魔風恋風〜大正乙女人生譚

花野未季

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音楽会

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 音楽会当日、婆やに勧められた私は、大輪の薔薇が描かれた訪問着を着ることにした。律子は、通学着である矢羽やばの小紋に、燕脂えんじの袴姿。髪型はお揃いである。束ねたお下げに、薄い桃色のリボン。

「お姉様、すごく綺麗! お召し物も綺麗だけど、それに負けてないわ。あーあ、私も訪問着が着たいなぁ」
 律子は私を見て大仰おおぎょうに誉めてくれたが、すぐに口を尖らせる。

「律子様は、まだ女学校に入学されたばかりですから、こちらの方が可憐でお似合いですよ」
 婆やはそんなふうに言って、律子をおだてた。

 音楽会は、女学校の講堂で開かれるので、私たちは胸を弾ませ女学校までの道を急いだ。
 全開になった講堂の前には、既に大勢の人が順番待ちをしている。そこで本日の演目表プログラムを渡された。

 席についてから、それをじっくりと眺めてみた。
 私はてっきり、オーケストラの演奏を楽しむものだと思っていたが、演目は浅草オペラで上演されている歌劇であった。

 いざ始まると、本職の歌手が一堂に会して演じる歌劇は、それはそれは素敵で、私たちは興奮しっぱなし。
「今をときめくスタァの田谷力三でんりきまで来てるとは、さすがは川野様の御威光ですなあ」
 幕間で、私たちの後ろに座っている男性の話す声が聞こえてくる。

「きょう来られている音楽家さんたちは、有名な方ばかりなのかしら?」
 私たちは、浅草オペラというものの存在は知っていても、浅草に行ったことがほとんどないので、流行に疎かった。

「浅草十二階っていうすごい建物があって、そこの地下や近くにある演芸場では、毎日こんな催しが開かれているそうですよ」
「へえー、千代は物知りね。行ったことあるの?」
「いいえ、あるわけないです。一度浅草オペラを観たかったので、今日は嬉しいです!」

 千代の顔は紅潮していた。
 千代は、私より一つ下で律子より一つ上。
 小学校を出てすぐ、うちに奉公に来て住み込みで働いている。千代が来た日からすぐ、私たちは仲良くなって、三姉妹のように過ごしていた。
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