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彷徨う姫
しおりを挟む姫を引き上げてみたものの。
漁師は途方に暮れた。
「マズいもん、釣り上げちまったな」
嘆息する彼に、姫は何度も土下座する。
「ああ、いいんだ。仕方ねえ。しかし、お前さんは何故、そんな怪体な格好してるんだ?」
姫は少し水を飲んでいたし、苦しくて息も絶え絶えであるから喋れない。
漁師は困ったように言った。
「口がきけねえのか。…… そこの岸に着けるからよ、悪りぃけども降りてくれるか?」
姫は鉢頭を大きく上下させた。
漁師の舟を降り、川岸で姫は何度もお辞儀して漁師を見送った。
長い棹を器用に操りながら、漁師は姫のほうを振り向いた。
(妖? いや、違うな。なんとなく高貴な人のような気がするが)
仮に今日、ボウズとしても、良い土産話が出来たな、と彼は思ったのだった。
ーー助かったのは、観音様の思し召し。そう思うしかない。
遠ざかる漁師の舟を見送っていた姫は、しばらくの後、再びとぼとぼと歩き始めた。
あてどなく歩いているうちに、姫は京の外れに行き着いた。すれ違う人たちは、一瞬立ち止まったり、ヒソヒソと囁き合ったりするが、姫は奇異な目で見られたり、爪弾きにされることには、もう慣れっこなので無感情である。
そんな姫の姿を、さる高貴な方が興味を持って眺めていた。
その方は山蔭中将という方で、大変な権勢を誇る藤原氏の一族であり、その地方の国司であった。彼は風流を解する方で、この日は歌を詠むために、従者をひとりだけ連れて出かけようとしていた。
「奇妙な格好のむすめが歩いておる」
山蔭卿は門の内側で立ち止まり、呟いた。
「は? 何と仰いましたか?」
「あれを見よ」
山蔭卿の後ろから姫を見た従者の明石左馬介は、
「うわ……」
と言ったきり黙り込んで、卿の次の言葉を待った。
「明石、あの者を連れて来てくれ」
「ええ? 連れて来るのは構いませんが、どうなさるおつもりで?」
「いや、とりあえず話をしてみたいだけだ」
明石は姫の後を追いかけて、背後から「もし、そこのお人!」と声を掛けた。
【註】
国司)地方行政を任されている行政官、現在の知事のような地位にある人
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