パンドラの予知

花野未季

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その二

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 昭和五十三年の春、女性向け月刊誌『女性画報』編集部に、読者らしき女性からそんな手紙が届いた。

 こういう問い合わせはよくあるので、大体は回答書のフォーマットで簡単な返事を送る、もしくは問い合わせに関するページが残っていれば、コピーして送付することにしていた。読者サービスの一環である。

 今回の問い合わせ内容に関しては、資料室まで探しに行かなくても、女性社員の当麻裕子とうまゆうこの机に、該当する号は積まれていた。裕子は、アシスタントの上条に、いつものようにコピーを取って送付するよう指示した。

「当麻さん、この号」
 上条が意味ありげに言う。
「なあに?」
「面白かったですね! 当麻さんが担当された記事でしたよね」
 裕子は、取材で会った美しい児島徳子の顔を思い浮かべた。

「上流社会の生活をノゾキ見するのって楽しいから、あの特集は、私も久々に何度も隅々まで見ちゃった」

 上条の熱意あふれる言葉に、裕子が苦笑すると、さらに上条は言った。
「児島徳子さんは、外国の貴族の血が入ってるってホントですかね?」

「さあ? でも、株式会社児島の現社長の元妻だもん、良いお家柄の人でしょうね」

「そういえば、離婚したのに名字は児島のままですね」

「先代社長の児島正三郎さんが、離婚後も通称で名乗っていいって仰ったんですって。『縁あって息子の嫁になってくれたのだから、離婚しても娘だ』って言ってくれたとか」

「へー。たしかご夫婦自体は、離婚する際にめちゃくちゃ揉めたんですよね? 奥さんの浮気が原因って珍しいですよね」
 上条は顔をしかめている。

「案外、ご主人のほうにも愛人がいたとか? すぐ再婚されたし。『浮気は男の甲斐性』って言うくらいだから、男性は何をしても批判されない。不公平よね」
 腕時計で時間を確認した裕子は、約束の時刻が迫っているのを見て、上条に「じゃ、よろしく」と声をかけてから編集室を出た。

「いってらっしゃい」
 上条は裕子に言って、仕事に戻る。
 この玉川という人に記事のコピーを送って、夕方の郵便物をまとめて、事務用品の在庫チェック。

 頭の中で、残っている仕事を数えつつ、上条はコピーを取りに行った。コピー機は、編集部の部屋の片隅、磨りガラスで仕切られた一角にある。彼女が会社で一番よく行く場所かもしれない。

 上条は短大卒業後、ここでアルバイトしながら、休日は親類や知人から持ち込まれる見合いをする生活だ。周りもみんなそうだから、自分もそういうルートに乗っかるものだ。なんとなく、そう思っていた。

 しかし、なかなか理想の相手には巡り会えないし、外で働くのはバイトとはいえ、充実して楽しい。もっとやりがいのある仕事もしたくなってきた。

 そろそろ二十五歳を迎えるし、真剣に今後を考えないと……。
 上条はコピーを取り、定型文が印刷された紙に記入しながら思う。
 当麻さんみたいに、ちゃんと勉強して、きちんと就職すればよかった。

 さっき袖口から見えた当麻さんの腕時計って、外国製の時計よね。見たことない斬新なデザインだったけど、海外で購入したのかな。

 一流企業の正社員だと、海外旅行も当たり前なのね。私と一歳ひとつしか違わないけど、ボーナスも多いんだろうなあ……。
 上条は大きなため息をつく。
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