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その十五
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「もうじき病院に到着しますので、そのまま横になっていてください。吐き気はありませんか? もし吐き気があれば言ってください」
雅也の枕元に座る救急隊員がきびきびと言う。
雅也が何かを探している様子に気づいた救急隊員が、再び声をかけてきた。
「荷物ならここにまとめてあります」
隊員が床から透明なビニール袋を取って、雅也に見せてくれる。財布と箱が入っていた。
「よかった……」
雅也がほっとした時、救急車のサイレンが切れ、急激に車の速度が遅くなった。病院に着いたようだ。
雅也は救急車から自力で降りることができたが、病院の救急出入り口の赤々としたランプを見た瞬間、棒立ちになる。
(この病院は、マダムが運ばれた病院だ! 港区内の救急指定病院なのだから当然か)
理解はしたものの、徳子に導かれたように感じ恐怖に震える。
救急隊員が先導して病院内に入ったが、雅也はいつでも逃げられるように、あたりを伺いながら歩を進めた。
油断できない。
時間外なので、窓口もロビーも誰もいないが、電気が煌々とついており、心細さが少しだけ薄れた。ナースステーションの方から現れた看護婦に、ここで待っていてください、と指示される。
彼女に、「電話したいのですが」と言うと、場所を教えられ、「でももうすぐ先生がいらっしゃるので、電話は診察の後でお願いできますか」と言われた。
早く裕子に連絡して、ここに来てもらいたい。高橋に怪我させてしまったことも気になるし、今は裕子しか頼れる人がいない。
雅也がじりじりしていると、先程の看護婦が現れて、「先生がお見えになったので診察室にどうぞ」と言った。
看護婦に連れられ、明るいロビーを出て、暗い廊下を歩いて診察室に赴く。
廊下の天井の蛍光灯が一本、ジジジと音を立てて点滅しており、雅也は嫌な気分になった。
外来の診察室に入ると、机に向かっている女医らしき後ろ姿が見える。
「荷物はそのかごに置いて、椅子にお掛けください」
振り向いた女医の顔を見た雅也は「なんで……」と言ったきり、その場に立ち尽くした。
そこにいたのは徳子だった!
「どうかされましたか?」
徳子が微笑む。
「嘘だ、マダム。なんでここに?」
「え?」
徳子が眉をひそめ、「何ておっしゃいましたか?」と言った。
「許してください」
泣くように雅也が言った時、看護婦が書類を持って診察室に入って来た。
「田所雅也さんでよろしいですね?」
彼女の問いは、雅也には聞こえていない。
雅也は箱の入った袋を持ち、ふらふらと診察室を出た。
「田所さん! 田所さん、どうされましたか?」
看護婦の叫び声に気づいた巡回中の警備員が、雅也を押しとどめる。
雅也は警備員の手を払いのけ、廊下に置かれていた消火器を持ち上げると、箱に思い切り叩きつけた。
箱はびくともしない。
今度は消火器を箱に落とす。箱がビクッと跳ねて、蓋にひびが入った。
警備員も看護婦も驚き、しばらく立ちすくんでいたが、「やめなさい!」と警備員が強く言った瞬間、雅也は箱を拾い上げて廊下を走り出した。
誰かが追いかけてくる足音が聞こえる。雅也は追いつかれないよう、ひたすら走る。傷がドクンドクンと音を立てるように痛むが、通路誘導灯の緑色のランプに従って、病院内の廊下を走る。
非常口の扉は当然ではあるが、鍵がかかっていた。仕方なく向きを変え、出られそうな扉を探して走り回る。
病院内をぐるぐる周っているうち、雅也はどこを走っているのかわからなくなってきたが、点滅している天井灯を発見した。そこで、最初の診察室まで戻っていたことに気づく。
さっきと違って、人の気配はない。
医師も、看護婦も警備員も雅也を探しに行ったのだろうか。
雅也は立ち止まって、荒い呼吸を整えた。
今まで雅也は、霊の存在など信じていなかった。しかし、徳子の霊が自分のあとを追って来ている。マンションにも、病院にも、彼女はいた。どうすればいいのだ?
