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2章・間諜員としての一歩

地下で結ばれる距離・後編

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 どのくらい経っただろうか、ミカエラに励まされていたエゼキエルは立ち上がった。

「俺が勇者になるかどうかは置いておいて、試練を受けないことにはここから出られない。」
「では…」
「試練を受ける。絶対に守るから傍にいてくれないか。」

 魔女の願いとは反対に王子は覚悟を決めてしまった。ミカエラにはまたエゼキエルが遠い眩しい人のように感じた。

「…私にできることはサポートしますね!」
「あぁ、ついてきてくれ!」

 得意の元気なふりをして笑顔を作る。どの道、先ほどの部屋から離れてしまった以上はもう救助を待てない。細い廊下は一本道で先に進むしかない。

(こうなったら試練にでてくるもの全てみて置こう。ロセウス国に不利になる物があるかもしれない。)

  先を進むエゼキエルの顔を見つめる。彼は先ほどの無防備な姿と違い、勇ましく歩いていく。

(前なんか見なくていいのに…私の腕の中にいればよかったのよ。)

 ミカエラは寂しい両手を握り、盾がついていない方の腕に抱き着いた。岩から離れるように歩いているが今は何も罠が出てこないと判断したからだ。

「なんだ!?」
「せっかくエル君と2人きりなので、手をつなぎたくて!」

 未だに抱き着いたくらいで動揺する彼に甘えるように言って体を寄せる。くっつかれた彼は、気がそがれたようにミカエラを見た。

「試練に何がくるかわからないんだ。気を抜くわけには…」
「試練が来た時に考えればいいじゃないですか。さっき恋人になったばかりですよ?」

 あざとく、下から見上げるようにエゼキエルを見つめる。引き寄せられるようにエゼキエルが顔を近づけてきたので、ミカエラは目を閉じた。
 2人の唇がつきそうなタイミングだった。

 ミカエラの足に何か巻き付いた。

「え?…きゃああぁぁああ」
「ミカエラ!?」

 何かはミカエラの足を引っ張り、転ばせてそのまま勢いよく引きずっていく。よく見れば金属で出来た触手のようなものだった。

「何これ、いやー!?」
「彼女に何をする気だ!返せ!!」

 ミカエラを引きずった何かは細い廊下を進んだ先の部屋の中にいた。追いかけてくるエゼキエルは部屋の中に入って呆然となった。
 巨大な金属で出来たタコのようなものが、ミカエラを持ち上げている。

(この試練作った人は馬鹿じゃないの!?)

 苦しくない程度に体も触手で縛り上げられた彼女は、真っ先に金属でできたタコの目に向かって魅了魔法をかけた。だが生き物の反応自体が感じず、人工物らしきタコは魅了魔法がきかない。

(こいつは何で動いているのかしら?私の知っているキメラと同じ?)

 彼女は持ち上げられたまま周囲を確認する。ミカエラの捕まった部屋は正方形で、天井が二階分は高い。部屋いっぱいに金属のタコがいて確認しずらいが、タコの動きを止めるためのレバーらしきものは見えない。

(抜け出すのは無理かしら?せめて生き物なら噛みつけた…いえ、魅了魔法も効いたかもしれないのに…)

 入り口で追いかけてきて呆然としているエゼキエルを見る。彼は初めてみる奇形のバケモノに呆けて立ちすくんでいた。

「エル君…」

 また怯えているのかと、エゼキエルが心配になったミカエラは声をかけた。恋人の声に反応してエゼキエルが顔を上げる。自分が捕まっているのにエゼキエルの心配するミカエラを見て、彼のその目に光が戻った。

「ミカエラ!待っていろ、今助ける!」

 エゼキエルはブレスレットを盾に戻し、タコに殴り掛かった。鈍い音がしたが、動じる気配はない。そうこうしている間に鞭のようにしなった触手がエゼキエルを打った。咄嗟に盾で防ぐが、これでは彼はミカエラに近づけない。

(これが試練??作った人は何がしたいの!?)

