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ささやかな不満?

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 結局その夜も、夢のような楽しいひとときを過ごすことができ、月が中空高く昇る頃に宴はお開きとなった。
 城館の人たちは名残惜しげに、「おやすみなさい」「おやすみ、良い夢を!」と、口々に言葉を交わし合い、それぞれの部屋に帰って行く。

 私とフェリスも、暗い中庭を歩いて自室へ戻った。
 途中、フェリスがしみじみと、
「お嬢様、ワインって美味しいですね」
 と言うので、私は笑ってしまう。
「あなたの歳で、お酒の美味しさに目覚めてしまうなんて、リヒャルト様も罪作りだわ」

「リヒャルト様の葡萄農園、行ってみたいなあ」
「とても広大な敷地らしいわ。城館だけでなく、カザールの特産品の超高級ワインとして、我が国だけでなく周辺国にも流通しているとか。それも王侯貴族向けとして」
「えっ! そんな高級なものを、私たち使用人も戴いているんですか」

 フェリスは驚きの声をあげた後、黙り込んでしまった。何か考えている様子が暗闇でもわかる。
「どうかした?」
「ねえ、お嬢様。明日ーーもう今日かしら。葡萄農園に行ってみませんか?」

「え?」
「変なことを言うようですけど、お嬢様はここの女主人。好きなように過ごしてくれていいって、侯爵様辺境伯も仰ってましたよね?」
「ええ。それが?」
「女主人たるもの、全てとは言いませんが、ある程度色々なことを知っておく必要があるんじゃないかと」

 私はびっくりした。
 フェリスが突然しっかりしたことを言い出したのにも驚かされたが、それを聞いてわくわくしている自分にも驚いていた。

「お嬢様は、元々薔薇園の管理を任されていたくらいですし、農園にもご興味がおありなのではないですか?」
「管理といっても、それは薔薇の花や香油が、お義姉エレナ様のバスに必要だから私が管理していただけで、全ての世話は庭師さんたちがしてくれていたし」

 そんな言い訳をするのは、逆に葡萄農園に行ってみたい気持ちがあるから。でも、それは農作物に興味があるのではなく、リヒャルト様の農園だから……。
 そんな疾しいやましい気持ちで、農園を見に行くなんて許されるのだろうか。

「ね、お嬢様! 朝食を終えたら、行ってみましょう?」
 熱心に言うフェリスに押されるように、頷いてしまった私だった。
 そして、翌朝明るくなるとすぐに、フェリスは大急ぎで朝食の準備をして、私の洋服の支度もせっせと始めた。

「召使いの頃に着ていた洋服が役に立ちますね。あの広い庭園の反対側まで行かないといけないから、大旅行ですよ」
「農園まで遠そうね。お弁当を持って行きましょう」
「あ! そうでした。それが肝心」

 私とフェリスは、楽しいピクニックに行くつもりで出かける準備をする。
「さてと、これで大丈夫」
 フェリスはご機嫌である。
 汚れてもいいスカートと頑丈なサボ、頭を覆うスカーフを身につける。小ぶりな籠にはパンとチーズ、水を入れた。

「農園には普通、番小屋がありますよね? そこでお昼をいただけるようにお願いしましょう?」
 フェリスのウキウキした声につられてか、気分はだんだんと高揚してくる。

「迷わずに行けるかしら?」
「農園で働いている人も多いので、中庭を歩いている人は誰かいますよ、きっと。その人たちに道案内を頼みましょう」

 部屋を出た時、私はふと、一番奥の突き当たりにあるアンドレイ様辺境伯の部屋のほうを見た。
 扉が少し開いていたが、私たちが出るのと入れ替わるように扉が閉められた。

 一昨日、ここに到着後にご挨拶してから、一切アンドレイ様にお目にかかっていない。
 そんなものなのだろうか。
 結婚の儀式もしていないし、夫婦としての語らいもない。

 領民には、私が妻として迎えられた、というお触れはあったらしいが、きちんとしたお披露目は無く。私は何故か、少し寂しい気持ちになっていた。
 そういった一連の儀式が執り行われるのも、私は華やかな儀式の類は苦手だし、特に望んでいるというわけではないのだが……。
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