578 / 826
五七八
しおりを挟む
「ところで殿下」
オオムカデンダルが急に話題を変えた。
「なんじゃ」
「あの赤子を覚えているかい?」
オオムカデンダルは突然赤子の話を始めた。
もうずいぶんと昔のような気がする。
あの時帝国は、赤子を追ってこのミスリル銀山まで大軍を率いていた。
その大将は、誰あろうソル皇子だ。
「勿論、覚えておる。して、赤子は健やかか?」
「ああ。あれは確か皇族の姫君だと言っていたな」
「うむ」
「何故赤子を殺さねばならないのか、俺たちもあれから知った」
「……そうか」
オオムカデンダルとソル皇子は、互いに無表情のまま言葉を交わしている。
「あれは本心だったのか?」
オオムカデンダルが核心に触れる。
「……難しいの。殺したくは無い、その気持ちに偽りは無い。じゃがの、その一方で殺さない訳にもいかぬ。それも本心じゃ」
「……そうか。アンタ正直だな。長生き出来ねえぞ」
「余もそう思う……」
ほんの少しだけ間が空いた。
「殿下」
「なんじゃ」
「一発殴らせろ」
「!?」
驚き慣れたとは言え、それでも驚く。
カルタスたちは言うに及ばない。
冗談だとしても言い過ぎだ。
その言葉は、いつものいたずらや悪ふざけでは済まないんだぞ。
ソル皇子は少しだけ面食らったように見えたが、それでもそれほど驚いているようには見えなかった。
「……良かろう。好きにすると良い」
本気か。
皇族を、皇子を殴ると言うのか。
他の三人の幹部は、全員反応していなかった。
それぞれが茶をすすり、腕組みをしたまま正面を見つめていたり、真っ直ぐに事の成り行きを見つめていた。
止める気も無いと言うのか。
これは、俺が口を挟める空気では無い。
それだけは強く伝わってくる。
もしも口を挟んだら、たぶんソル皇子にすら叱責される。
俺にはそう思えた。
「ふふ。言い度胸だ、気に入った。歯を食い縛りなよ」
「うむ」
ソル皇子は抵抗する様子も無く、立ち上がると素直に歯を食い縛った。
これは……どこまで本気なんだ。
俺はかつて、こんなにハラハラした事は自分の事であっても記憶に無い。
オオムカデンダルがソル皇子の前に静かに立った。
そして。
がっ!
拳が肉を打つ音が聞こえた。
どっ!
ソル皇子が揉んどりうって床に転げる。
手加減なしかよ。
いや、本気だったらソル皇子は死んでいる。
手加減はしたのだ。
それでも人間が吹っ飛ぶのだから、一般人が本気で殴った以上の威力はあった筈だ。
「ぐっ……!」
ソル皇子は口元を袖で拭うと、ゆっくりと立ち上がった。
「これで……気は済んだかの?」
「ああ。もうわだかまりはねえよ」
「ふ、それは良き事じゃ」
ソル皇子は少し笑って、再び席に腰を下ろした。
いったい何だと言うのか。
俺には訳が判らなかった。
「お主は秘密結社の首領にしては、優しい男だの」
ソル皇子が声をあげて笑った。
「アンタも皇子にしては胆が座っている」
オオムカデンダルとソル皇子は、互いに声高に笑った。
オオムカデンダルが急に話題を変えた。
「なんじゃ」
「あの赤子を覚えているかい?」
オオムカデンダルは突然赤子の話を始めた。
もうずいぶんと昔のような気がする。
あの時帝国は、赤子を追ってこのミスリル銀山まで大軍を率いていた。
その大将は、誰あろうソル皇子だ。
「勿論、覚えておる。して、赤子は健やかか?」
「ああ。あれは確か皇族の姫君だと言っていたな」
「うむ」
「何故赤子を殺さねばならないのか、俺たちもあれから知った」
「……そうか」
オオムカデンダルとソル皇子は、互いに無表情のまま言葉を交わしている。
「あれは本心だったのか?」
オオムカデンダルが核心に触れる。
「……難しいの。殺したくは無い、その気持ちに偽りは無い。じゃがの、その一方で殺さない訳にもいかぬ。それも本心じゃ」
「……そうか。アンタ正直だな。長生き出来ねえぞ」
「余もそう思う……」
ほんの少しだけ間が空いた。
「殿下」
「なんじゃ」
「一発殴らせろ」
「!?」
驚き慣れたとは言え、それでも驚く。
カルタスたちは言うに及ばない。
冗談だとしても言い過ぎだ。
その言葉は、いつものいたずらや悪ふざけでは済まないんだぞ。
ソル皇子は少しだけ面食らったように見えたが、それでもそれほど驚いているようには見えなかった。
「……良かろう。好きにすると良い」
本気か。
皇族を、皇子を殴ると言うのか。
他の三人の幹部は、全員反応していなかった。
それぞれが茶をすすり、腕組みをしたまま正面を見つめていたり、真っ直ぐに事の成り行きを見つめていた。
止める気も無いと言うのか。
これは、俺が口を挟める空気では無い。
それだけは強く伝わってくる。
もしも口を挟んだら、たぶんソル皇子にすら叱責される。
俺にはそう思えた。
「ふふ。言い度胸だ、気に入った。歯を食い縛りなよ」
「うむ」
ソル皇子は抵抗する様子も無く、立ち上がると素直に歯を食い縛った。
これは……どこまで本気なんだ。
俺はかつて、こんなにハラハラした事は自分の事であっても記憶に無い。
オオムカデンダルがソル皇子の前に静かに立った。
そして。
がっ!
拳が肉を打つ音が聞こえた。
どっ!
ソル皇子が揉んどりうって床に転げる。
手加減なしかよ。
いや、本気だったらソル皇子は死んでいる。
手加減はしたのだ。
それでも人間が吹っ飛ぶのだから、一般人が本気で殴った以上の威力はあった筈だ。
「ぐっ……!」
ソル皇子は口元を袖で拭うと、ゆっくりと立ち上がった。
「これで……気は済んだかの?」
「ああ。もうわだかまりはねえよ」
「ふ、それは良き事じゃ」
ソル皇子は少し笑って、再び席に腰を下ろした。
いったい何だと言うのか。
俺には訳が判らなかった。
「お主は秘密結社の首領にしては、優しい男だの」
ソル皇子が声をあげて笑った。
「アンタも皇子にしては胆が座っている」
オオムカデンダルとソル皇子は、互いに声高に笑った。
0
お気に入りに追加
33
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
現代に生きる勇者の少年
マナピナ
ファンタジー
幼なじみの圭介と美樹。
美樹は心臓の病のため長い長い入院状態、美樹の兄勇斗と圭介はお互いを信頼しあってる間柄だったのだが、勇斗の死によって美樹と圭介の生活があり得ない方向へと向かい進んで行く。
三度目の創世 〜樹木生誕〜
湖霧どどめ
キャラ文芸
国単位で起こる超常現象『革命』。全てを無に帰し、新たなる文明を作り直す為の…神による手段。
日本で『革命』が起こり暫く。『新』日本は、『旧』日本が遺した僅かな手掛かりを元に再生を開始していた。
ある者は取り戻す為。ある者は生かす為。ある者は進む為。
--そして三度目の創世を望む者が現れる。
近未来日本をベースにしたちょっとしたバトルファンタジー。以前某投稿サイトで投稿していましたが、こちらにて加筆修正込みで再スタートです。
お気に入り登録してくださった方ありがとうございます!
無事完結いたしました。本当に、ありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる