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12・忘年会

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 私は飲み会が好き。孤独を忘れさせてくれて、リア充のフリをできる唯一の場だからだ。酒癖の悪い人と席を同じくするのは嫌だけれど、外で飲める機会なんて会社の宴会ぐらいしかないのでついつい張り切ってしまう。なぜかって? 私がボッチだからだよ。けっ。誰も誘わないし誘えないのだ。

 会場は会社の最寄り駅から徒歩二分のところにあるお店。森さんを除けば最も下っ端の私が幹事として予約した。総勢で九名しかいないので、あまり広くない部屋に通されて宴会は始まる。課長の締まらない音頭で乾杯すると、早速ビールを片手に突き出しのお刺身と湯葉乗せ餡掛け豆腐に箸を伸ばした。あぁ、とろける美味さ。口の中には雅やかな和の彩が広がっていく。メインは鍋だ。当然、鍋奉行はさせていただきます。

 火の通りにくい白菜の芯などからお鍋へ投入していると、隣に座っていた浜寺主任が声をかけてきた。

「紀川さん、少し太った?」

 浜寺主任は元々営業部の方で、日本語と英語と中国語とイタリア語が話せる。それなのに、語学能力をほとんど必要としない社内の情報システム関連の仕事をしている。噂では、長期出張ばかりの営業の仕事だと奥様や愛犬のチワワとの交流時間が減るため、こちらに異動してきたという話だ。私は会社のホームページを作っているのでHTMLとCSS、そしてJavaScriptを少し組むことができるのだが、分からないことがあれば一緒に悩んで解決に導いてくれる優しい方でもある。

「えー、失礼ですよと言いたいところですが、そうなんですよね。最近自炊してるんで、ちょっと食べ過ぎることが多いんです」
「うちも妻と二人だけなのに、うっかりたくさん料理を作りすぎちゃって食べすぎることはよくあるよ」

 浜寺主任は少しふっくらした体格。自身のおなかを撫でてため息をつきつつ、飲み会コースについてきた茶碗蒸しをあっという間に食べきってしまった。早食いはよくないんだぞ!

 さて、少し和んだところで部屋の中を見渡してみよう。まず、坂口さん。谷上さんとは相性が良いようで、お酒の席も隣同士で座り、お喋りに花を咲かせている。谷上さんは白岡さんや福井係長に日頃の愚痴をぶつけながらお酒も進んでいるようだ。やはり女性は人に話すこと無しにストレス解消はできないものね。リフレッシュできているようで何より。

 そして我が後輩さん、森さんの様子だ。森さんは宴会開始前に谷上さんから呼び出しを受け、ひとしきりお小言を言われていた。言葉遣いなどといった超基本的なことに始まり、電話対応後のメモの内容が分かりづらいとか、日報の内容が大雑把すぎるとか、課長から決済もらった書類を総務部へ届けにいく際に寄り道しすぎだとか。私だったら、これだけ叱られてしまうと宴会中もずっとブルーになりそうだ。

 なのに森さんはすっかり立ち直って、今は竹村係長の隣を陣取ってご機嫌だ。キャバ嬢よろしく腕を絡めてキャッキャと騒いでいるが、なんとなく面白くない。これまでは私が部内最年少だったため、何かにつけ若者扱いされて可愛がられてきたが、ついにその座を奪われてしまったのだ。後輩ができるとはそういうことなのだが、素直に受け入れられない私は器が小さいのだと思う。

 その後は恒例のビンゴゲーム。今回は高山課長の奢りで景品を用意することができた。それも、駅前ホテルのデザートバイキング無料券と、この近所にあるスーパー銭湯のチケット。そして三等賞は、会社の自販機で使える五百円分のカードだ。どれも魅力的だったけれど、結局私は何もゲットできないままゲームは終わってしまった。景品を当てた福井係長と浜寺主任、谷上さんはおめでとうございます。

