魔風恋風〜大正乙女人生譚

花野未季

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美人審査騒動①

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 翌々日のこと、知らない人が我が家を訪ねて来た。
 その男性の差し出す名刺には、キネマの会社名が印刷されていたらしく、
「映画会社の方ですの?」
 名刺を見た母が不審げに尋ねる。

 その男性が答えて言うのには、
「突然ご訪問して申し訳ございません。実は、お宅のお嬢様に、我が社主催の美人審査に是非ともご参加いただきたい、そう思いまして」

「ちょ、ちょっとお待ち下さい! どうして、うちを?」
 慌てる母に、男性はにっこり微笑んで答えた。

「一昨日、劇場でお嬢様をお見かけし、お連れの方にお名前や学校名を伺って、すぐに調べさせてもらったわけです」

 奥から様子を伺っていた私と千代は頷き合う。
「わざわざうちまで訪ねて来るなんて、本気のお誘いだったのね」
「力が入ってますね。でも、律子様はあの通りの美貌の持ち主ですからねえ」

 母は困り果てているようだ。
 母としては、このまま玄関で追い返したいのだろうけど、そんなことで諦めてくれるかどうかわからないのだし。

 何か思案している様子の母だったが、しばらくして、男性に向かってはっきりと言った。

「わかりました。どうぞ、お上がりになって、娘が帰宅するまでお待ち下さい。直接、本人に聞いてみましょう」

「えーっ!」
 千代が大きな声を上げ、それから慌てたように両手で口を塞ぎ、小声で言った。
「参加するかどうかを、律子様にお任せするおつもりでしょうか?」

 母が男性を家に上げ、婆やがお茶の用意をしている傍らで、私と千代はそわそわと落ち着かない。

「こんな時、旦那様が居て下さったら」
 婆やがため息と共に発した言葉を、私は悲しい思いで聞いた。
 千代が困ったように言う。
「あのぅ。こんな時ですけど、私はそろそろ劇場に行かないといけないんです」

「あ、もちろんよ。千代は気にせず、早くお支度してお仕事に行ってちょうだい」
「すみません、お嬢様」
 千代はぺこりと私に頭を下げて、台所から出て行った。
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