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事件③
しおりを挟む律子と婆や、千代はとても喜んでくれたけれど、母は少し心配そうである。
「お母様、もしかして、公威さんも女癖が悪いと思ってらっしゃるの?」
律子のあけすけな物言いに、母は浮かぬ顔をした。
「大丈夫だと思いたいけれど」
「奥様のご心配も尤もでございますね」
「いやだ、婆やまで」
私は黙って会話を聞いていた。
「お父上様もお兄様も、妾を持ってらっしゃるようなお家ですからね」
婆やの言葉に、母が頷く。
「今度は本家のおば様にでもお願いして、身元調査でもしてもらいます」
「お母様ったら!」
私はびっくりして、軽く抗議の声を上げた。
「そんなこと考えたこともなかったけど、撮影所に行って気が変わったのよ。柳橋の芸者さんと、あんなに親しげにしてらっしゃるのを見ると」
母は私を見て、困ったような顔をした。
「あなたは、そういう星の下に生まれたのかしら」
律子が吹き出す。
「お母様。お母様みたいな考え方をする人がいるから、この世には怪力乱神の類でもって、他人を騙して金を巻き上げようとする人が絶えないのよ。つい最近も、新興の宗教団体が検挙されたでしょ? そういうものに取り込まれないように気をつけてください」
「りっちゃんの言うことも正しいけど、お母様の言うことも否定できないわ」
私は、スペイン風邪の大流行以来、一気に我が家を有為転変が襲ったことを思うと、不思議な運命というものも感じているのだ。
翌々日、皇族の方が閲兵に来られる日、と公威さんから伺っていた日のこと。
朝、私は公威さんから電報を受け取った。
新橋にある茶屋で、公威さんの上司に当たる佐官の方や同僚の方が、内輪で婚約のお祝いをしてくださるというのだ。
ほんの短い時間、顔だけ出してくれると、そのまま自分も宴席をお暇できるので来てもらえないか? というお誘い。
「まだ私たちは婚約もしていないのに」
戸惑う私に、「短時間ならいいんじゃない。千代はお仕事だから、婆やについて行ってもらいましょう」
母も戸惑っているみたいだ。
「帝国陸軍の佐官の方なんて、雲の上の人ですもの。公威さんも断りにくいんじゃないかしら」
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