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火の玉の話
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『火の玉』は、最近ではもう正体も割れてしまい、霊的現象とは言えなくなってしまった。
おかげで怪談話に登場することもめっきり少なくなってしまい、落語・講談といった古典芸能の「怪談噺」にしか残っていないようである。
しかし、『東海道四谷怪談』しかり『牡丹灯籠』しかり、幽霊登場シーンには、必ず先導役として火の玉は現れる。
そこで今回は、火の玉の話をさせてもらうこととしよう。前回と同様、相当古い話である。
昭和の初め頃の徳島市でのお話。
徳島市は、現在でも地方の小さな都市とは思えないほど、華やかな歓楽街がいくつも存在している。
その一つである秋田町の一画に、戦前は多くの料理屋が並んでいた。
料理屋とは、芸者を呼んで宴会する場所のことである。大抵は近くに酒屋や肉屋、魚屋などもあった。
ある日のこと、とある料理屋の二階大広間で、名士を集めて賑やかな会合が行われていた。そろそろ終了時刻となった時、今日の宴席の主役が「ではおひらきに、みんなで阿波踊りを踊ろう」と言い、立ち上がって踊り出した。芸者の細棹が『よしこの』という阿波踊りの伴奏曲をつま弾き始め、何人かそれに合わせて楽しそうに踊り始めた。
すると、飲みすぎていたのか、ふらつく足で踊っていた恰幅のいい男性が、突然その場に倒れこんだ。
ガシャーン、ガシャガシャとお膳をひっくり返し、男性は仰向けにのびている。
皆驚き慌て、「医者を」「あ、今日〇〇さん来てたな」と、料理屋に来ているはずの医者の名前を呼んだりして大騒ぎだ。
一方、倒れている男性は目を半開きにしてピクリともしない。
顔色も青黒く、芸者のひとりが男性の手を取って「◎◎さんの手、冷たい! 息もしてない」と叫んだ。
おそらく心臓発作であろうが、現代のようにAEDも置いていないので、「早く病院へ」「いや、動かさんほうが」と騒ぐばかり。
その時、料理屋の女将が「ヒイッ!」と引きつったような叫び声をあげた。
女将が震える手で指差しているのは、廊下のほう。全員がその先を見ると、なんと火の玉がゆらゆらしている。やがて火の玉はゆっくりと動き出し、廊下から階段へと移動した。
「あ、これはあかん」
誰かが叫び、その声で客たちは階段を駆け下りる。
やがて火の玉は上下動を繰り返し、不規則な動きをしつつ表に出た。
「捕まえて! 誰か、それ捕まえて」
料理屋に残っていた古手の芸者が二階の窓から通りを歩く人に叫ぶ。
その時、騒ぎを聞きつけて検番(芸者斡旋所)から飛び出してきた若い芸者が、火の玉を左袖で見事にキャッチした。瞬間、倒れていた男性が「プハッ」と息を吹き返し、パチパチ瞬きする。
その場にいた全員が、その芸者の度胸のよさを讃えて拍手喝采を送った。
その後、息を吹き返した男性の世話で、命の恩人たるその芸者は資産家の家に嫁いだ、というのは後の話だが、その火の玉が彼の魂だった、というふうに解釈される話である。
当時、そういう話はよくあったらしく、左袖でないと捕まえても生き返らないとか、火の玉は最初ゆっくり進み、ある時から猛スピードで逃げるので早めに捕まえないといけないなどという、嘘か本当かわからない話も聞いたことがある。
どちらにしても、『火の玉=人魂』と信じられていた頃の噂話ではある。
火の玉の正体は、動物の骨などに含まれる燐が燃えて発火しているものなので、現代の都会の街並みでは見られないし、きれいに整備された田舎の墓周辺でも、もはや見られることはないであろう。
火の玉目撃談の減少と共に、のんびりとして、どこかコミカルな怪異譚も少なくなってきたように感じる。
おかげで怪談話に登場することもめっきり少なくなってしまい、落語・講談といった古典芸能の「怪談噺」にしか残っていないようである。
しかし、『東海道四谷怪談』しかり『牡丹灯籠』しかり、幽霊登場シーンには、必ず先導役として火の玉は現れる。
そこで今回は、火の玉の話をさせてもらうこととしよう。前回と同様、相当古い話である。
昭和の初め頃の徳島市でのお話。
徳島市は、現在でも地方の小さな都市とは思えないほど、華やかな歓楽街がいくつも存在している。
その一つである秋田町の一画に、戦前は多くの料理屋が並んでいた。
料理屋とは、芸者を呼んで宴会する場所のことである。大抵は近くに酒屋や肉屋、魚屋などもあった。
ある日のこと、とある料理屋の二階大広間で、名士を集めて賑やかな会合が行われていた。そろそろ終了時刻となった時、今日の宴席の主役が「ではおひらきに、みんなで阿波踊りを踊ろう」と言い、立ち上がって踊り出した。芸者の細棹が『よしこの』という阿波踊りの伴奏曲をつま弾き始め、何人かそれに合わせて楽しそうに踊り始めた。
すると、飲みすぎていたのか、ふらつく足で踊っていた恰幅のいい男性が、突然その場に倒れこんだ。
ガシャーン、ガシャガシャとお膳をひっくり返し、男性は仰向けにのびている。
皆驚き慌て、「医者を」「あ、今日〇〇さん来てたな」と、料理屋に来ているはずの医者の名前を呼んだりして大騒ぎだ。
一方、倒れている男性は目を半開きにしてピクリともしない。
顔色も青黒く、芸者のひとりが男性の手を取って「◎◎さんの手、冷たい! 息もしてない」と叫んだ。
おそらく心臓発作であろうが、現代のようにAEDも置いていないので、「早く病院へ」「いや、動かさんほうが」と騒ぐばかり。
その時、料理屋の女将が「ヒイッ!」と引きつったような叫び声をあげた。
女将が震える手で指差しているのは、廊下のほう。全員がその先を見ると、なんと火の玉がゆらゆらしている。やがて火の玉はゆっくりと動き出し、廊下から階段へと移動した。
「あ、これはあかん」
誰かが叫び、その声で客たちは階段を駆け下りる。
やがて火の玉は上下動を繰り返し、不規則な動きをしつつ表に出た。
「捕まえて! 誰か、それ捕まえて」
料理屋に残っていた古手の芸者が二階の窓から通りを歩く人に叫ぶ。
その時、騒ぎを聞きつけて検番(芸者斡旋所)から飛び出してきた若い芸者が、火の玉を左袖で見事にキャッチした。瞬間、倒れていた男性が「プハッ」と息を吹き返し、パチパチ瞬きする。
その場にいた全員が、その芸者の度胸のよさを讃えて拍手喝采を送った。
その後、息を吹き返した男性の世話で、命の恩人たるその芸者は資産家の家に嫁いだ、というのは後の話だが、その火の玉が彼の魂だった、というふうに解釈される話である。
当時、そういう話はよくあったらしく、左袖でないと捕まえても生き返らないとか、火の玉は最初ゆっくり進み、ある時から猛スピードで逃げるので早めに捕まえないといけないなどという、嘘か本当かわからない話も聞いたことがある。
どちらにしても、『火の玉=人魂』と信じられていた頃の噂話ではある。
火の玉の正体は、動物の骨などに含まれる燐が燃えて発火しているものなので、現代の都会の街並みでは見られないし、きれいに整備された田舎の墓周辺でも、もはや見られることはないであろう。
火の玉目撃談の減少と共に、のんびりとして、どこかコミカルな怪異譚も少なくなってきたように感じる。
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