見知らぬ世界で秘密結社

小松菜

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七六三

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「待て!参った!俺の負けだ!」

 ヒゲ面がずいぶんと素直に謝った。

「お、おい!」

「るせえ!お前と違って俺は現実を見られる男なんだよ!」

 なるほど。
確かにそうかもしれんな。

「降参だ。だから許してくれよ」

「タダでか?」

 俺がナイフをポンポンと放り投げながら尋ねた。

「な、何が望みだ」

「麻薬を買いたい。この辺りで手に入ると聞いたんだがな」

 ヒゲ面の顔が真顔になる。

「……アンタ、それをどこで?」

「聞いているのは俺だ。知っているのか、いないのか。それまで俺はここいらを荒らし回るぜ?」

 ヒゲ面二人組も、最初の三人も黙って俺の顔を見つめた。

「残念ながらそれはただの噂話だ。ここにそんな物騒な物は……」

 俺はヒゲ面が言い掛けた所で、ナイフをパキンと二つに折った。

「!」

 カランカラン

 それを投げ捨てる。

「それで?俺を騙そうってのか?」

「そ、それは……!」

「王国内である事は間違いない。俺にごまかしは効かんぞ」

 縮み上がる男に俺は歩み寄った。

「同じ事は二度言わない主義だが、特別にサービスだ。麻薬を買いたい。案内するか紹介しろ」

 俺はヒゲ面の肩に軽く手を置いた。
男が震えているのが判る。
顔を近付けて目の中を覗き込む。
男は我慢できずにギュッと目をつぶった。

「わ……判った。判ったから」

 俺はそれを聞いて、ヒゲ面の肩をポンポンと叩いた。

「素直に従うのが長生きの秘訣だったな」

「あ、ああ」

 男の肩をグイっと押して先を促す。
ヒゲ面は諦めて歩き出した。

「お前も来いよ」

 ヒゲ面が相棒を呼んだ。
一人じゃさすがに心細いらしい。
相棒もこれまたヒゲ面だ。
違いと言えばそいつは赤毛の赤ヒゲって所か。

「お、俺は黒ヒゲって呼ばれてる。コイツは赤ヒゲ。アンタ名前は?」

 そのまんまの名前じゃないか。
まあ冒険者なんて、あだ名や二つ名で呼び合うのは珍しくない。
見た目の特徴をあだ名として呼ぶ事が多いが、たまにライトニングとかゴッドウィンドとか、大袈裟な呼び名を名乗る奴も居る。
そんな場合は、名前負けしてる奴かよっぽどのビッグネームかのどちらかだ。

 黒ヒゲは店の中に入ると、店のマスターに話し掛けた。
マスターが俺をチラリと盗み見る。

「こっちだ」

 黒ヒゲが振り返って俺を呼んだ。
俺は黒ヒゲに従って後に続いた。
店の裏へと案内される。
こんな所に何があるのか。
隠し通路か、隠し部屋か。

「入れ」

 マスターがポツリと一言そう言った。
俺はマスターの目を見たが、マスターは正面を見据えたまま誰とも目を会わせない。
罠でも何でも構わない。
話が先へ進むのなら、展開はあった方が良いのだ。

 俺は言われるままに部屋へと入った。

 ガチャリ

 後ろで扉が閉まる。

 がっちゃん!

 鍵まで掛かったか。
だが、こうなったからにはビンゴだと言っているような物だ。
正解は近い。

「何の真似だ?」

「一見客がいきなりこんな近くに現れたら怪しいに決まっているだろ。貴様が何者かはこれから吐かせてやる」

 マスターが覗き窓からこちらを見てそう言った。

「大丈夫か?コイツめちゃくちゃ腕が立つぜ?」

「情けないヤツめ。鬼の黒ヒゲもボケたんじゃないのか」

「なんだと!テメエやるってのか!」

「ふん。貴様とやっても得が無い。俺は得にならん事はやらん……おそらくコイツは例のアレだろう」

 マスターが一層声を潜めてそう言った。
それでも俺には聞こえるが。
例のアレって何だ。
まあ、今は良いだろう。

 さて。
どうするか。
このまま暴れるのも簡単だが。

 ドアを破るのは容易い。
だが、こいつらをこれ以上締め上げても喋らないかもしれない。
このまま黒幕に近い奴が現れるなら、その方がずっと近道だ。

 例のアレってのも気になる。
俺はしばらく様子を見る事にした。
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