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宰相君

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「四人の息子たちのうち、上の三人は既に良き伴侶を得て幸せに暮らしているのだが、末息子は女に全く縁がないのだ。見目良し、さがは素直。知力体力共に並外れており、器用になんでもこなす。漢学のざえも優れておるというのに」

 山蔭卿がそう嘆いている、ということは、姫は朋輩たちから聞いて知っていた。
 まだ、その宰相君にはお目にかかったことはないけれど……。眠気をこらえ、姫は彼のために湯を沸かしていた。

 そんな彼女の背後に、ひとりの男がそっと忍び寄っていた。姫に下衆な下心を抱いている湯殿の役人である。
 彼はいきなり姫に抱きついて、胸乳むなちを触ろうとした。しかし、その目論見もくろみは果たされなかった。

 一瞬のことだ。姫は何が起きたかよくわからなかった。
 突然背後から何者かが抱きついてきて、気持ち悪い鼻息を頬に感じた瞬間、そいつは悲鳴を上げて吹っ飛んでいた。

「何をしている!」
「あっ、こ、これは宰相君さいしょうのきみさま! どうぞ、お許し下さい。この事は、どうか内密に」
「いや、言うてやる。屋敷中に言いふらしてやるわ」

 どうやら自分は危ない目に遭いかけて、宰相君が助けてくれたらしい。
 姫は恐怖と驚きで、がたがた震える。今にも気を失いそうであった。

「お願いです、お見逃し下さい。こんな化生けしょうに手を出そうとしたことが知れたら、皆から馬鹿にされ笑われてしまいます」
「はあ? 馬のクソみたいなつらしてる奴が、この子を化生呼ばわりとは笑わせやがる」

 宰相君は怒り狂っているのか、乱暴な口調である。
「見ろ、可哀想に! こんなに怯えて」
 彼は、役人に対して怒りの表情を崩さず、姫を優しく助け起こそうとした。

 宰相君の手が姫の肩に回された時、姫の全身が熱くなった。まるで体じゅうの血が沸騰するような感じ、とでもいうのだろうか。
 ついさっき、役人上司に触られた時と違い、心地良ささえ感じる。

 それは目の前の宰相君も同じようで、彼は目を大きく見開いて「あなたは……」と呟いたのだ。
 宰相君が呆然となっている隙に、役人ゲス野郎はこそこそ逃げ出して、今は二人きりとなっていた。

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