上 下
2 / 2

後編

しおりを挟む
 「刃、は、はぁ?」
 ここはどこ?
 暗闇が私を包んでいる。
 ザクザクペタペタという、土をこねくり回しているような音が聞こえる。
 ぼんやり灯る小さな蝋燭の炎が見える。

「院長さま、申し訳ありません」
 その声はセバス?
「こんなことになる前に、なんとか手を打つべきでしたよね」
「そうね、不良どもという悪の種を放置したのが失敗だったのよ」
「そうですね。…………は?」
「セバス」
 私がセバスらしき人物に声をかけたら、
「うわあああ!」
 彼は悲鳴を上げて腰を抜かしたようだった。

「た、助けて」
 セバスは大きく目を見開いて、私に向かって十字を切った。 
「どうしたの?」
「ど、ど、どうしたのって! ゆ、ユーレイ!」
「幽霊?」
「院長の幽霊! 貴女さまは死んだんですよ! ホラ、ここにご遺体も!」
「うん、知ってる。でも、私は戻ってきたみたいよ。……あら?」

 土の間からぼんやりと、萎れた花束と白い手らしき物が見える。
「これって」
「院長、貴女さまですよ」
「え? 私、死に戻って来たと思ったけど、違うの? 私って幽霊なの?!」
 びっくりした私は、セバスにすがりついて彼の体を揺さぶった。
 彼の頭がガクンガクン揺れて、彼は文字通り目を白黒させている。
「院長、ちょっと! ちょっと!」
「なあに?」
「幽霊なのに、やけに質感ありますね」

「やっぱり。幽霊なんかじゃないのよ! きっと私、死んでないのよ。戻ってきたのよ」 
「あっ! 本当だ、ご遺体が無い。さっきまであったのに消えている!」
 私が言うのと、セバスが驚きの声を上げたのはほぼ同じタイミングであった。

「やったあ! 私、帰って来れたのね。……でも中途半端だわ。もう処刑済みなのね」
 私はがっかりした。
「しかし、不思議なこともあるもんですね。物語で読んだことはあるんですが、人生やり直しって、本当にあるんですか?」
「うーん。でも、無理よね。もう処刑されて死んだ後に戻って来たなんて。どういうこと? ところでセバス、あなたは何をしてるの?」

「私は、院長と約束したことを忠実に守っているわけで」
「私と? なんの約束?」
「処刑前に貴女さまは仰いました。私の遺体が食い荒らされたりしないよう、時々見に来てって」
「そうだったわ。ごめんなさいね、いやなお願いしてしまって」

 この国では、犯罪者はまともな墓に入ることが出来ない。適当に穴を掘ってそこに放り込まれるだけ。だから、大半が野生動物に食い荒らされてしまう。運が良ければ、そのままの状態で土に還ることができるが。
 私は死後に、自分の遺体がそんな酷い目に遭うなんて考えたくもなかった。

「院長のご遺体を、他の連中犯罪者連中とは別の場所ここに移動させていたんです」
「そうなのね、ありがとう」

 私は神に背くようなことはしていない。
 むしろ、困っている人を助け、清廉潔白に生きていたというのに。
 本当に清く正しく美しく。はぁ……(ため息)。

「私は処女だったのよ」
「何ですか、突然」
「しょ・じょ! 私くらいの年なら、結婚して2、3人子供がいてもおかしくないのに!」
「でも、それはご自分で選んだ道なのでは……」
「それはそう。ただ、そんな清らかな私が、悪魔だのドすけべだのと、汚名を着せられているなんて我慢できない! 汚名を返上し、もう一度きちんとした修道院を作りなさいって、神様が私に死に戻りの機会を与えて下さったのだわ、きっと」

「しかし、ややこしい事態ですよ。貴女さまはもう処刑されて亡くなっている。少なくとも、我々はその時間軸で生きています。貴女さまだけが、復活してやり直そうとしているわけで。難しいんじゃないですか?」
「そうよねー。どうしたらいいのかしら。でも、悪党どもは死に戻っては来てないわよね? 多分。清く正しい修道院を再建することは出来るはず」

「いや、でも、もう一度断罪されるのではないですか?」
「この国の法律では、一度処刑されても生き延びることができたら、もう二度と処罰されることはないはず。……実際には首を刎ねられて助かるなんてことはないんだけど、庶民レベルでは絞首刑や火刑だから、運良く助かる場合も過去にはあったはずよ」

 私は必死で考える。……そうだ!
 首を刎ねられても生きている(実際は、一度死んで戻ってきた私だけど)なんて、『奇蹟』じゃないかしら。そうよ、これを奇蹟と呼ばずして何を奇蹟と呼ぶの。

「大司教さまにお手紙を書くわ」
「大司教さま宛に? 何て書かれるのですか?」
「聖マドレーヌ修道院長フォンテーヌ・ド・サンテクスは斬首ざんしゅされましたが、なんと生きています。これは、私を死なせまい、修道院長としての職務を全うせよ、という神様のご意志かもしれません……って」
「なるほど、処刑を逆手に取るわけですね」

 私とセバスは急いで修道院に戻り、真夜中にも関わらず、修道女や使用人を聖堂に集めることにした。
 なんとか修道院は存続されていたが、修道女の大半が親元に帰ったり他の修道院に移ったりして、修道院はすっかり寂しくなっている様子だった。

