琴姫の奏では紫雲を呼ぶ

山下真響

文字の大きさ
上 下
16 / 214

15二人の世界

しおりを挟む
 コトリはシェンシャンを構えた。
 すぐに紡がれ始めた音色。選んだ曲は碧玉節で、試験の際と同じだ。実りを寿ぐ祭りの調べ。決して恋歌などではないのに、なぜだか甘い音がする。深い奥行きと優雅さ。さらには郷愁の切なさまであって、カケルとサヨの心は強く締め付けられた。ここが店であることを忘れてしまいそうな旋律だ。

 カケルは、一音とて聞き漏らすことがないよう、全身を耳にして聞き入っていた。最後にコトリの演奏を聞いたのは、半年以上前だ。新年の宴でのことである。

 コトリは、以前よりも増して腕を上げていた。音に表情と色気がある。そして、その弾く姿は、さながら琴姫のよう。

 琴姫。それはクレナ国初代国王クレナの異名である。カケルは、ソラ国の王宮で大切に保管されている琴姫が描かれた画を思い返した。ソラ国では、琴姫は神に匹敵する信奉を集めている。

 というのも、ソラ国の王族にはこのような話が伝わっているのだ。

 クレナとソラは仲の良い兄弟であった。弟のソラは姉のクレナのためだけにシェンシャンと名付けた琴を手自ら作り、姉はソラのシェンシャン以外を奏でることはない。二人はシェンシャンの調べをもって、気持ちを通わせていた。それは家族愛を超えた男女の恋だったと言う。

 しかし、二人は兄弟だ。時の王は、何かの間違いが起こることを危惧して、二人のうちどちらかを処分することも検討した。だが、どちらも既に施政者としての頭角も現していた上、二人とも我が子なのである。

 そこで、二人を体よく引き離すために国を分けて統治させることになった。国の主ともなれば、忙しいだけでなく、真っ当な血を後世に残す義務もある。

 二人は王の思惑通り、それぞれが別の者と連れ添って子を成したが、それでも死ぬまで互いの絆は消えることはなかった。ソラが亡くなった後は、彼が慕ったクレナを崇める社が建てられ、今では職人達が腕を磨くための誓いを立てる場所として有名になっている。

 もちろんカケルも、その社、紅社に詣でたことはあった。王族なので、社に保管されているソラの日記などにも目を通したことがある。ソラのクレナに対する想いは、カケルにも通じるものがあった。カケルにとってコトリは兄弟ではないので、そういった類の後ろめたさがない分、より潔い愛がある。

 自分はソラが成し得なかったことを成せるだろうか。
 カケルは、今すぐにでもコトリに名乗り出たい衝動に駆られる。

 直後、すっと一曲が終わってしまった。
 たおやかに頷いて、カケルと目を合わせるコトリ。カケルの顔は、火がついたように熱かった。

「それで、何か分かりましたか?」

 二人の世界を破ったのは、やはりサヨである。カケルは慌てて表情を引き締め直した。

「はい。このシェンシャンに宿る神が、少々張り切りすぎているようです」

 コトリは、意味が分からなかった。
 カケルは、以前サヨに話した通り、シェンシャンが神具の一種であること、神を降ろすことを説明する。

「神とカナデ様の相性は大変良いのですが、良いからこそ、神がカナデ様のためになろうと必死なのです」
「それは……ありがたいことなのですが、また聞いた方が意識不明になるのは困りますし」
「そうですね。では、少し細工をさせていただきますので、このままお待ちください」

 そう言ってすぐに戻ってきたカケルの手には、画材があった。

「カナデ様が神力を調整しやすいように、もう少し祝詞を書き足しておきます」

 コトリはシェンシャンをカケルに渡そうとするが、カケルはそれを制す。コトリに抱えさせたまま、自らそこに近づいて筆をとった。体が触れ合うほどになる。コトリは、異性とこれ程の距離になるのは初めてのことだった。真剣にシェンシャンと向き合っているカケルの美しい顔を見ると、とても普通ではいられなかった。

「できました」

 カケルが名残惜しそうにシェンシャン、いや、コトリから身を離す。シェンシャンには、新たに一つの紫陽花の花が加えられていた。

「少し、音を出してもらえますか?」

 コトリは言われた通り、弦を弾く。カケルは、コトリの頭の上の方を眺めた。

「良くなっているようですね」
「そうなのですか。私には違いが分かりませんでした」
「神気の流れが、先程よりも整っていますので、間違いありません」
「え、神気って、やはり見えるものなのですか?」

 カケルは少し驚いた顔をした。

「はい、見えますよ」

 今度は、コトリが目を丸くする番だった。
 その時だ。

「なんだ、ここか」

 部屋に、いかにも職人気質な風情の男がやってきた。ずかずかと歩いてくると、カケルを押しのけてコトリの前に立ちはだかる。

「おい、お前が店に来てから、神具が皆、妙にざわついてやがる。どうしてくれるんだ?」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

裏切りの代償

志波 連
恋愛
伯爵令嬢であるキャンディは婚約者ニックの浮気を知り、婚約解消を願い出るが1年間の再教育を施すというニックの父親の言葉に願いを取り下げ、家出を決行した。 家庭教師という職を得て充実した日々を送るキャンディの前に父親が現れた。 連れ帰られ無理やりニックと結婚させられたキャンディだったが、子供もできてこれも人生だと思い直し、ニックの妻として人生を全うしようとする。 しかしある日ニックが浮気をしていることをしり、我慢の限界を迎えたキャンディは、友人の手を借りながら人生を切り開いていくのだった。 他サイトでも掲載しています。 R15を保険で追加しました。 表紙は写真AC様よりダウンロードしました。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

妹と旦那様に子供ができたので、離縁して隣国に嫁ぎます

冬月光輝
恋愛
私がベルモンド公爵家に嫁いで3年の間、夫婦に子供は出来ませんでした。 そんな中、夫のファルマンは裏切り行為を働きます。 しかも相手は妹のレナ。 最初は夫を叱っていた義両親でしたが、レナに子供が出来たと知ると私を責めだしました。 夫も婚約中から私からの愛は感じていないと口にしており、あの頃に婚約破棄していればと謝罪すらしません。 最後には、二人と子供の幸せを害する権利はないと言われて離縁させられてしまいます。 それからまもなくして、隣国の王子であるレオン殿下が我が家に現れました。 「約束どおり、私の妻になってもらうぞ」 確かにそんな約束をした覚えがあるような気がしますが、殿下はまだ5歳だったような……。 言われるがままに、隣国へ向かった私。 その頃になって、子供が出来ない理由は元旦那にあることが発覚して――。 ベルモンド公爵家ではひと悶着起こりそうらしいのですが、もう私には関係ありません。 ※ざまぁパートは第16話〜です

【完結】王女様がお好きなら、邪魔者のわたしは要らないですか?

曽根原ツタ
恋愛
「クラウス様、あなたのことがお嫌いなんですって」 エルヴィアナと婚約者クラウスの仲はうまくいっていない。 最近、王女が一緒にいるのをよく見かけるようになったと思えば、とあるパーティーで王女から婚約者の本音を告げ口され、別れを決意する。更に、彼女とクラウスは想い合っているとか。 (王女様がお好きなら、邪魔者のわたしは身を引くとしましょう。クラウス様) しかし。破局寸前で想定外の事件が起き、エルヴィアナのことが嫌いなはずの彼の態度が豹変して……? 小説家になろう様でも更新中

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

処理中です...