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その十八
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「骨壷?」
「まあ、僕だけの見立てだから無視してね。他にも考えられるのは、オリジナルがギリシャのクレタ島の出土品ということは、ギリシャ神話のパンドラの箱が本当にあったとしたら、こんな箱だったりして」
骨壷? パンドラの箱?
内部に曇った鏡のような物も付いていたのだし、女性用の化粧箱か宝石箱と考えるのが妥当とは思うのだが……。
いずれにしろ、由来は遠いギリシャの紀元前の宝物で、模造品は他にも存在するということはわかった。単なるお土産品なのだろう。
そう結論づけたものの、やはり呪いがかけられているようで、その部分はとても気になる。
その日は資料室から帰った後、急な用事が入った。裕子は残業せざるを得なくなり、帰りがいつもより遅くなってしまう。
駅から徒歩で十五分ほどの住宅街にある女子アパート。裕子は大学時代からずっと、そこに住んでいる。
女子アパートという通称だけに、住人は十代から五十代までの女性のみだ。
住宅街なので、昼間でも静かだが、人通りが少なくなる夜は格別静かである。しかし、夜、犬の散歩をしている人も多いところだ。
アパートまであと少し、というところで裕子は、自分の靴音とは違うパタパタというスニーカーのような靴音に気づいた。
その靴音は、次第に大きくなり近づいてきた。
靴音に追い越される瞬間、ちらと横を見た裕子のすぐ近くを、紺のパーカーを着た長身の男が歩いて行った。
突然、その男が立ち止まって振り向く。
驚きと恐怖で、裕子は立ちすくんだ。
街灯に照らされた男の右手がキラリと光り、あっと思った次の瞬間、男のナイフが裕子の腹部に刺さった。
その場に倒れた彼女の意識は、次第に遠のいていく。
犬の吠え声と、遠ざかるパタパタという足音……。
裕子が意識を取り戻したのは、その二日後であった。
倒れている彼女を、まさに犬の散歩で通りがかった人が発見してくれたおかげで、彼女は一命を取り留めることができた。
傷の痛みとショックのせいか、裕子は口もきけないし、全身に力が入らない。
実家の両親が駆けつけ、ずっと付き添ってくれたが、泣いている母を見ても、裕子は心が動かない。
ああ、泣いているなあ、と思うだけだ。
一週間後、面会謝絶が解けた頃に、友人や会社の上司、同僚が見舞いに来てくれたが、裕子は相変わらず声が出ない。無表情の彼女を見て、上条まで泣いているが、裕子は何とも思わない。
傷の治りは存外早く、二ヶ月ほどの入院後、彼女は退院できたが、女子アパートには戻らず、埼玉の実家で療養生活に入った。
毎日、母が作るご飯を食べ、横になっているだけだが、それでも疲れる。心も体もだるくて仕方ない。
(やはり私も呪われていた)
裕子は、箱の呪いを確信する。
しかし、どうしようもない。これ以上、何もできない。今は何もしたくない。
ベッドで目を閉じて、今日一日が無事に過ぎるのを裕子はじっと待つ。
(この章終わり)
「まあ、僕だけの見立てだから無視してね。他にも考えられるのは、オリジナルがギリシャのクレタ島の出土品ということは、ギリシャ神話のパンドラの箱が本当にあったとしたら、こんな箱だったりして」
骨壷? パンドラの箱?
内部に曇った鏡のような物も付いていたのだし、女性用の化粧箱か宝石箱と考えるのが妥当とは思うのだが……。
いずれにしろ、由来は遠いギリシャの紀元前の宝物で、模造品は他にも存在するということはわかった。単なるお土産品なのだろう。
そう結論づけたものの、やはり呪いがかけられているようで、その部分はとても気になる。
その日は資料室から帰った後、急な用事が入った。裕子は残業せざるを得なくなり、帰りがいつもより遅くなってしまう。
駅から徒歩で十五分ほどの住宅街にある女子アパート。裕子は大学時代からずっと、そこに住んでいる。
女子アパートという通称だけに、住人は十代から五十代までの女性のみだ。
住宅街なので、昼間でも静かだが、人通りが少なくなる夜は格別静かである。しかし、夜、犬の散歩をしている人も多いところだ。
アパートまであと少し、というところで裕子は、自分の靴音とは違うパタパタというスニーカーのような靴音に気づいた。
その靴音は、次第に大きくなり近づいてきた。
靴音に追い越される瞬間、ちらと横を見た裕子のすぐ近くを、紺のパーカーを着た長身の男が歩いて行った。
突然、その男が立ち止まって振り向く。
驚きと恐怖で、裕子は立ちすくんだ。
街灯に照らされた男の右手がキラリと光り、あっと思った次の瞬間、男のナイフが裕子の腹部に刺さった。
その場に倒れた彼女の意識は、次第に遠のいていく。
犬の吠え声と、遠ざかるパタパタという足音……。
裕子が意識を取り戻したのは、その二日後であった。
倒れている彼女を、まさに犬の散歩で通りがかった人が発見してくれたおかげで、彼女は一命を取り留めることができた。
傷の痛みとショックのせいか、裕子は口もきけないし、全身に力が入らない。
実家の両親が駆けつけ、ずっと付き添ってくれたが、泣いている母を見ても、裕子は心が動かない。
ああ、泣いているなあ、と思うだけだ。
一週間後、面会謝絶が解けた頃に、友人や会社の上司、同僚が見舞いに来てくれたが、裕子は相変わらず声が出ない。無表情の彼女を見て、上条まで泣いているが、裕子は何とも思わない。
傷の治りは存外早く、二ヶ月ほどの入院後、彼女は退院できたが、女子アパートには戻らず、埼玉の実家で療養生活に入った。
毎日、母が作るご飯を食べ、横になっているだけだが、それでも疲れる。心も体もだるくて仕方ない。
(やはり私も呪われていた)
裕子は、箱の呪いを確信する。
しかし、どうしようもない。これ以上、何もできない。今は何もしたくない。
ベッドで目を閉じて、今日一日が無事に過ぎるのを裕子はじっと待つ。
(この章終わり)
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