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第九章 夏季休業

それはなんの変哲もない日々の記憶(4)

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 朝食の片付けを終えた後、アランはマリアを抱っこして家を出た。

「アランさん、その子はどこから攫ってきたんだ?」

 道すがら、知らない中年の男性に声をかけられ、マリアは身を硬くした。

「笑えない冗談はやめてくれるか? うちの娘だよ」

 口ではそう言っているものの、アランは笑みを浮かべていた。

「これが噂の娘さんか。初めて見た。というか、お前の要素はどこに行った?」
「目の色は俺と一緒だろうが」
「逆に言えばそれ以外全然違うじゃないか」
「……完全に母親似だからな」

 そう言って苦笑いする。

「嬢ちゃん、お名前は?」

 男はにこやかな笑みを浮かべながらそう優しく尋ねたが、マリアは表情を強張らせると顔を背け、アランの胸に顔をうずめた。

「ほら、どうした? 名前はなんだって訊いてるぞ?」

 アランに促され、マリアは渋々といった様子で口を開いた。

「マリュアはね、マリアっていうにょ」

 ことさら自身の名前を丁寧に発音する。

「マリアちゃんって言うのか。俺はハーゲンだ。君のお父さんとは結構長い付き合いなんだよ」
「ちゅきあい?」
「ん~、なんて言えば良いんだろうな。昔からの知り合いってことだ」

 そう言って苦笑いすると、ソッとマリアの頭を撫でようとした。

「やっ!」

 だがマリアは全力でその手を振り払った。

「ああ、すまない。マリアは少し人見知りでな」
「いや、断りもなく触ろうとしたこっちも悪かったからな。ごめんな、マリアちゃん」
「……」

 返事をすることはおろか、目を合わせようともしないマリアに、アランはすまないとハーゲンに頭を下げた。

「完全にこっちが悪かったせいだしな。気にしていない」

 ハーゲンはそう言って首を横に振った。

 結局そのまま別れると、アランは大丈夫かと声をかけた。

「……あのひちょ、こわかったにょ」
「そうか。怖かったか」
「でも……わるいひちょじゃね、ないちょおもったにょ」
「……そうだな」
「だからにぇ、こんどね、ごめんなしゃいってしたいの。ゆるして、くれるかにゃ?」

 僅かに涙が滲む目で見上げられ、アランは苦笑すると抱く力を少しだけ強めた。

「大丈夫だと思うぞ。あいつは気を悪くしているなら態度にわかりやすく出るからな」
「うん……」

 マリアはそのまま黙りこくってしまった。

「そんなに心配しなくて大丈夫だって……」
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