魔風恋風〜大正乙女人生譚

花野未季

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招待状

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 おじ様が帰られたあと、私は呆けたようになって、自分の部屋に戻った。
 なんとなく落ち着かない。

 部屋の棚に並べてある雑誌の中から、吉屋信子の “花物語” が収められている少女画報を手に取った。手すさびにパラパラとめくるけれど、物語の中身は頭に入ってこない。

『私たち、これからどうなるの?』
 律子の言葉が甦る。
「お父様」
 懐かしい父の顔を思い浮かべる。

 スペイン風邪は本当に辛かった。熱で夢うつつだった時、私はもう死んでいるのじゃないかしら? などと思ったくらい。
 いっそあの時、私もお父様と一緒に……。
 だめだ、そんな気弱なことを考えちゃいけない。

 物思いに耽っていると、ふと部屋の外が賑やかなのに気づいた。
 何事? と襖を開けると、千代と律子が興奮したように声高に話している。

「どうしたの? 何かあったの?」
「あっ、お姉様! さっき女学校のお友だちが来て、こんなものをくれたんです」
 律子は、薄紅色の封筒のような物を私に見せた。

「招待状です」
「招待状?」
「女学校の卒業生である、川野子爵夫人主催の音楽会が開かれるんですって」
「それは素敵ね」
「お姉様も一緒に行きません?」

 楽しそうではあるが、あまり気乗りがしない。招待されたのは律子であるし、家が大変な時であるし。

「招待状一通につき、三人まで参加できるんですって。ねえ、千代と三人で行きましょう?」
 少し心が動いたが、私が決めかねていると、
「お行きなさいませ」
 婆やの声がした。

「婆や、聞いてたの?」
「律子様のお友だちのお声が大きくて、奥まで筒抜けでしたよ」
 婆やの言い方は非難するようではなく、優しさのこもった言い方であった。

「浮世は憂き世、と申します。嫌なことやお家のことは忘れて楽しく過ごすのも、若いうちには必要なことでございますよ。千代、お嬢様たちのことは頼みましたよ」
 婆やはそう言って、にっこりした。
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