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その十一
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「これはこれは。なんとまあ、見たこともないような美しいお嬢様!」
燕尾服の男は、やや癖のある黒髪を鬢付油で撫でつけ、細い眉や切れ長の目もとが涼しげな、意外に品のある色男である。
歯の浮くようなお世辞だが、今の梅はすんなりと、その言葉を受け入れて微笑んだ。
「どうぞ、ごゆっくりご覧ください。ここに居るのは皆、生まれ落ちたその日から、先祖代々伝わる業を、その身一身に背負っておる哀れな者たちです。せめてこの者たちに働く場を与えてやらんと、僕この商売を始めた次第」
淀みなく一気にまくし立てて、支配人らしき男はにんまりと笑った。
「あの双子の人たちは、どういう?」
児島が尋ねる。
「どういう? と申しますと?」
「いや、体が」
児島は言いにくそうにそれだけ言った。
「見たまんまでございます。体の一部がくっついたまま生まれた娘たちです。いつもどこに行くにも二人一緒。これでは旦那も二人一緒でないと」
支配人はそう言って、クククとおかしそうに下卑た笑い方をした。
一直線に並ぶ檻を全て眺め終えて出口に近づいた梅に、支配人が背後から声をかけた。
「お嬢様、どうぞお次は、のぞきからくりのほうへお進みください」
「ええ」
梅は振り返り軽く返事して、からくり屋台の方へと進んだ。
児島は、というと、支配人と何やら話し込んでいる。ようやく話し終えて梅に追いついた児島に、「何かあったんですか?」と尋ねると、意外な返事が返ってきた。
「いいえ。この人達をどうやって集めたのかを伺っていたんです」
児島の好奇心旺盛さに、梅は思わず吹き出してしまった。
二人はのぞきからくりが並ぶ場所へ移動した。からくり屋台を選び、体が重ならんばかりにくっついて、穴を覗き込む。
壮年の香具師が口上を述べた。
「さて本日は、地獄極楽巡りの旅へと皆さまをお連れいたしましょう」
からくり屋台の端についている何本かの棒を、香具師が操作し始めたのか、極彩色の絵が流れてきた。
「本日は、身内を裏切り、色欲にまみれた婦女子の有為転変をご覧ください」
梅はごくりと唾を飲み込んだ。
なぜなら、目の前に繰り広げられる紙芝居は、子供の頃から馴染みのある地獄図とは全く違うものだったからだ。
火を噴く焔に追いつかれないよう、大八車に荷物や幼子を載せて引いている男、手を繋いで逃げまどう様子の児童たち。どうやら大火の災害が描かれているらしい。多くの建物が、廃墟のように崩れている。真っ赤に染まる大空や黒煙を背景に、大勢の人間の黒焦げの死体が転がっている。
香具師の説明は一切ない。
次々と変わる地獄絵図の紙芝居を見せられ、梅は恐怖に震えた。
(なんなん、このからくり)
彼女は丸い覗き窓から身を離し、二、三歩下がった。
児島は熱心に、覗き穴から紙芝居を見ているようである。
梅は仕方なく、もう一度からくり屋台に戻って覗き穴に目を当てた。見えたものは、先ほどの極彩色の紙芝居ではなかった。絵ではなく現実のような。
ぼんやりとではあるが、泣き叫んでいるらしい女が見えた。
梅の心臓がドクン、と鳴った。
(あれはウチや。どういうこと?)
梅は血溜まりにへたり込んで泣き続けている。身につけているお召しが血で汚れるのも構わず泣いている彼女。傍らには、ボロ切れのようになって倒れているもう一人の梅。
その時になって梅は気づいた。
これは、昼間に見た白昼夢だと。
米から渡されて宝石箱の中を覗き込んだ時、見てしまった悪夢の続きだと。
(早よう目覚めんと!)
