上 下
47 / 61

46・三日前の悲劇

しおりを挟む
 私が起案した冊子『最先端への道のり』は無事に副社長や社長チェックもクリアして、ようやく校了。最近はミスもほとんどしなくなって担当できる仕事分野も増えた森さんに、最後の印刷屋さんへのデータ納品をお願いした。色校のチェックも森さんから白岡さんにしてもらうことになっている。

 次は、イベント当日にお客様へ配布するパンフレットやディナーパーティーのメニューリストの制作納期がせまっていた。それと合わせて、社員スタッフ向けのセールスマニュアルも作らなくてはならない。セールスマニュアル作成は、昨年上海で開催された国際展に出展した際から採用したものなのだが、案外好評なのだ。いくら自社のこととは言え、出展機の特徴や当日のスケジュール、イベントのコンセプト、さらにはお客様にお持ち帰りいただくお土産の内容まではなかなか暗記できないものだ。今回もスタッフの頼みの綱になるよう、役立つ情報盛りだくさんに仕上げたいと思う。

 あの職場会議から、明らかに部内のコミュニケーションが活発になった。坂田さんは谷上さんから引き継いだ仕事に慣れてきたからと、アイドル五人組のお世話係を買って出てくれた。浜寺主任は当日会場でWi-Fiなどのネットワークを組む準備を着々と進めてくれているし、福井係長なんて役職者にも関わらず席を外しがちな他の部員に変わって電話番をがんばってくれている。

 一時、お客様にご宿泊いただくホテルの部屋数が足りなくなりそうだったり、お客様がお越しになった際の受付の方法で岸部さん達とバトルになりそうになったりもしたが、一応解決。どれも経営企画部の皆が一緒に知恵を絞ったり、私の味方をしてくれたから。ありがたい。

 そしてとうとう、イベントを開催する週に入った。今年に入ってからは、ほぼ土日も働いてきたので、もはや曜日の感覚は薄い。寝て起きて仕事して……の繰り返し。自宅にいる時間が極端に短いのだ。私は、エアコンを付け替えることを諦めて電気ストーブを使っている。もう暦は春なのに、まだ肌寒い日が続いているので重宝している。小百合に会うのは週末の深夜のみ。三人で食卓を囲むのはなかなか良いものだ。そこで愚痴を二人に聞いてもらって溜まったストレスを発散し、美味しい小百合の手料理にありつけているので、まだ倒れずに仕事できているのだろう。

「いよいよですね」

 私は、竹村係長に声をかけた。イベントは金曜日。本日月曜日から会場は準備のために借り切っている。次々に業者がホールへ入ってきて、設営の準備がスタートしていた。この殺風景な景色がどんな風になるのか。業者さんが3DCGでイメージ図を作ってくれたし、もちろん図面は見せてもらっているのだけれど、やはり完成が待ち遠しい。私と森さんが作ったポスターもたくさん掲示される予定だ。

「明日は、れいの舞台が設営される。楽しみだな」

 竹村係長も顔に疲れが滲むけれど、生き生きと仕事している。ガタイの良い業者のオジサン集団に次々と指示を飛ばしているところはカッコ良い。

「今更ですけど、本当に実現できますかね」
「大丈夫。営業のアフターサービスチームもデータ作成などでかなり助けてくれたし、共同出展する企業からもきちんと承諾を得てある。誰も見たことがないようなショーになるんじゃないかって、期待してくれてるよ」
「その期待、必ず応えたいですね」
「そうだな。梅蜜機械(うち)の底力を見せつけよう」



 そして火曜の夕方、私は再び会場に足を運んでその日の進み具合を見せてもらった。

「すごい……」

 会場の扉を開けた瞬間、その場に駆けつけた全員から感歎の溜息が漏れる。広がっていたのは黒に差し色として紅色が入った空間。昨日まで白とクリーム色で統一されたただの部屋だった。でも今はどうだ。壁には黒い幕が降りていて、梅蜜機械のロゴと三十周年記念のロゴの看板が天井高い位置に掲げられている。出入口付近からホールの最奥までは広幅の細長い舞台。そして会場前方の中央付近では円形の舞台が一際目を引く。日本的な伝統的なセレモニーを踏襲しないことが、この配置だけで理解できる。

 実は、羽衣雅の皆さんの登場にあたり、会場内のレイアウトが大きく変わった。当初は大きなホールの中を二つに分けて、式典&パーティー会場、残りは展示会場となる予定だった。でも、アイドルが立てる舞台の面積を確保するために会場を区切ることは諦め、全ての要素を詰め込んだ一つの空間を創りあげることにしたのだ。

 明日は照明や音響、その他機材がセットされ、共同出展の企業の製品も搬入されて会場自体が完成する。そして明後日木曜日、つまりイベント前日は、本番さながらのリハーサルを予定している。

 ずっとずっと先だと思っていた当日が、いよいよ来る。鳥肌が立つ。身体が熱くなる。

 その時、ふとお客様に配るお土産のことを思い出した。お土産はお客様が座るテーブルの足元にあらかじめセットしておく予定なのだ。内容は、梅蜜機械のロゴが入ったワインと地元の老舗和菓子メーカーのお饅頭詰め合わせ、そして私が制作した冊子『最先端への道のり』だ。

「そう言えば、お土産って誰が紙袋にセットするんですか?」

 隣にいた坂田さんは、持っていた鞄から書類を取り出した。

「全体のスケジュール表によると、明日総務部の方々でセットしてくれるみたいですね。お土産の中身が全て揃うのが明日の午前中みたいなので」
「そうですか」

 そこへ、照明の技師さんと話していた白岡さんがこちらへやって来る。

「紀川さんが作ったあの冊子、いよいよ明日印刷あがりだね」
「はい!」
「社長インタビューに始まり、年表も一から作り直したし、紀川さんが持つデザインノウハウを詰め込んでるから、広報(うち)が出す集大成みたいな作品だもんね。僕もすごく楽しみにしてるんだ」

