魔風恋風〜大正乙女人生譚

花野未季

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第一回目の授業

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廊下に集まりつつある生徒さんたちの、好奇心に満ちた視線に私はどぎまぎした。

 裁縫科の授業は、畳の部屋で行われるので、入り口で全員が草履や靴を脱ぐのを待って、若田先生が私を紹介してくれた。

「淡路文子です。よろしくお願いします」
 正座のまま頭を下げると、生徒さんたちも丁寧にお辞儀を返してくれる。
 その様子には、落ち着きや穏やかさがあった。

 若田先生はよく通る声で、生徒さんたちに語りかけた。
「一年の総仕上げの第一回目、今日は布地の裁断です。間違えないよう落ち着いて、でも落ち着きすぎないようにやりましょう」

「まあ! うふふ」
 生徒さんたちの中の誰かが、若田先生の言葉に反応して笑った。

「先生、それは無理ですわ」
「落ち着いて、でも落ち着きすぎないようって。難しい」

 裁縫科は、若田先生のお人柄もあるのだろう、和やかで楽しげに勉強しているみたいだ。

 前もって小使いさんが運んでくれてあった、反物が入ったぼて箱の周りに生徒さんたちが群がってきた。彼女たちは、小声で笑いさざめきながら、めいめい好きな反物を選び取っていく。

真剣な表情で課題に集中している生徒さんたちを見ていると、私は今までこんなふうに何かに取り組んだことがあるだろうか、と思った。

「ね? 私たちがすることってないでしょう?」
 若田先生が小声で話しかけてくる。
「ええ、本当に」
 私も小声で答える。

「一年前は浴衣くらいしか縫えなかった人たちが、なんでも縫えるようになっているんですよ」
「すごいですね。……先生、恥ずかしいことですけど、私は振袖なんて縫ったことありません」
 私は、若田先生のほうに少し身を乗り出すようにして囁いた。

「そう。でも、文子さんは助手ですから、そんなこと気にしなくていいわ。新年度は他科の助手に回ることになるかもしれないし。居てくれるだけで、生徒さんたちが安心するような存在になってほしいの」
 若田先生は優しく言ってくれた。

 時折、「先生」と、若田先生を呼ぶ生徒さんの声がして、その都度先生は生徒さんのそばに行って、質問に答えている。
 私も立ち上がり、生徒さんたちの背後から彼女たちが作業するのを見て回ることにした。本当に見て回るだけしか出来ないのだが。

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