27 / 52
その十二
しおりを挟む
千津子はその日も見せ物小屋で、永井が見せ物の口上を述べる際の、おまけの演し物として千里眼を披露した。
当然のように、何度か成功させたあとのこと。
見物客の拍手喝采を聞いて、千津子はふと思った。自分のやっていることは、実際には千里眼ではないのだが、こんな人を騙すようなことをやっていていいのだろうか? と。
もじもじして、急に正解を出せなくなった千津子の様子を見て、永井が「千里眼少女はお疲れのようですんで、今日はこれにて。では皆様、見せ物をお楽しみください」と、切り上げてくれた。
「もっと見たいなあ、今日は調子が悪いんかね?」
「間違えるってことは、こりぁ本物だね。インチキなら全部すらすら当てるだろ」
見物客が口々に永井に言う。
永井は鷹揚な態度で、「申し訳ございません。明日また」と笑った。
そのあと小屋の外で、永井が千津子に突然調子が狂ってしまった理由を尋ねてきた。
千津子が正直に答えると、
「千里眼なんてもんは、この世にはねえんだよ。でもそういう芸を見せればお客は喜ぶ。芸人はお客様を楽しませるもんだ。割り切ってやってくれ」
永井はそう言って、千津子の頭をあやすように撫でた。
納得のいかない千津子だが、
「それによ、お前が不思議な力を持っているのは間違いないんだよ。もっと堂々としていいくらいだよ」
永井に励まされるように言われ、考え込んでしまうのだった。
その夜も梅と松子、捨吉の四人で夕餉の膳を囲んでいる時に、千津子は今日の出来事を話してみた。
「旦那さんの言う通りだよ。芸人はいっときのお慰み、浮き草稼業だ。真面目に考えるだけ無駄な話だよ」
松子の返答に、千津子が少し傷ついたような顔をしたのに気づいた捨吉が、取りなすように言う。
「そんな身も蓋もない言い方はなかろう。千津子ちゃんはまだ子供なんだし、堅気のお嬢ちゃんなんだよ。真っ当な考え方じゃあねえか、なあ? 梅さん」
捨吉は、ふきのとうのお浸しやこんにゃく、厚揚げの味噌田楽を肴に、ちびりちびりと熱燗を飲んでいる。
子供のような姿形と声で、時には説教じみたことも言う捨吉だが、彼の語る言葉は温かく、どれも身に沁みるようである。
しかし、捨吉とは長い付き合いである松子は、遠慮なく言い返す。
「おいちゃんはそんなふうに言うけどさ。あたしたちと千津ちゃんの違いって、なんだよ。同じ商売してんじゃねえか」
松子はすっかり酔っているようで、
「見た目や育ちで差別されてたまるもんか」
吐き捨てるように言うと、彼女は畳に倒れ込んで寝てしまった。
「おいおい、どうしたんだ? 松子、起きろ」
捨吉が松子を揺さぶるが、既に彼女は軽いいびきまでたて始めている。
梅が、自分が羽織っているちゃんちゃんこを松子にかけてやり、
「今日はこのままここで寝かせてやろう」と、捨吉に言った。
「すみませんね、梅さん。こいつ最近、街頭演説聞いて、かぶれちまったみたいなんだ。難しいね、こいつもそろそろ年頃なんでね」
捨吉はため息をついて、悲しそうに首を振る。
「困ったね。興行も前ほど受けねえし、こいつは嫁になんぞ行けねえ身体だし」
当然のように、何度か成功させたあとのこと。
見物客の拍手喝采を聞いて、千津子はふと思った。自分のやっていることは、実際には千里眼ではないのだが、こんな人を騙すようなことをやっていていいのだろうか? と。
もじもじして、急に正解を出せなくなった千津子の様子を見て、永井が「千里眼少女はお疲れのようですんで、今日はこれにて。では皆様、見せ物をお楽しみください」と、切り上げてくれた。
「もっと見たいなあ、今日は調子が悪いんかね?」
「間違えるってことは、こりぁ本物だね。インチキなら全部すらすら当てるだろ」
見物客が口々に永井に言う。
永井は鷹揚な態度で、「申し訳ございません。明日また」と笑った。
そのあと小屋の外で、永井が千津子に突然調子が狂ってしまった理由を尋ねてきた。
千津子が正直に答えると、
「千里眼なんてもんは、この世にはねえんだよ。でもそういう芸を見せればお客は喜ぶ。芸人はお客様を楽しませるもんだ。割り切ってやってくれ」
永井はそう言って、千津子の頭をあやすように撫でた。
納得のいかない千津子だが、
「それによ、お前が不思議な力を持っているのは間違いないんだよ。もっと堂々としていいくらいだよ」
永井に励まされるように言われ、考え込んでしまうのだった。
その夜も梅と松子、捨吉の四人で夕餉の膳を囲んでいる時に、千津子は今日の出来事を話してみた。
「旦那さんの言う通りだよ。芸人はいっときのお慰み、浮き草稼業だ。真面目に考えるだけ無駄な話だよ」
松子の返答に、千津子が少し傷ついたような顔をしたのに気づいた捨吉が、取りなすように言う。
「そんな身も蓋もない言い方はなかろう。千津子ちゃんはまだ子供なんだし、堅気のお嬢ちゃんなんだよ。真っ当な考え方じゃあねえか、なあ? 梅さん」
捨吉は、ふきのとうのお浸しやこんにゃく、厚揚げの味噌田楽を肴に、ちびりちびりと熱燗を飲んでいる。
子供のような姿形と声で、時には説教じみたことも言う捨吉だが、彼の語る言葉は温かく、どれも身に沁みるようである。
しかし、捨吉とは長い付き合いである松子は、遠慮なく言い返す。
「おいちゃんはそんなふうに言うけどさ。あたしたちと千津ちゃんの違いって、なんだよ。同じ商売してんじゃねえか」
松子はすっかり酔っているようで、
「見た目や育ちで差別されてたまるもんか」
吐き捨てるように言うと、彼女は畳に倒れ込んで寝てしまった。
「おいおい、どうしたんだ? 松子、起きろ」
捨吉が松子を揺さぶるが、既に彼女は軽いいびきまでたて始めている。
梅が、自分が羽織っているちゃんちゃんこを松子にかけてやり、
