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結局、取手のおじ様の奔走もむなしく、「嫌がるものを無理矢理まとめるわけにはいかない」という青山様の鶴の一声で、結婚は無しになった。私はほっと胸を撫で下ろす。
一週間後、私は改めてお詫びするため、母とふたりで合原家を訪れた。
利晴様はお忙しいとのことで、家を仕切っている執事の中田老人と、番頭格である河下さんという方が面会してくれた。
『書類は整い次第、後日代書人の下で捺印等の事務手続きをする。その書類は商売に関することのみ、破談については一切不問にする』といったことを河下さんは説明してくれた。
中田さんは、いつぞやうちに来てくれた時と違って口数少なく、意気消沈といった様子で、終始暗い顔をしていた。
事務的な話を終えた時、中田さんが「お嬢様に失礼なお申し出を致しまして、申し訳ございませんでした」と頭を下げてくれた。
公威さんが間に立って説得して下さったのだろうか。『私に任せて下さい』と仰った公威さんのお顔を思い出すと、胸が熱くなった。
「年寄りの繰り言と流して下さって宜しいのですが」
中田さんは、私をじっと見据えて話し始めた。
「奥様というものは家の要でございまして。亡くなられた先代の奥様は立派なお方でした。旦那様がよそでこしらえた公威坊ちゃんを文句ひとつ言わずお引き取りされて……」
結局、小一時間、彼の話は続いた。利晴様のご両親、主にお母様の生前のお振舞いについてのお話だった。
私は神妙に相槌を打ち、合原家から解放された時には、生まれて初めて “肩こり” というものを感じていたほど。
帰る道すがら、母はずっと怒っていた。
「中田老人は本当に嫌な人ね。利晴様のお母様は、妾の産んだ子を引き取って育て上げ、内助の功で立派に家を守られたって。それが何だって言うの! 文子に同じことをさせるつもりだったのね、忌々しい」
「そういうことだったの!」
迂闊なことに、私は全然気づかなかった。
「文子さんたら」
母は笑った。
「あなたはまだ幼いのね。世間の人って、存外悪どいものなの」
母は吐き捨てるように言った。
一週間後、私は改めてお詫びするため、母とふたりで合原家を訪れた。
利晴様はお忙しいとのことで、家を仕切っている執事の中田老人と、番頭格である河下さんという方が面会してくれた。
『書類は整い次第、後日代書人の下で捺印等の事務手続きをする。その書類は商売に関することのみ、破談については一切不問にする』といったことを河下さんは説明してくれた。
中田さんは、いつぞやうちに来てくれた時と違って口数少なく、意気消沈といった様子で、終始暗い顔をしていた。
事務的な話を終えた時、中田さんが「お嬢様に失礼なお申し出を致しまして、申し訳ございませんでした」と頭を下げてくれた。
公威さんが間に立って説得して下さったのだろうか。『私に任せて下さい』と仰った公威さんのお顔を思い出すと、胸が熱くなった。
「年寄りの繰り言と流して下さって宜しいのですが」
中田さんは、私をじっと見据えて話し始めた。
「奥様というものは家の要でございまして。亡くなられた先代の奥様は立派なお方でした。旦那様がよそでこしらえた公威坊ちゃんを文句ひとつ言わずお引き取りされて……」
結局、小一時間、彼の話は続いた。利晴様のご両親、主にお母様の生前のお振舞いについてのお話だった。
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「そういうことだったの!」
迂闊なことに、私は全然気づかなかった。
「文子さんたら」
母は笑った。
「あなたはまだ幼いのね。世間の人って、存外悪どいものなの」
母は吐き捨てるように言った。
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