ヒロインはどこに行った?

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少年エリオットの振り返り

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※ここからエリオット視点のダークファンタジーなお話になります。


「クラリベル様が婚約解消したいと突然叫ばれました。」

 ハミルトン邸に潜入させていた者から、この報告を聞いてのんびり構えていた僕は、怒涛の4年間を迎えることになった。



 かつて神々が作った恵みの大地に12の神獣が4柱ごとに3つの国を作った。
 その内の1つで僕は生まれた。

 四季を持つ4柱の神獣が作った巨大神獣国家の一つカーディナルディスカス王国。
 東を護り春と風を司る神獣ユニコーン
 南を護り夏と火を司る神獣フェニックス
 西を護り秋と土を司る神獣グリフォン
 北を護り冬と水を司る神獣ドラゴン
 その帝国の中央で精霊たちと共存し、金属を操れるようになった人間たちが最初の国民だ。
 一番最初の金属を操る人間はそのまま国を治める国王に、精霊と共存を叶えた人間は王妃になった。彼らに付き従った4人の人間はそのまま4柱の神獣の名前の一部を貰って四方を治める4大公爵を名乗った。
 時代は流れ4大公爵家は衰退していきどんどん入れ替わった。

 グリフォンの名前を貰ったグリフィズ家も落ちぶれて侯爵家になったらしい。
 養蜂によってもう一度侯爵家を立て直して以降は、落ちぶれずに何とか侯爵家にいたけれど僕によって大きな節目を迎えた。



学園に入学する5年前
 現国王陛下に病が見つかったことにより、次期跡継ぎを決める国内内乱が起きそうだった。側妃たちが生んだ上の3人の王子を押しのけ、王妃が生んだ第4王子が王太子になった。でも、王太子に決まってすぐに彼が失踪したことによって、残った3人の王子たちと一人の姫とで王権争いが絶えず起きている。


 物心ついた頃には既に大人たちは権力争いに夢中で、望んだものはなんでも貰える代わりに誰も僕のそばにはいなかった。孤独を埋めるように勉強の中で出会った魔導書によって、魔道具の研究に没頭していった。
 古い血筋のおかげか持て余すほどの魔力を使って魔力実験につぎ込めたから、実用性の高い魔道具の成果を多く出していった。5歳の時に、僕の名前を伏せて作った魔道具商会は大きな商会に数年で成長した。最初は養蜂に使える完全防護服。その次は、蜂蜜を長時間保存して置ける保存瓶。ずっとかき混ぜ続けてくる自動かき混ぜ機。これらは他の用途、火事現場や他の食品の保存、新しい料理に活用されて大きな人気を誇った。
誰も大人がいない環境だからこそ自由に思いついた魔道具の開発をずっと続けていく。気づけば、帝国で一、二の魔道具開発者として認められるまで登りあげていた。
 その結果、皮肉なことに大人たちは関心を向け、クラリベルという運命の出会いを持ちこんだ。

 10歳で婚姻が決められた。
 表向きは親同士の口約束となっているけれど、本当はもっと色んな人間が絡んだ話。

 クラリベル・ハミルトンについての調査
 彼女の祖父に当たる人は前王陛下の王弟で、かつて未来と過去を見据えたという千里眼の持ち主だったらしい。当時何かがあって、王位継承権を放棄して、クラリベルの祖母の元へ婿養子に入ったときはそれはそれは残念がられたとか。
 その血を継いでいる彼女は国花であるヴィオーラの色、深い菫色の瞳だった。同じ色の瞳の持ち主が生まれたのは40年ぶりで、クラリベルが生まれた時は上層部でもかなり期待の声が上がった。15年経った今もクラリベルの瞳の色は国内ただ一人だ。周囲の期待とは裏腹に彼女自身にはそういった魔力も神聖力も検査で見つからず、がっかりした周囲は彼女の子供が男だったなら千里眼の持ち主が現れるのではないかという議論へと変わっていった。そこで矢が立ったのが、国内で最も魔力が高く魔導の道に幼いころから大きな成果をだしていた僕、エリオット・グリフィスとの婚姻だった。
 元4公爵家という血筋も僕の後を押して決まった、なんとも気の長いバカバカしい話。内乱手前の現状では奇跡を夢見る婚姻は必然だったかもしれない。彼女自身は千里眼のことを知らないそうだ。


 初めて会った彼女に抱いていた感情は、恋愛の可も不可もなく同情。

 クラリベルは侯爵令嬢という立場でありながら、特殊な瞳を持っている故に公爵令嬢以上にそれこそ王女のようにとても大切にされていた。

『無垢で何も知らないままであれ。』

 それが彼女に望む周囲の期待だった。千里眼というところから神殿の巫女のようなイメージでもあったのだろう。王命で「クラリベルに千里眼のことを知られてはならない」と正式に命令も下されていた。
僕と同じくなんでも望んだものを与えられる。その代わりに何も一人でできない子供だった。いや一人で何もできないように育てられてた。どこへ行っても人がついて回り、なんでもやってもらっていて一人で服を着るどころか靴すら履けなかったのだ。そんな生きたお人形のような彼女に同情していただけだった。