 全身縛られているが苦しくない、でも抜け出せない。どうしようもないまま目下の攻防をミカエラは応援する。エゼキエルは盾で防ぐことはできるが、鈍器として殴り掛かるとタコも攻撃してくる。実戦経験があるエゼキエルは無駄なく動いているが、武器がないので進まない。

「エル君!!頑張って!!」
「ミカエラ!」

 彼女が声をかけるとエゼキエルの目に更に光が宿った気がした。その瞳の光に呼応するように剣が現れた。剣はミカエラの身長ほど長く、両刃タイプだった。

「ミカエラを離せ!!」

 エゼキエルは迷うことなく剣を手にしてタコに切りかかった。あっさりと金属の触手は切り裂かれていき、エゼキエルはタコの胴体を足がかりに頭上へ乗り上がっていった。
 元々エゼキエルは剣を扱いなれていたのだろう、剣を使う姿に迷いがない。

(魅了魔法以外も使えたらよかったのに!!)

 ミカエラを登ってくるエゼキエルから遠ざけるように触手が動き、彼女は天井近くまで持ち上げられる。抵抗できない彼女は歯がゆい思いをした。

「このっ、離して!!」

 もがくミカエラの視界で、振りかぶったエゼキエルがタコの頭上で剣を下ろす。
 タコの両目に間に大剣が食い込んで真っ二つに切り裂いでいくのが見えた。そのまま核らしきものまで半分に切れる。
 金属のタコが力を失ったようにミカエラを床におろした。

「お、終わったの??」

 力の抜けた触手から這い出してミカエラはエゼキエルの下へ駆け寄った。

 彼の手には盾と大剣がある。彼の周りにはいつかの時のように光の粒子が浮かんでいる。

 星の浮かぶ瞳とハートの浮かぶ瞳がぶつかりそうになった時、本能と経験則でミカエラは立ち止まった。それ以上進めなかった。

(そうだ、私は魔女で…この人とはずっと一緒にはいられないんだ。)

 唐突に理解した。
 どんなに両想いになっても恋人になっても、ミカエラはエゼキエルと結ばれない。

「どうした、大丈夫か?」

 盾と剣を持った眩しい人が近づいてくる。光がミカエラも包もうとしてくる。

「来ないで!!」

 ミカエラは命の危機を感じて叫び、後ずさる。
 咄嗟に首元を押さえたが、まだ蘇生魔法は切れていない。

「怪我をしたのか!?」
「いや、来ないでよ!!」

 盾と大剣を投げ捨てて近づいてくる恋人を見つめるミカエラの視界が涙で歪んだ。
 泣きだしたミカエラを見てエゼキエルが止まる。まだ光は彼女に届いていない。

「どうしたんだ…」
「今はこっちに来ないでぇ…」
「ミカエラ…。」

 最初にミカエラはタコ相手に放っていた魅了魔法を解いた。それから光の粒子が来ないところへ、エゼキエルと反対側へ向かって逃げるように速足で歩く。

(一回廊下に戻って距離をとって…光の粒子が消えるまで彼に近づかなければ…)

 今は迷子になったような顔のエゼキエルに構っていられない。死体に戻らないように距離をとって、その後に対応しようとミカエラは考えていた。

 泣きながら部屋から出ようとしたミカエラに腕が伸びる。

「ひっ…」

 気が付けばエゼキエルの腕の中にいた。
 短い悲鳴を上げる彼女を抱きしめる腕に力が入った。

「今更、俺から離れるなんて許さない!」

 体躯のいい彼に抱きしめられれば、ミカエラは逃げることなどできない。暴れるミカエラの体を更に締め上げるように抱き留められた。

「え、エルく…」

 光の粒子を恐れてミカエラが振り向けば、泣いているエゼキエルがいた。剣と盾は床に転がったまま、光の粒子も消えている。

「俺が嫌いになっても、離さない…」
「あっ…」

傷つけた。
 それを察したミカエラは硬直した。抵抗しなくなった彼女をエゼキエルは床に押し倒す。

「俺から逃げないでくれ…!」

 すっぽりとエゼキエルに覆われたミカエラは行き場のない手を彷徨わせた。彼は彼女の利き手を掴んで床に縫い付けてくる。

(どうしよう…)