ジジジと鳴っていた蛍光灯が、パッと消えて、あたりは一気に暗くなった。
ペタペタペタ……裸足でリノリウムの床を歩く音がする。
逃げようと思うが、足裏が廊下に貼りついたようで動けない。
足音が急に途切れた。
ほっとした雅也の足首が、不意に後ろから強い力で掴まれ、彼は箱を抱えたまま前につんのめる。
箱が胸に当たり、激痛が走った。
雅也はなんとか起き上がり、自分の足首を掴んだものの正体を見極めようと振り向く。
ボタッボタッと、血の塊を垂らしている徳子の幽霊が立っていた。
雅也の枕元に座る救急隊員がきびきびと言う。
雅也が何かを探している様子に気づいた救急隊員が、再び声をかけてきた。
「荷物ならここにまとめてあります」
隊員が床から透明なビニール袋を取って、雅也に見せてくれる。財布と箱が入っていた。
「よかった……」
雅也がほっとした時、救急車のサイレンが切れ、急激に車の速度が遅くなった。病院に着いたようだ。
雅也は救急車から自力で降りることができたが、病院の救急出入り口の赤々としたランプを見た瞬間、棒立ちになる。
(この病院は、マダムが運ばれた病院だ! 港区内の救急指定病院なのだから当然か)
理解はしたものの、徳子に導かれたように感じ恐怖に震える。
救急隊員が先導して病院内に入ったが、雅也はいつでも逃げられるように、あたりを伺いながら歩を進めた。
油断できない。
時間外なので、窓口もロビーも誰もいないが、電気が煌々とついており、心細さが少しだけ薄れた。ナースステーションの方から現れた看護婦に、ここで待っていてください、と指示される。
彼女に、「電話したいのですが」と言うと、場所を教えられ、「でももうすぐ先生がいらっしゃるので、電話は診察の後でお願いできますか」と言われた。
早く裕子に連絡して、ここに来てもらいたい。高橋に怪我させてしまったことも気になるし、今は裕子しか頼れる人がいない。
雅也がじりじりしていると、先程の看護婦が現れて、「先生がお見えになったので診察室にどうぞ」と言った。
看護婦に連れられ、明るいロビーを出て、暗い廊下を歩いて診察室に赴く。
廊下の天井の蛍光灯が一本、ジジジと音を立てて点滅しており、雅也は嫌な気分になった。
外来の診察室に入ると、机に向かっている女医らしき後ろ姿が見える。
「荷物はそのかごに置いて、椅子にお掛けください」
振り向いた女医の顔を見た雅也は「なんで……」と言ったきり、その場に立ち尽くした。
そこにいたのは徳子だった!
「どうかされましたか?」
徳子が微笑む。
「嘘だ、マダム。なんでここに?」
「え?」
徳子が眉をひそめ、「何ておっしゃいましたか?」と言った。
「許してください」
泣くように雅也が言った時、看護婦が書類を持って診察室に入って来た。
「田所雅也さんでよろしいですね?」
彼女の問いは、雅也には聞こえていない。
雅也は箱の入った袋を持ち、ふらふらと診察室を出た。
「田所さん! 田所さん、どうされましたか?」
看護婦の叫び声に気づいた巡回中の警備員が、雅也を押しとどめる。
雅也は警備員の手を払いのけ、廊下に置かれていた消火器を持ち上げると、箱に思い切り叩きつけた。
箱はびくともしない。
今度は消火器を箱に落とす。箱がビクッと跳ねて、蓋にひびが入った。
警備員も看護婦も驚き、しばらく立ちすくんでいたが、「やめなさい!」と警備員が強く言った瞬間、雅也は箱を拾い上げて廊下を走り出した。
誰かが追いかけてくる足音が聞こえる。雅也は追いつかれないよう、ひたすら走る。傷がドクンドクンと音を立てるように痛むが、通路誘導灯の緑色のランプに従って、病院内の廊下を走る。
非常口の扉は当然ではあるが、鍵がかかっていた。仕方なく向きを変え、出られそうな扉を探して走り回る。
病院内をぐるぐる周っているうち、雅也はどこを走っているのかわからなくなってきたが、点滅している天井灯を発見した。そこで、最初の診察室まで戻っていたことに気づく。
さっきと違って、人の気配はない。
医師も、看護婦も警備員も雅也を探しに行ったのだろうか。
雅也は立ち止まって、荒い呼吸を整えた。
今まで雅也は、霊の存在など信じていなかった。しかし、徳子の霊が自分のあとを追って来ている。マンションにも、病院にも、彼女はいた。どうすればいいのだ?
ジジジと鳴っていた蛍光灯が、パッと消えて、あたりは一気に暗くなった。
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逃げようと思うが、足裏が廊下に貼りついたようで動けない。
足音が急に途切れた。
ほっとした雅也の足首が、不意に後ろから強い力で掴まれ、彼は箱を抱えたまま前につんのめる。
箱が胸に当たり、激痛が走った。
雅也はなんとか起き上がり、自分の足首を掴んだものの正体を見極めようと振り向く。
ボタッボタッと、血の塊を垂らしている徳子の幽霊が立っていた。
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