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胸騒ぎ①
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「今日は、何かあったの?」
「実は、律子様たちと入れ違いに、合原利晴様がお見えになって」
「利晴様が?」
「単に映画を観に来られたんだと思います。まさか私が働いてる、なんてご存知じゃないでしょうし。そもそも、私のことを覚えてらっしゃるとは思えませんし」
「そうかしら。何度かお会いしてるし、覚えてらしてもおかしくないわ」
「お席にご案内した時は何も仰らず、お席につかれた時に、『君たちとはご縁があるねえ』って笑ってらっしゃいました」
「なんだか、いけ好かない言い様ね」
律子が顔をしかめる。
私も同じことを思った。
公威さんが、『あなたとのご縁を感じた』と仰った時は嬉しかったのに。人間とは勝手なものである。
「また来られたら、どうしよう。あー! 嫌な気分です」
千代までそんなことを言うなんて。
「おひとりだったの? どなたかとご一緒?」
「女の人と。私の知っている人ではありません」
千代は暗に、利晴様の “妾” であるミツさんではない、と言いたかったのだろう。
「新しいお嫁さん候補かも。公威様が、そんなふうなことを言ってらしたわ。次のご縁談があるとかって」
律子が驚いたように言った。
「呆れた。お妾さんとお子さんはどうするつもりかしら。納得して来てくれる人を探してるのかしら」
「世の中は広うございます。探せばいらっしゃるでしょうね、納得ずくで結婚してくれる人も。さあ、晩御飯にいたしましょうか」
婆やの一言で、私たちは台所から居間に移動し、食事を始めた。
お茶碗に手を伸ばしかけていた母が、ふと手を止めた。
「そういえば、りっちゃん。さっき言ったこと」
「なあに?」
「結婚って、しないといけないの? って言ったでしょ」
「ああ、あれ」
律子が含み笑いして俯いた。
「実は、律子様たちと入れ違いに、合原利晴様がお見えになって」
「利晴様が?」
「単に映画を観に来られたんだと思います。まさか私が働いてる、なんてご存知じゃないでしょうし。そもそも、私のことを覚えてらっしゃるとは思えませんし」
「そうかしら。何度かお会いしてるし、覚えてらしてもおかしくないわ」
「お席にご案内した時は何も仰らず、お席につかれた時に、『君たちとはご縁があるねえ』って笑ってらっしゃいました」
「なんだか、いけ好かない言い様ね」
律子が顔をしかめる。
私も同じことを思った。
公威さんが、『あなたとのご縁を感じた』と仰った時は嬉しかったのに。人間とは勝手なものである。
「また来られたら、どうしよう。あー! 嫌な気分です」
千代までそんなことを言うなんて。
「おひとりだったの? どなたかとご一緒?」
「女の人と。私の知っている人ではありません」
千代は暗に、利晴様の “妾” であるミツさんではない、と言いたかったのだろう。
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律子が驚いたように言った。
「呆れた。お妾さんとお子さんはどうするつもりかしら。納得して来てくれる人を探してるのかしら」
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「結婚って、しないといけないの? って言ったでしょ」
「ああ、あれ」
律子が含み笑いして俯いた。
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