 さて、前回の周年行事でのこぼれ話や、最近社長の機嫌が妙に良くて嫌な予感しかしないという話、年明けから本社ビルの東にある工場に耐震工事が入るという話などで盛り上がっていると、すぐに飲み放題の制限時間である二時間が終わってしまった。

 私が視線を送ると、高山課長はそれに気づいておもむろに立ち上がった。

「よーし、今年も皆よく頑張ってくれた。来年は大イベントも控えているので体調管理に気をつけつつ、引き続きしっかりと業務に励んでほしい。じゃ、最後は梅密機械の発展とイベントの成功を記念して、一本締め行っとくか?」

 全員がその場に立ち上がり、一時、場の喧騒が遠ざかる。凛と引き締まった空気が部屋を支配した瞬間。

「よーーーお!」

 パチンッ!!

 綺麗に総勢九名の拍手が揃って辺りに響いた。気持ち良い。

 と、余韻に浸る暇はない。幹事の私はあらかじめ集めておいた会費を持ってレジに急ぎ、お会計を済ませた。慌てて店から出ると、白い息がふわっと口元を覆う。寒い。

「これからどうします?」

 坂口さんが皆を見渡した。二次会のお誘いである。私は幹事だけれど、できればここでお暇(いとま)したい。何せ、帰りを待つ者がいるのでね!

「僕はパス」

 ふと横を見ると、腕に森さんをぶら下げて立っている竹村係長がいた。こういうイチャイチャって、恥ずかしくないのだろうか。私が白けた視線を二人に送った瞬間、事件は起きた。

「ゆ……」
「ゆ?」

 竹村係長の身体が傾いている。森さんに引っ張られているからではない。どうやら飲みすぎてかなり酔っているようだ。そう言えば先程の宴会では、森さんがわんこそばの如く竹村係長のグラスに酒を注いでいた。さすがの竹村係長にも限界が来たのだろう。

「『ゆ』って何ですか? 竹村係長のお家って近所だと思いますけど、自分で帰れます?」

 私は竹村係長に話しかけたのに、反応したのは森さんだ。

「『ゆ』って、雪乃の『ゆ』ですよね?! 良かったら今から家に来ますか? 私、この異動をきっかけに実家を出たんです。竹村係長って一人暮らしですし、この後のこと思うといろいろ心配ですぅ」

 心配なのは森さんの頭だ。上司口説くなら他所でやれ。でもその前に、年の差がありすぎないだろうか? 森さんは高卒入社で三年目。竹村係長は大卒入社で十三年目。つまりその年齢差は十四歳。竹村係長が入社した頃、森さんがたったの九歳だったことを考えると犯罪にしか見えてこない。

「私の家は、新しくて綺麗ですよ?」

 森さんはさらにアピールを始めた。でも、なんでそこで私の方ばかり見るのかな? 確かにうちは古アパートだけど、中は掃除しているし綺麗ですよ! 主にやっているのは小百合ですが。

 竹村係長は首を振った。

「ううん、いい。今夜はゆ……結恵(ゆえ)の家で世話になる」
「は?!」

 一斉に注目を浴びてしまった私。森さんなんて、鬼の形相だ。いえ、私は竹村係長と特別な関係じゃないんです。竹村係長から名前呼びされたのも、これが初めてなんです。必死に否定しようとしたけれど、竹村係長はさらに爆弾を落とした。

「この前、二人きりの時に誘ってくれたのに」

 確かに誘いましたとも。あれは企画書が完成して展示会に行った帰り道でのことだった。でも、お化けの小百合が会いたがっていると話しただけであって……。

「行こうか」

 竹村係長はニヤニヤする高山課長や驚きを隠せない谷上さん達に目もくれず、すぐに通りかかったタクシーを止めた。そして私をその中に無理やり押し込んで、我が家の住所をドライバーに告げたのだった。

 今日は週末金曜日。
 週明け、どんな顔して出勤すればいいのだろう。

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