 深いキスをされて硬直した体から力が抜けていく。意識する繋目の首元から千切れるような音は聞こえない。安全を確認した思考は、その場に順応しやすいので次へと切り替わっていく。

(とりあえず命に危険はなさそう。謝らなきゃ…)

 首元を隠す襟元とチョーカーにエゼキエルが指をかけたところで、その手を空いている手で掴んだ

「ミカエラ…?」
「ごめんなさい。」

 謝る彼女に慌てたエゼキエルが正気に戻ったように離れた。そのまま起き上がって彼に逃げないことを示すために抱き着く。彼の胸は早鐘をうっていた。

「助けてくれたのに、逃げてごめんなさい。」

 何か言いかける彼に軽いキスをしてその胸に頬を擦り付けた。深呼吸してから言葉を続けた。

「好きよ。エル君が好き…!」
「!?」

 もう一度、今度は本心から想いを告げる。しばらくして、エゼキエルから抱擁が返ってきた。

「お前を失いたくなくて剣をとったんだ…」
「はい。」
「だから、お前がいなくなるなら何も意味がない。」
「はい…。」

 頷いて彼と抱き合う。短い命になるとしても傍にいよう、とこの時ミカエラは一瞬だけ思ってしまった。一瞬だけだが―

(生きたいから彼と恋人になった。でも生きたいなら彼に恋をしてはいけなかった…)

 すぐに彼女は自制してかつての想い人を浮かべる。

(ヴァーチェス様も生きるより、妹と一緒にいたかったから心中したのかしら…)

 もう声の聞けない人を思い浮かべて自分の早くなる心臓を押さえつける。

(私は一緒にいるより、生きることを選ぶしかない。今まで命を選んできたから、恋よりも命を選ぼう。ヴァーチェス様とは違う道をもう選んでしまったから…)

 流石に何かに気が付いたエゼキエルが抱きしめたまま耳元で聞いてきた。

「何を考えているんだ?」
「あなたとの未来を…」

 ミカエラの言葉は半分嘘で本当だ。それでもエゼキエルは嬉しそうに笑った。




 2人は並んで手をつなぎ、次の試練に向かった。

「次はだれがどこにいるかなどを教えてくれる索敵用の王冠の試練だ。」
「試練は全部でいくつあるんですか?」

 また細い廊下を進む。相変わらず地下だから薄暗く、ぼんやりと光っている。先ほどの剣は盾と同じ腕に指輪としてエゼキエルの指にはまっていた。

「四つだな。…四つ目をできれば手に入れたくない。」
「何があるんです?」

 エゼキエルが言葉を続けようとした時だった。床がうねりだし、壁にいくつも穴が開く。

「伏せていろ!!」

 言葉に反応して反射で床に伏せたミカエラの上に盾をかぶせて、エゼキエルは剣を振った。彼の斬撃に合わせるかのように壁の穴から弓矢が飛んでくる。それらが切り落とされて転がった。

(邪魔にならないようにしないと…)

 安定しない床で盾に身を隠そうとしたミカエラは、床に何度ももみくちゃに転がされた。必死に盾を掴むが、盾から針山で刺されたような感触を味合わせられた。掌はただ盾を掴んでいるだけなのに、激痛に襲われる。

 勇者の盾が死体の魔女を拒んでいるのだ。

(ブレスレットと指輪になるならこっそりロセウス国に持ち帰ることも考えたけれど、これは持ち出すどころじゃないわ…とりあえず彼に盾を渡されたから、今は手放したらだめ!!)