 あの冊子は合計四十ページ。盛り込みたい内容は山のようにあるけれど、あまり長すぎるとお客様に読む気を失わせてしまうし、制作時間や印刷コストもかかってしまう。悩みに悩み抜いた上で厳選したコンテンツをなけなしのセンスを振り絞って詰め込んだのがこの冊子。白岡さんにもとてもお世話になったし、明日イベントの関係者にも披露するのが待ちきれない。

 そうやって、私は完全に舞い上がっていた。

「ところで」
「何ですか? 白岡さん」
「僕、あの冊子の色校、見てないんだね。紀川さんが最終チェックしてくれたのかな?」

 え……

 急激に悪い予感が頭の中を支配下する。
 これって、もしかして、もしかしなくても、そういうことだろうか?!

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

化想操術師の日常

茶野森かのこ
キャラ文芸
たった一つの線で、世界が変わる。 化想操術師という仕事がある。 一般的には知られていないが、化想は誰にでも起きる可能性のある現象で、悲しみや苦しみが心に抱えきれなくなった時、人は無意識の内に化想と呼ばれるものを体の外に生み出してしまう。それは、空間や物や生き物と、その人の心を占めるものである為、様々だ。 化想操術師とは、頭の中に思い描いたものを、その指先を通して、現実に生み出す事が出来る力を持つ人達の事。本来なら無意識でしか出せない化想を、意識的に操る事が出来た。 クズミ化想社は、そんな化想に苦しむ人々に寄り添い、救う仕事をしている。 社長である九頭見志乃歩は、自身も化想を扱いながら、化想患者限定でカウンセラーをしている。 社員は自身を含めて四名。 九頭見野雪という少年は、化想を生み出す能力に長けていた。志乃歩の養子に入っている。 常に無表情であるが、それは感情を失わせるような過去があったからだ。それでも、志乃歩との出会いによって、その心はいつも誰かに寄り添おうとしている、優しい少年だ。 他に、志乃歩の秘書でもある黒兎、口は悪いが料理の腕前はピカイチの姫子、野雪が生み出した巨大な犬の化想のシロ。彼らは、山の中にある洋館で、賑やかに共同生活を送っていた。 その洋館に、新たな住人が加わった。 記憶を失った少女、たま子。化想が扱える彼女は、記憶が戻るまでの間、野雪達と共に過ごす事となった。 だが、記憶を失くしたたま子には、ある目的があった。 たま子はクズミ化想社の一人として、志乃歩や野雪と共に、化想を出してしまった人々の様々な思いに触れていく。 壊れた友情で海に閉じこもる少年、自分への後悔に復讐に走る女性、絵を描く度に化想を出してしまう少年。 化想操術の古い歴史を持つ、阿木之亥という家の人々、重ねた野雪の過去、初めて出来た好きなもの、焦がれた自由、犠牲にしても守らなきゃいけないもの。 野雪とたま子、化想を取り巻く彼らのお話です。

少年、その愛 〜愛する男に斬られるのもまた甘美か?〜

西浦夕緋
キャラ文芸
15歳の少年篤弘はある日、夏朗と名乗る17歳の少年と出会う。 彼は篤弘の初恋の少女が入信を望み続けた宗教団体・李凰国(りおうこく)の男だった。 亡くなった少女の想いを受け継ぎ篤弘は李凰国に入信するが、そこは想像を絶する世界である。 罪人の公開処刑、抗争する新興宗教団体に属する少女の殺害、 そして十数年前に親元から拉致され李凰国に迎え入れられた少年少女達の運命。 「愛する男に斬られるのもまた甘美か?」 李凰国に正義は存在しない。それでも彼は李凰国を愛した。 「おまえの愛の中に散りゆくことができるのを嬉しく思う。」 李凰国に生きる少年少女達の魂、信念、孤独、そして愛を描く。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

春風さんからの最後の手紙

平本りこ
キャラ文芸
初夏のある日、僕の人生に「春風さん」が現れた。 とある証券会社の新入社員だった僕は、成果が上がらずに打ちひしがれて、無様にも公園で泣いていた。春風さんはそんな僕を哀れんで、最初のお客様になってくれたのだ。 春風さんは僕を救ってくれた恩人だった。どこか父にも似た彼は、様々なことを教えてくれて、僕の人生は雪解けを迎えたかのようだった。 だけどあの日。いけないことだと分かっていながらも、営業成績のため、春風さんに嘘を吐いてしまった夜。春風さんとの関係は、無邪気なだけのものではなくなってしまう。 風のように突然現れて、一瞬で消えてしまった春風さん。 彼が僕に伝えたかったこととは……。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

イケメン政治家・山下泉はコメントを控えたい

どっぐす
キャラ文芸
「コメントは控えさせていただきます」を言ってみたいがために政治家になった男・山下泉。 記者に追われ満を持してコメントを控えるも、事態は収拾がつかなくなっていく。 ◆登場人物 ・山下泉 若手イケメン政治家。コメントを控えるために政治家になった。 ・佐藤亀男 山下の部活の後輩。無職だし暇でしょ?と山下に言われ第一秘書に任命される。 ・女性記者 地元紙の若い記者。先頭に立って山下にコメントを求める。

百合系サキュバス達に一目惚れされた

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

処理中です...