魔風恋風〜大正乙女人生譚

花野未季

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逃亡

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「おや、合原の坊ちゃん」
 そう返事したのは俥屋のご主人だろうか、年輩の人だった。

「夜分すみませんが、このお嬢さん方をご自宅まで届けてもらえませんか? ちょっとややこしい事情がありまして。追っ手があるかもしれないので、出来るだけ裏道を選んで行っていただきたいんですよ」

「ようでがす。坊ちゃんのお頼みとあれば」

 行き先や代金について話している間、私と千代はひたすら俥屋のご主人に頭を下げ続けた。
 ご主人は奥に向かって人を呼んでから、通用口から顔だけ出して、表の道をきょろきょろと見回している。

 奥から若い車夫さんが出てきて門を開け、俥を二台仕立ててくれた。

「無理を言ってすみません」
 公威さんは、私達以上に深く頭を下げてくれている。それから彼は、私に言ってくれた。

「さ、急いで。後のことはご心配なく!」

 私達を乗せ、人力車は出発した。
 私はもう一度、公威さんにお礼を言いたかったけれど、思いのほか早い速度で俥が走り出したので、それはかなわなかった。

 俥は雪の残る道をものともせず、軽快に走って行く。遠回りしているのか、途中でどこを走っているのかわからなくなったりもしたけれど、次第に見慣れた景色が見えてきた。

 私はホッと息をつく。
 自分では気づかなかったけれど、相当緊張していたのだろう。体全体がかちこちに固まっているように感じる。
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