見知らぬ世界で秘密結社

小松菜

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六〇〇

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 それから更に数日が経った。
ソル皇子は皇帝陛下に呼ばれて、玉座の間に向かった。

 遂にイスガン帝国の皇帝を目にするのだ。
当たり前だが会った事はおろか、目にした事も無い。
それは、この国に住む国民であっても同じだろう。

 この城に居る人間でさえも、ほんの数人しか皇帝の顔を見る者はいない。
 皇帝と言う存在はそれほどまでに重く、雲の上の存在とされている。

 ここもまた広い。
広間なのだから当然だが、ここに数百人の人間が整列する事もあるのだ。
その上座に玉座がある。
こんなに広いのに、ただ一つポツンと椅子があった。

 皇帝が入ってくる前に数人が現れ、手にした布の巻物をそれぞれが垂らした。
目隠しを作っている。

 人が作った布の壁の向こうを、静かに皇帝が歩くのを感じる。
そして玉座の前にも布が掛けられ、その向こうに皇帝が座った。

 徹底しているな。

 これは暗殺防止や、間者に顔を覚えられない為なのだろう。
目隠しされては飛び道具で狙いを付ける事は難しく、剣を抜いて飛び掛かるにもこの広さでは辿り着く前に取り押さえられてしまう。
周りには槍を持った兵士が整列し、陰にはそこかしこに弓を持った兵士が潜んでいる。

「ソルよ」

「はい」

 皇帝の肉声に俺は威圧感を感じた。
これが威厳と言う物なのか。
声だけで聞く者を圧倒する。

「ケーキとコーヒーなる物、まことに美味であるな」

「はい」

 ケーキの話か。
わざわざソル皇子を呼びつけてそんな話なのか。

「どこで手に入れておる」

「……それは秘密でございます」

「何故だ」

「そう言う約束で譲ってもらっております故、破ってしまっては二度と手に入らなくなってしまいます」

「ふむ」

 ソル皇子の言葉に皇帝は一度黙した。

「余の意思よりもその約束を優先するか」

「いえいえ。どうしてもと仰られれば、誰が断れましょうや。この世に皇帝陛下のご意志に刃向かう者など居よう筈もありませぬ」

 ソル皇子がそう言うと、心なしか皇帝の空気が柔らかくなったように感じた。

「しかし……」

 そこへ続けてソル皇子が言う。

「約束を破りてお話しするのは構いませぬが、その代わりにケーキと珈琲は二度と手に入らなくなります事はご承知下さいませ」

 皇帝の空気がまた堅くなる。

「……余に選択を迫るつもりか?」

「滅相もありません。ただ、そう言う約束ですので、皇族が約束を簡単に反故にすると思われるのは帝国にとっても不名誉な事なれば。と」

 ソル皇子は物腰柔らかく立ち回る。
けして反抗はしない。
だが、要求も呑まない。

 これが駆け引きか。
俺には無理だな。

「……そうか。もどかしいな」

 皇帝はどこかガッカリしたようにそう言った。
意外だ。
もっと強権的に来るのかと思っていたが。
更に言えば、ケーキと珈琲を自分達だけの特権にしようと、権力を使うくらいの事はやるのかと思っていた。

「しかし、あれは実に旨い。皇帝の座に着いて数十年。この地位であっても、あれほどの美味は口にした事が無かった。大袈裟では無く正に驚嘆だ」

「判ります。私も驚きました」

「のうソルよ」

「はい」

「……まことに言いにくいのだが、もっと食べる事は出来ぬものか」

 俺は耳を疑った。
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