遠くから香具師の説明が聞こえてくる。
「かように、本朝廿四孝ならぬ親不孝、不義理を重ねた愚かなる者の行き先といえば、六道しかないのでございます」
「……さん、梅さん。どうかしましたか?」
児島の声に覚醒した梅は、横に立つ児島を見上げた。
「児島さん。このからくり、」
梅が見たものを説明する前に、児島が笑顔で話し始めた。
「地獄の絵は、子供の頃は怖かったなあ。久しぶりに見て、やっぱり怖かったですね。血の池地獄、針の山、餓鬼道。あのお腹の膨らんだ餓鬼は今でも怖い」
(児島さんは見てへんのや。ということは、つまりウチにしか見えへん幻)
児島はまだ何か言っているが、梅はそれどころではない。
(この幻。何か気になる。何か引っかかる)
黙って塞ぎ込んでいる梅に、児島も彼女のおかしな様子に気づいたらしく、話を途中でやめて、優しく言った。
「梅さん、顔色が良くないですね。ご気分が悪いのですか? そろそろ出ましょう」
梅はうなずいて、二人は小屋を後にした。外はもう真っ暗である。
燕尾服の男は、やや癖のある黒髪を鬢付油で撫でつけ、細い眉や切れ長の目もとが涼しげな、意外に品のある色男である。
歯の浮くようなお世辞だが、今の梅はすんなりと、その言葉を受け入れて微笑んだ。
「どうぞ、ごゆっくりご覧ください。ここに居るのは皆、生まれ落ちたその日から、先祖代々伝わる業を、その身一身に背負っておる哀れな者たちです。せめてこの者たちに働く場を与えてやらんと、僕この商売を始めた次第」
淀みなく一気にまくし立てて、支配人らしき男はにんまりと笑った。
「あの双子の人たちは、どういう?」
児島が尋ねる。
「どういう? と申しますと?」
「いや、体が」
児島は言いにくそうにそれだけ言った。
「見たまんまでございます。体の一部がくっついたまま生まれた娘たちです。いつもどこに行くにも二人一緒。これでは旦那も二人一緒でないと」
支配人はそう言って、クククとおかしそうに下卑た笑い方をした。
一直線に並ぶ檻を全て眺め終えて出口に近づいた梅に、支配人が背後から声をかけた。
「お嬢様、どうぞお次は、のぞきからくりのほうへお進みください」
「ええ」
梅は振り返り軽く返事して、からくり屋台の方へと進んだ。
児島は、というと、支配人と何やら話し込んでいる。ようやく話し終えて梅に追いついた児島に、「何かあったんですか?」と尋ねると、意外な返事が返ってきた。
「いいえ。この人達をどうやって集めたのかを伺っていたんです」
児島の好奇心旺盛さに、梅は思わず吹き出してしまった。
二人はのぞきからくりが並ぶ場所へ移動した。からくり屋台を選び、体が重ならんばかりにくっついて、穴を覗き込む。
壮年の香具師が口上を述べた。
「さて本日は、地獄極楽巡りの旅へと皆さまをお連れいたしましょう」
からくり屋台の端についている何本かの棒を、香具師が操作し始めたのか、極彩色の絵が流れてきた。
「本日は、身内を裏切り、色欲にまみれた婦女子の有為転変をご覧ください」
梅はごくりと唾を飲み込んだ。
なぜなら、目の前に繰り広げられる紙芝居は、子供の頃から馴染みのある地獄図とは全く違うものだったからだ。
火を噴く焔に追いつかれないよう、大八車に荷物や幼子を載せて引いている男、手を繋いで逃げまどう様子の児童たち。どうやら大火の災害が描かれているらしい。多くの建物が、廃墟のように崩れている。真っ赤に染まる大空や黒煙を背景に、大勢の人間の黒焦げの死体が転がっている。
香具師の説明は一切ない。
次々と変わる地獄絵図の紙芝居を見せられ、梅は恐怖に震えた。
(なんなん、このからくり)
彼女は丸い覗き窓から身を離し、二、三歩下がった。
児島は熱心に、覗き穴から紙芝居を見ているようである。
梅は仕方なく、もう一度からくり屋台に戻って覗き穴に目を当てた。見えたものは、先ほどの極彩色の紙芝居ではなかった。絵ではなく現実のような。
ぼんやりとではあるが、泣き叫んでいるらしい女が見えた。
梅の心臓がドクン、と鳴った。
(あれはウチや。どういうこと?)
梅は血溜まりにへたり込んで泣き続けている。身につけているお召しが血で汚れるのも構わず泣いている彼女。傍らには、ボロ切れのようになって倒れているもう一人の梅。
その時になって梅は気づいた。
これは、昼間に見た白昼夢だと。
米から渡されて宝石箱の中を覗き込んだ時、見てしまった悪夢の続きだと。
(早よう目覚めんと!)
遠くから香具師の説明が聞こえてくる。
「かように、本朝廿四孝ならぬ親不孝、不義理を重ねた愚かなる者の行き先といえば、六道しかないのでございます」
「……さん、梅さん。どうかしましたか?」
児島の声に覚醒した梅は、横に立つ児島を見上げた。
「児島さん。このからくり、」
梅が見たものを説明する前に、児島が笑顔で話し始めた。
「地獄の絵は、子供の頃は怖かったなあ。久しぶりに見て、やっぱり怖かったですね。血の池地獄、針の山、餓鬼道。あのお腹の膨らんだ餓鬼は今でも怖い」
(児島さんは見てへんのや。ということは、つまりウチにしか見えへん幻)
児島はまだ何か言っているが、梅はそれどころではない。
(この幻。何か気になる。何か引っかかる)
黙って塞ぎ込んでいる梅に、児島も彼女のおかしな様子に気づいたらしく、話を途中でやめて、優しく言った。
「梅さん、顔色が良くないですね。ご気分が悪いのですか? そろそろ出ましょう」
梅はうなずいて、二人は小屋を後にした。外はもう真っ暗である。
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