 彼女が僕の研究に興味を持ち、僕と僕の作った魔道具たちを褒めてくれるまでは。

 彼女の育った環境では何をしても褒められ、何をしても肯定されてきた。彼女にとって人を褒めることは呼吸と変わらなかったかもしれない。でも、僕はそこでクラリベルという人物に興味を抱いた。何を作っても褒めてくれる、失敗作ですら良い点を見つけて成功へヒントをくれる彼女のそばはどんどん心地よくなっていった。
最初は安息のために彼女を利用していたのに、何も知らずに笑う彼女こそ僕が無くしたものを持っていて、クラリベル自身が研究を僕と一緒に楽しんで成功を喜んでくれる人だったのも恋愛感情を抱くのには大きい理由だと思う。
一つの研究に熱中する性格の僕だから、興味を抱いたところからはあっという間で、気づけばクラリベルにも夢中になっていた。何度も惚れ直したし、彼女の魅力は日に日に増していくから離れがたい存在になっていた。いつのにか僕の孤独は消えていた。

 クラリベルはこの世で最も可愛い人だと思う。

 クラリベル自身は自分の容姿に興味がないタイプで、自分の瞳の色すらちょっと他人と色が違うな?位の認識しかない。
皆、クラリベルの瞳を褒めるけれどそこしか褒めない馬鹿な人間がいるから、彼女自身の自己評価はほぼない。むしろ自分の容姿に触れないようになってしまった。
小さな顔に、真っ直ぐ伸びた黒が強いブルネットの髪。紫の瞳を包む猫のようなアーモンド形の目。その奥で煌めく感情。全てが彼女は素敵なのに。
千里眼こそもって無かったけれど、クラリベルは努力できる天才肌だった。僕が魔力量と魔道具の研究以外は凡人で、血のにじむ努力と魔道具による強化によってできた才能にいつも並んできた。最初は嫉妬もしたけれど、彼女という目標と模倣対象がいることが誇らしかった。

 クラリベルこそがこの世で一番綺麗で可愛いのだ。

 研究に没頭するからいつも眠そうな顔をしているらしく、おっとりしているとよく誤解されるようになったのはいつのことか。やんわり笑いながら、僕が裏でどんな惨い仕事をしているか知る者はほどんどいない。

 魔術に秀でて、勉強の知識の強化も武術の強化も全て魔道具でこなしていた僕と違って彼女だけが、真っ暗で汚れた僕の世界の綺麗なものだった。




 侯爵からの推薦状3つと神殿からの推薦状で王家の試験をクリアしたものが公爵家へ昇格する

 クラリベルとの婚約が決まってから、そのまま双方の両親が侯爵だから、推薦状は既に2つ。次期公爵候補として担ぎあげられていった。
 僕が公爵になれば、生まれてくる男の子供は荒れた国内を助ける強い魔道具を操る力と、かつての王弟の千里眼を持つ公爵家の跡継ぎが生まれると周囲の大人たちが騒いでいたことは今も記憶に新しい。
両親たちには4大公爵だった頃の名声を取り戻す野望があるだろうと考えている。

 散々ほったらかされた後に、重い石のような期待が乗っけられた僕は、どんどん汚い貴族の仕事も任されるようになっていった。
 唯一、クラリベルといる時だけは普通の子供のように振る舞うことが許された。
 クラリベルといる時間と研究さえさせて貰えれば、そこにどんな課題が課されても超えていけた。



 クラリベルのかわいい時を逃したくなくて、一瞬で絵におこせる魔道具を開発した。彼女の声をいつでも聴きたくて、声を保存できるものも開発した。それだけでは足りなくて、動いている彼女の姿を保存できるものも開発した。3つとも帝国会議や他の議会でとても重宝されだして、少し技術の公開を押さえた。高価な魔道具だったから、貴族の間で人気がでてきて、その中で悪用されたり、技術の盗作がでてきたからだ。

 それでも研究は続けていった。ひと時も彼女から離れたくなくて、体がいくつも欲しいから分身できる薬と戻る薬を編み出して、反動をおこさないようにする魔道具も開発した。記憶の共有感覚に馴染めず、まだ2人分しか分身できないけれど、もっと技術を上げて何人も分身できるようになりたいと思う。
 これらは商品として公開せずに密かに技術の向上を目指しながら、自分だけが使っている。

 すべては可愛いクラリベルの為に。


 それなのに、クラリベルが僕から離れようとしているなんて信じたくなかった。クラリベルがいなくなったら、僕は魔道具の研究をする理由も、仕事を頑張る理由も何もなくなってしまう。

 そんな僕の心を知ってか知らずか、一人で靴すら履けなかった彼女は、婚約解消したいと叫んだ日の報告以降はメイドの手を借りずとも一人で着替えをして、靴を自分で選んで履くようになった。
誰の手もいらないと言わんばかりに、自立し始めた。
元々なんでもできる彼女だから、いつか一人で動き出す気はしていたけれど、僕と婚約解消したいが為に自立を始めたとしたか思えないタイミングに、理由が解らなくて頭を抱えるしかなかった。


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