「今日はこのままここで寝かせてやろう」と、捨吉に言った。
「すみませんね、梅さん。こいつ最近、街頭演説聞いて、かぶれちまったみたいなんだ。難しいね、こいつもそろそろ年頃なんでね」
捨吉はため息をついて、悲しそうに首を振る。
「困ったね。興行も前ほど受けねえし、こいつは嫁になんぞ行けねえ身体だし」
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
焔鬼
はじめアキラ@テンセイゲーム発売中
ホラー
「昨日の夜、行方不明になった子もそうだったのかなあ。どっかの防空壕とか、そういう場所に入って出られなくなった、とかだったら笑えないよね」
焔ヶ町。そこは、焔鬼様、という鬼の神様が守るとされる小さな町だった。
ある夏、その町で一人の女子中学生・古鷹未散が失踪する。夜中にこっそり家の窓から抜け出していなくなったというのだ。
家出か何かだろう、と同じ中学校に通っていた衣笠梨華は、友人の五十鈴マイとともにタカをくくっていた。たとえ、その失踪の状況に不自然な点が数多くあったとしても。
しかし、その古鷹未散は、黒焦げの死体となって発見されることになる。
幼い頃から焔ヶ町に住んでいるマイは、「焔鬼様の仕業では」と怯え始めた。友人を安心させるために、梨華は独自に調査を開始するが。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
シカガネ神社
家紋武範
ホラー
F大生の過去に起こったホラースポットでの行方不明事件。
それのたった一人の生き残りがその惨劇を百物語の百話目に語りだす。
その一夜の出来事。
恐怖の一夜の話を……。
※表紙の画像は 菁 犬兎さまに頂戴しました!
赤い部屋
山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。
真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。
東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。
そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。
が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。
だが、「呪い」は実在した。
「赤い部屋」の手によって残酷な死に方をする犠牲者が、続々現れる。
凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。
そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまう。
「赤い部屋」から逃れる方法はあるのか?
誰がこの「呪い」を生み出したのか?
そして彼らはなぜ、呪われたのか?
徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。
その先にふたりが見たものは——。
Dark Night Princess
べるんご
ホラー
古より、闇の隣人は常に在る
かつての神話、現代の都市伝説、彼らは時に人々へ牙をむき、時には人々によって滅ぶ
突如現れた怪異、鬼によって瀕死の重傷を負わされた少女は、ふらりと現れた美しい吸血鬼によって救われた末に、治癒不能な傷の苦しみから解放され、同じ吸血鬼として蘇生する
ヒトであったころの繋がりを全て失い、怪異の世界で生きることとなった少女は、その未知の世界に何を見るのか
現代を舞台に繰り広げられる、吸血鬼や人狼を始めとする、古今東西様々な怪異と人間の恐ろしく、血生臭くも美しい物語
ホラー大賞エントリー作品です
剣客逓信 ―明治剣戟郵便録―
三條すずしろ
歴史・時代
【第9回歴史・時代小説大賞:痛快! エンタメ剣客賞受賞】
明治6年、警察より早くピストルを装備したのは郵便配達員だった――。
維新の動乱で届くことのなかった手紙や小包。そんな残された思いを配達する「御留郵便御用」の若者と老剣士が、時に不穏な明治の初めをひた走る。
密書や金品を狙う賊を退け大切なものを届ける特命郵便配達人、通称「剣客逓信(けんかくていしん)」。
武装する必要があるほど危険にさらされた初期の郵便時代、二人はやがてさらに大きな動乱に巻き込まれ――。
※エブリスタでも連載中
The Last Night
泉 沙羅
ホラー
モントリオールの夜に生きる孤独な少女と、美しい吸血鬼の物語。
15歳の少女・サマンサは、家庭にも学校にも居場所を持てず、ただひとり孤独を抱えて生きていた。
そんな彼女が出会ったのは、金髪碧眼の美少年・ネル。
彼はどこか時代錯誤な振る舞いをしながらも、サマンサに優しく接し、二人は次第に心を通わせていく。
交換日記を交わしながら、ネルはサマンサの苦しみを知り、サマンサはネルの秘密に気づいていく。
しかし、ネルには決して覆せない宿命があった。
吸血鬼は、恋をすると、その者の血でしか生きられなくなる――。
この恋は、救いか、それとも破滅か。
美しくも切ない、吸血鬼と少女のラブストーリー。
※以前"Let Me In"として公開した作品を大幅リニューアルしたものです。
※「吸血鬼は恋をするとその者の血液でしか生きられなくなる」という設定はX(旧Twitter)アカウント、「創作のネタ提供(雑学多め)さん@sousakubott」からお借りしました。
※AI(chatgpt)アシストあり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる