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怪異とは欲望の煮凝りである

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「なにコレ意味わかんないんだけど!」

 浅川あさかわマリンは脳直で叫んだ。
 だって彼女は、ついさっきまで外にいたはずなのだ。学校からの帰り道、ちょうど友達と別れて1人になって、小さな橋を渡ろうとしたところだった。

 だというのに、今いるのは無機質な白い部屋。一人がけのソファが3つとわずかばかり物が乗ったローテーブルだけが場違いに置いてある。

 そのソファには、マリンを含む少女たちがそれぞれ身を投げ出されていた。

 マリンの混乱と焦燥の矛先は、周囲に向けられる。

「ちょっとアンタたちもなんか言いなさいよ。どっちかが犯人だったりするわけ?」
「なわけないでしょ! 私だって何も知らないってば。部室から出ただけのはずなのに」

 苛立ちを隠さずに反論したのは司波しばみなと。部活上がりらしく湿り気のある前髪を弄りながら、キッと視線を返す。
 決して友好的な態度とは言い難いが、暫定味方ではない以上悪意には悪意で返すのはおかしくない。

 2人が身を乗り出して険悪気味に睨み合うのを咎めるように、やけに冷静な残りの1人ーー比良坂ひらさか凪沙なぎさが口を開いた。

「怪異、でしょうね」
「は? 頭大丈夫?」
「怪異って、ただの都市伝説でしょ?」
「いいえ、怪異は実在する。現に、巻き込まれているでしょう、私たち」

 凪沙が言うことには、怪異とは欲望の煮凝り。感情の集合体が具現化した自然災害のようなもの、らしい。

 知的眼鏡の凪沙がもっともらしく説明すると、生来単純思考なマリンにはそんなこともあるのかと思えてくる。
 本人にさえ気付かれずに見知らぬ場所へ攫うなんて、たしかに人間技じゃなかったもんね。
 少し混乱が収まった彼女は、中身が見えそうな短すぎるスカートを整えてソファに座り直しうんうん頷いた。

 そんなマリンを、湊は引いた目で見ていた。正気を疑いさえした。
 部活で疲れた湊には、荒唐無稽な推理に付き合う元気はない。
 無意識にローテーブルの上のペットボトルに手を伸ばし、喉を潤す。自覚よりも乾いていたようで、500mlのボトルは半分ほどしか残らなかった。

 ふぅうと肺に篭った空気を全て吐き出して頭を入れ替える。

 命を奪わずに軟禁している以上、犯人にはなんらかの目的があってしかるべきなのだ。少女に何かさせたいのかもしれないし、単なる人質かもしれない。
 密室とはいえ拘束もないうえに接触もないわけだから、犯人の意図がまったくもって伝わってこない。

 怪異などという非科学的な推理に賛同しはしないが、全て怪異に押し付けてしまいたいほど謎ばかりということは確かだった。

 他方、湊の目など誰も気にせず、2人は勝手に話を進めていた。

「怪異なら、なんらかのルールに則っているはずよ。密室系なら脱出条件の限定により強固にするとかね」
「なるほどね~。じゃあ、ここも何か脱出条件があるってわけか」
「ええ。認識させた方が領域が強固になるから、どこかわかりやすいところに提示されるのがセオリーなのだけど……」

 右から左に聞き流していた馬鹿げた解説に、ふとテーブルの上に目線を向ける。
 ペットボトルを文鎮替わりに置かれた封筒が1つ。

 嫌な感じがひしひしと漂うが無視するわけにもいかず、恐る恐る封を破った。
 取り出した葉書大の厚紙を見て、湊は思わず叩きつけた。

「ふ、ふざ、ふざけないでよっ!!」

 凪沙とマリンの視線が、大きな音を立てた湊の手元に集中する。

 そこには、無機質な字で幅いっぱい使って「おもらししないと出られない部屋」と書かれていた。
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