 夜中に叩き起こされ、大欠伸をしながら最初に聖堂に入ってきた修道女は、私を見るなり硬直して失神し、そのまま後ろに倒れた。
 後に続く修道女たち、全員同じ反応である。
 彼女たちが気がつくのを待って、私は出来るだけハキハキと言った。

「驚かないで。私は幽霊でも妖魔でもありません。フォンテーヌです。神のご加護で、私は斬首されても無事でした。再び、この修道院の守護神として真摯に、地域の皆さまに愛される修道院作りに励みます」
「……議員にでも立候補されるのですか?」

 セバスのツッコミは無視し、私は修道女や使用人たちに、滔々とうとうと、自分の無実や今後の展望を述べた。
 最後には、聖堂に集まった全員が拍手してくれ、中には感動の涙を浮かべている者もいたくらい。

 それから私は、大急ぎで書いた手紙を大司教さまに届けて、お返事を待つことにした。
 大司教さまからのお返事は、
「信じられないことだが、フォンテーヌ・ド・サンテクスが生きているというのなら、まさに聖女。もちろん、無実も証明された。すぐにでも我々の元に来て、しかとそのお姿を拝見させてほしい」
 という内容だった。

 行きましょう、首都へ。
 私とセバスは、旅支度をして首都へ向かう。沿道には、私の姿を一目見ようとしている市民が溢れかえっていた。彼らはひざまずいて、祈りを捧げてくれ、私に向かって花を投げてくれる。花びらが、私の全身に降り注ぐ。
 私はにこやかに微笑んで手を振った。

「なんて気高い!」「お美しい!」「尊い!」という声が、至る所で発されている。中には、地面に頭を擦り付けるこすりつけるようにして拝んでくれている人もいた。
(気持ちいー!)
 私は、絶叫したい気持ちをこらえるのに必死である。

 それにしても、どこに行っても沿道を埋め尽くす人、人、人。
「どうして、こんなに人が集まっているんだろう?」
「事前に『奇蹟の修道女、現る!』みたいな噂をバラ撒いておきました。噂が噂を呼んで、ってヤツが一番効果的ですから」
「なるほどねー」
「大司教さまも国王陛下も、そういう民衆から沸き起こったムーヴメントは無視できないはずです」
 セバス、有能すぎる!

 首都に到着した私たちは、すぐに大司教さまと国王陛下に謁見した。
 結果、 “ 聖女 ” として認定され、無事汚名返上! 
 聖マドレーヌ修道院の運営を続けることも認めて下さった。
 感動した面持ちの国王陛下は、私を抱きしめてくれたくらいだ。

「どうなることかと思ったけど、よ、よかったわ」
「院長、どうされました? ご気分が優れないご様子ですが」
 実は、首都に着いたあたりから、私は具合が悪かった。

「な、なんでもないわ。少し疲れてるのね。一度死んで帰ってくるなんて、思ったよりハードな作業だったのかもしれないし」
「お顔の色がすぐ……わっ!」
 セバスが驚愕している。

「どう、し、た、の?」
 吐き気がして口を押さえる。
「ゴボッ」
 私は血を吐いた。首の辺りが生暖かいような気がする。汗が噴き出してる。え? 汗じゃない、血?
 眩暈めまいがして立っていられない。おかしい。頭が、首が、ふらふらゆらゆらしている。

 ごとん。

「ぎゃあああー!」
「な、何があった!」
 遠ざかる意識の中で私は見た。正確には、泡を吹いて倒れた国王陛下と大司教さまと目が合った。
「く、首がこっち見てる!」
 それだけ言って、国王陛下は白目を剥いて意識を無くしたようであった。




 ーーーー

「はっ!」
 シャーッとカーテンが開けられて、セバスがにこにこと微笑んでいる。
「おはようございます、院長」
「おはよう、セバス」

 なんて怖い夢を見たのかしら、おぞましい。
 どうやらここは、聖マドレーヌ修道院、私の寝室?
 鳥の囀りさえずりが響き、明るい陽の光がカーテン越しに私を包み込む。

 夢なんかじゃない。
 私は無実の罪で処刑され、中途半端に死に戻ってしまったため、再び死んで。
 でも、どうやらまた死に戻って来たみたいだわ。

「セバス、教えて。私は世間から何て呼ばれてる?」
「急にどうされました?」
「いいから。今度は上手くやらなくてはいけないの」
「上手く?…… 依然としてこう呼ばれています、『美しすぎる修道院長』と。でも……」
「でも?」
「申し上げにくいのですが、ごく一部での噂にすぎないのですが、『どスケベ修道女』と呼ばれてるとか」

 あちゃー!
 早く悪の種子を追放し、根回しせねば。
「こうしちゃいられねー。今度はまだ間に合うはずよ」
 フォンテーヌ・ド・サンテクスは、がばとベッドから起き上がる。



【Fin】
しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

1 / 3

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

注ぐは、水と

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

目を開けると、そこは天界でした。~転生したら天使でした。

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:10

何処へいこう

現代文学 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:15

白ギャルの秘密はVRMMOで

SF / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:2

Serendipty~セレンディピティ~偶然がもたらす思わぬ幸運

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:1

処理中です...