 飛んでくる弓矢を切り落として何かを待つエゼキエルを横目に、意地でミカエラは盾を掴んでいた。任務で何が優先かを考え、手元にある盾をじっくり観察した。

(材質はミスリル、模様は王家の紋章だけ。何も文字はない。拒まれているのは私だから?それともエル君以外は受け付けないの?)

 ふとアーヴィングではなくエゼキエルの夢の中にだけ現れた人物について考えた。エゼキエルにこだわっているなら、拒絶理由は後者だ。

(それならこんな盾もって隠れるより、床を転がって弓矢を避けた方がいい!!)

 逃亡用にミカエラは回避の訓練も受けている。この状況なら身軽な方が良いと判断した。両手は針山に刺されたような痛みがきていたが、皮膚は赤くなっただけだ。

「エル君!この盾は私じゃもてない!!」

 盾をエゼキエルに差し出して、真っ赤になった両手をみせた。飛んでくる弓矢と攻防していたエゼキエルはボロボロになったミカエラと赤くなった両手をみて、怒った顔になった。そのまま盾を蹴り飛ばし、彼女に駆け寄ってくる。

「すまない、俺の判断ミスだ。」

 ミカエラを抱き上げて今度は弓矢を避けるように動く。エゼキエルに蹴り飛ばされた盾は浮かんで移動しエゼキエルを守るように動きだす。それを冷たい目で見ながら彼は弓矢を避けた。

「この試練は10分間続く、時間いっぱい生き延びれば終わりだ。」
「それなら私は床に転がって逃げますから、エル君はエル君で逃げてください。」

 荷物になっていると思ったからミカエラは提案したのだが、エゼキエルは彼女を下ろそうとしなかった。

「一緒に逃げるほうが確実だ。勇者の道具とやらは俺にしかきかないようだからな。」
「でも…」
「これ以上ミカエラに怪我を負わせたくない。」

 飛んでくる弓を切り落とし、うねる床を飛びはねて回避しながら、彼はミカエラを守り切った。

 本当に10分ほどで細長い廊下は元の廊下に戻った。

 そして廊下の真ん中に、ヴェルデ国の国花を花冠にして銀で模したような王冠が浮かんでいた。
 王冠はエゼキエルが近づくと、頭上に輝いておさまった。彼が嫌そうに首を振れば、ずり落ちて右耳にあたりイヤリングに変わった。

「これで試練はあと一つですね。」
「あぁ…」

 気乗りしなないエゼキエルに4番目の道具について聞こうとしたが、彼の歯切れが悪い。

「…四番目は勇者の”力”らしい。」
「力、ですか。」

 これまでのような道具ではなく、力そのものを手に入れる。エゼキエルはそれを恐れているようだ。

「どういうものか俺もわからない。俺が俺でなくなったら…」
「エル君はエル君です!大丈夫、私がいますよ!」

 何の励ましにもなっていないが、ミカエラは傍にいるという意味でいった。先ほど逃げられたことも心配していたエゼキエルはその言葉を聞いて嬉しそうに笑った。

「どんな結果でも傍にいてくれるか?」
「もちろんです!」

 胸をはってミカエラは嘘をついた。
 本当にやばかったら逃げる算段を立てながら、最後の情報に警戒をしていた。

(あの光の粒子が更に増えるなら、私は死ぬ。でも試練が終われば出口が現れるらしいから、先に出口に走ってしまえばいい。鍵は私の手の中にある!)

