨの方が困惑してしまう。
カケルはゆっくりと説明を始めた。
「神具は、元々ソラ国由来のものです。大抵の職人は幼い頃に一度ソラ国へ出向いて修行し、クレナ国に戻って店を持つのが普通なのです。そうおっしゃられてしまっては、もうクレナ国での神具技術の向上は望めなくなるでしょう。うちも、まだ若い見習いが多くいますので、ソラ国に関わるなというのは……」
こう言われてしまっては、サヨも何も言えなくなる。それでなくてもクレナ国では、神具の多くをソラ国からの輸入で賄っている。ヨロズヤのように、純クレナ国産の神具を扱う店は貴重なのだ。今後ソラ国と事を構える場合は、ヨロズヤなどは大変ありがたい存在となるだろう。
そこまで考えて、サヨは自分の至らなさに溜息をついた。
「サヨ様は、まだ疑っておいでなのですね?」
「私にとって、唯一無二の主なのです」
「では、その大切なお方がなぜ身分を隠して市井に下りていらっしゃるのですか? あのお方は、クレナ国の至宝です。商人、そして職人の身ではありますが、ご協力できることもあるかと思いますが」
サヨは、見るからに自分よりも年下の少年から手を差し伸べられて、恥ずかしくなってしまった。
だが、欲しかった言葉が得られたのは確かだ。
サヨは、コトリが王宮を出るに至った経緯について説明した。それは、帝国との縁談から、クレナ国王宮内のソラ国に対する動きの話にまで至る。もちろん、カケル王子への片想いの話は意図的に省かれた。主人の乙女心を容易に他人へ打ち明けるのは、良しとしていない。
「そんなことが……由々しき事態ですね。しかも帝国だなんて」
話を聞いたカケルは、怒りを煮えたぎらせていた。サヨは、カケルも帝国とは因縁があるのかもしれないと思った。
「はい。ですから姫様は、今後も王や王の配下から様々な妨害を受ける可能性があります。姫様本人はご自覚ありませんが、状況が変われば帝国からも目をつけられて御身を拘束される恐れもあるでしょうし」
「それにしても、楽師になる以外にも方法はあったのでは? 王宮から出ると、どうしても危険は増えてしまいます」
これはサヨも考えていたことだ。庶民にあからさまな護衛を常につけておくのは不自然な上、王宮から離れると王の動向も掴みにくくなる分、打つ手も限られてくる。けれど、これはコトリにとって譲れないことだった。
「姫様のお母上は、元庶民のお方なのです。それ故姫様は、昔から王宮を出ることを夢見ておられました。もう親子二代に渡って、王に振り回されたくないとおっしゃっています」
これは、カケルも知っている話だ。コトリの母親が事故で亡くなったこともだ。この手の話は、案外庶民にまで広く知れ渡っていることなのである。
「ですから、もう王族は懲り懲りだそうです。できれば姫様には、王族以外の方とご縁を持っていただきたいところですね」
カケルは、すぐには返事ができなかった。
サヨはそれに気づかず言葉を続ける。
「ともかく、今の姫様には味方があまりにも少ないのです。先程の言葉が真ならば、姫様を護ることにお力添えいただけますでしょうか」
「もちろん! コトリ……様のためならば、何だってします」
その時、外で鐘の音が鳴った。夕方になったのだ。
「では、後日詳しく話を詰めましょう。本日はこれにて失礼します」
サヨは折り目正しく礼をすると、部屋の外へ出ていった。そろそろ鳴紡殿で夕飯が振る舞われる時間が近づいてきている。昼に続いて食いっぱぐれるわけにはいかないのだ。
「カナデ様! そろそろ戻りますよ」
「サヨ、この店、とても面白いわ。また来てもいいかしら?」
「おぉ、嬢ちゃんなら大歓迎だ。また来いよ!」
コトリに付き添っていた職人風情の男が声を張り上げる。サヨは不本意な顔をしながら、コトリの袖を引っ張った。
「ちょっと待って、サヨ。最後に一つだけ」
コトリは、サヨの後ろからやってきたカケルの方を見た。
「あの、都のどこかで、庶民向けの良い墓地はご存知ありませんでしょうか?」
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