姫の歳月〜貴公子に見染められた異形の姫は永遠の契りで溺愛される

いっちひめの涙

　先程とは比較にならないほどの騒ざわめきと衝撃が辺りを包む。
「お待ち下さい！」 
　いっちひめが立ち上がった。
　山蔭卿のほうを見て「宰相君を頭領に？」そう呟いたあと、彼女はその場にへなへなとくずおれた。

「いっちさま、大丈夫？」
　にのさまが叫んだが、誰もそちらには構わない様子で、満座の注目は山蔭卿と頭領の君に向けられている。

「そんな！ 父君！」
　頭領の君は山蔭卿に抗議の声を上げるが、父の真面目な顔を前にすると、それ以上は何も言えなくなったようで、黙って項垂うなだれた。

「兄君！ 宜しいのですか！？」
　二の兄君と三男の君が、焦ったように頭領の君に問うが、頭領の君は頷くだけであった。
「父君のお決めになったことだ。逆らえるわけがない」

　頭領の君改め長男の君は、失神しているいっちひめに構わず、主殿からさっさと出て行ってしまう。途中、彼は苦々しげに一度だけ、広間を振り返った。

　混乱した状況の中、いち早く倒れているいっちひめの傍そばに駆け寄ったのは、姫であった。
「いっちさま、失礼いたします」

　姫は、うつ伏せに倒れているいっちひめの背中を軽く叩くように撫でた。何度も何度も。
　しばらくして、いっちひめはパチと目を開けた。
「私、どうしたの？」

　目の前に、憎たらしい姫が困ったような顔をして座っている。
　姫は、いっちひめの両手を優しく撫でている。彼女の目は慈愛に満ちあふれていた。

　その頃には、にのさまとさんのみやもいっちひめの近くに侍していた。
「もう少し……」
「なあに？ お義姉さま？」
　にのさまが顔を近づけて尋ねる。いっちひめの顔は、ほんのりと赤かった。

「もう少しの間、撫でていて。気持ち良くて落ち着くから」
　いっちひめは甘えるように言って、はらはらと涙をこぼした。