 ヴェルデ国が隠す情報としては十分だろう。最後の力とやらを見届けて、ミカエラは祖国に帰るつもりでいた。
 ミカエラは恋心よりも命をとったのだ。

(恋人になれ、と言う任務は暴君に恋人がいないから勇者の試練が動かない。だから恋人になれ、だと思う。暴君の恋人になって国の情報機密を抜く。というのは勇者の試練がどんなものか、どんな力を手に入れたのかが重要な情報になる。だからこれで任務は終わる…)

 ようやく任務が終わる。
 ミカエラは不安そうなエゼキエルに笑いかけた。





 最後の試練はいくら歩いても来なかった。

「なにも来ないですね…」
「…」

 疲れて座り込んだミカエラの隣にエゼキエルも座る。何か知っているようだが、彼は動く気が無いようだった。

「エル君?」
「…覚悟、らしい。」
「最後の試練がですか?」

頷いた彼はミカエラの肩に腕を回して抱き着いてくる。首元にすり寄ってくる頭を撫でながら、ミカエラはあえて何も言わなかった。

「何も言わないんだな。」
「…ここでエル君と死ぬなら、それも良いなって考えていました。」
「おま…」
「冗談ですよ。一緒に国をでるんですもんね。」

 大きく笑ってエゼキエルの頭部をかき抱いた。からかわれたと思ったエゼキエルが拗ねたような声を上げる。

(本当は一緒にこの国を出る日はこない。一緒にここで死ぬ方が現実的だわ…)

 内心冷めたことを考えながら、エゼキエルをどうやって動かそうか彼女は考えていた。

(そういえば運命や奇跡を感じさせるシンクロニシティ効果が今の状況って出来るのよね…)

 あれだけ言ってもエゼキエルの中で覚悟は決まらなかった。おそらく彼自身も無意識に今の状況ならミカエラと2人きりでいられると考えている節がある。状況を分析し、じゃれてくるエゼキエルに向き直る。

「エル君、私に好きって言ってくれませんか?」
「え、なんだ急に…」
「私しか好きって言っていないと思いまして。」

 甘えるように腕の中にいるエゼキエルの頭に頬を寄せる。覚悟を決めるというなら彼の心を動かさないといけない。
 少なくとも彼はミカエラのために動く人だ。どんな覚悟でも良いのなら彼に告白させる覚悟でも良いのではないかと、ミカエラは考えたのだ。

(昔から人を動かすのは、強い心の衝動だもの。恋や愛はその最も強い心の衝動の代表に並ぶ。エル君が勇者になる覚悟を決められないなら、私に告白する覚悟を決めて貰おう。それで試練が動くかもしれない。)

 薄暗い地下で困難を乗り越えながら育む恋。シンクロニシティ効果を引き出すには十分だといえる。

「…言わなくてお前ならわかるだろう?」
「ここならだれもいません。ここから出られたら、直接言ってもらえそうな機会ないかもしれないじゃないですか。」
「ここから出たら…」

 ミカエラの言葉にエゼキエルの瞳が揺れた。彼の中で何か思うことがあったようだ。もう少し背中を押そうとミカエラは真剣な声を出した。

「好きです、エゼキエル。お願い、私を好きだと言って…」

 初めてミカエラはエゼキエルをフルネームで呼んだ。本気だと伝わるように、心をこめた。抱き合っているから相手の動揺が伝わってくる。

「ミカエラ…俺は…」

しばらくしてエゼキエルがミカエラに向き直り、覚悟を決めて告白をしようとした時だった。

「お前が…す…すすす、す!!」

 見つめるミカエラの視界でエゼキエルの頭上に大きな緑の星の形をした石が現れた。人の頭ほどもあるそれが、告白途中の彼の頭にぶつかる。

「あっ!」
「な、なんだ?知識が流れ込んでくる…」

 ぶつかった石はエゼキエルの頭部に吸収されていく。ミカエラが手を伸ばすより先に石は消えてしまった。眩暈を感じたのか、彼はミカエラに向かって倒れ込んできた。

「エル君!?大丈夫ですか、私がわかりますか?」

 力が抜け、気絶したエゼキエルの体が薄緑に発光を始めた。光の粒子が彼を優しく包んでいく。咄嗟にミカエラはエゼキエルの体を離して後ろに跳び、距離をとった。床に倒れ込んだエゼキエルはそのままうつ伏せに発光を続けている。

「首元が…!?」

 ミカエラの首から出血が始まった。肉の引きちぎれる音がする前に距離をとったからか、少量の出血で収まった。
 彼女はじりじりと後ずさって、倒れているエゼキエルから更に離れていく。

(予想していたけれどやっぱりこうなるのね…最後の試練は知識と言うことかしら?できれば内容も欲しかった。)

 倒れたエゼキエルから目を離さないように、ミカエラは遠くにいく。
 随分と歩いたから下がる分には距離をとることができる。彼女には何分か経ったように感じるが、エゼキエルが起きる気配はない。光の粒子が絶対に届かないところまで離れて観察する。

「彼が起きても光が消えなかったら、どうしよう…」

 ミカエラがメイド服のポケットを探れば鍵の束が出てきた。その中でまだ使っていない鍵を取り出す。作り立てのスペアキーを見つめて、出口が出てきていないかと顔を上げた。

 あたりを見渡して細い廊下の先を見つめる。そこで異変に気が付いた。

「エル君がいない!?」

 一瞬だけ目を離した隙に廊下の先で倒れていたエゼキエルが消えていた。その代わりに扉が現れている。ご丁寧にわかりやすい鍵口がついていた。

(これで出られる!待って、エル君はどこ?)

 外に出ようとして、足を止めた。辺りを見渡して暗い地下を探すようにきょろきょろと周囲を探す。

(このままいなくなったなら、報告に上げられない。今の彼は不可解な脅威になる!)

 エゼキエルの名前を呼び、廊下の壁に手を置いて歩き回った。一本道だが、隠し通路があるかもしれないと警戒して探す。
 どれくらいそうしていただろうか、疲れ果てて再び座り込んだミカエラの腕を誰かがつかんだ。

「エル君!?」
「良かった、あなたは彼を捨てなかった。」

 手の甲にキスを落としてくる人物は間違いなくエゼキエルだったが、雰囲気が違い過ぎた。エゼキエルは整った顔でいつも怒ったような顔をしているから、険しい顔つきになっているのだ。それが今は無く、優しそうな顔と雰囲気を出している。

「だれ…?」
「勇者だったものです。」
「勇者!?」
「ありがとう。あなたが一人で帰らなくてよかった。」

 その雰囲気はエゼキエルというより、アーヴィングを連想させた。何か自分にとっては良くない者に触れられている、と感じてミカエラは寒気を払うように腕を振り払った。

「エル君はどうしたんですか!?」
「いますよ、ここに…私はこれで消えるので安心してください。」

 儚く微笑んだ青年から優しい光の粒子があふれていく。ミカエラは両腕で首元を隠して眩しさに目を瞑った。

(死体に戻る!!)

 逃げる間もなく光に襲われた彼女は目をしばらく開けられなかった。

(どうなっているの?目を開けるのが怖い…!)

 何も起きないと彼女が感じている時に何かが圧し掛かってきた。

「え?」

 それは気絶したエゼキエルだった。光の粒子も消えていて、ミカエラの首は繋がっている。
 いや、ギリギリ繋がっている。首から大出血して首の骨だけ繋がった状態で耐えている状況だった。ミカエラが思うよりも襲ってきた光は一瞬だったらしい。

(いかなきゃ…通信すればまだ間に合う…)

 ぐらつく首を片手で支え、反対の手でエゼキエルを引きずって出口に向かう。鍵はすぐに開いた。

(これで報告できれば任務達成…)

 自身の血で赤くなったミカエラが外に出た場所は、エゼキエルの宮の外れだった。礼拝堂と真逆の位置にいる。
 外はもう月が昇り、真っ暗だった。

(随分かかったものね…あとちょっとだけ頑張ればいい…)

 ふらつく体で近くのメイドを操りエゼキエルを預け、彼女が屋根裏に着く頃にはもうキメラが魔法陣の上で待機していた。


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