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五七八
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「ところで殿下」
オオムカデンダルが急に話題を変えた。
「なんじゃ」
「あの赤子を覚えているかい?」
オオムカデンダルは突然赤子の話を始めた。
もうずいぶんと昔のような気がする。
あの時帝国は、赤子を追ってこのミスリル銀山まで大軍を率いていた。
その大将は、誰あろうソル皇子だ。
「勿論、覚えておる。して、赤子は健やかか?」
「ああ。あれは確か皇族の姫君だと言っていたな」
「うむ」
「何故赤子を殺さねばならないのか、俺たちもあれから知った」
「……そうか」
オオムカデンダルとソル皇子は、互いに無表情のまま言葉を交わしている。
「あれは本心だったのか?」
オオムカデンダルが核心に触れる。
「……難しいの。殺したくは無い、その気持ちに偽りは無い。じゃがの、その一方で殺さない訳にもいかぬ。それも本心じゃ」
「……そうか。アンタ正直だな。長生き出来ねえぞ」
「余もそう思う……」
ほんの少しだけ間が空いた。
「殿下」
「なんじゃ」
「一発殴らせろ」
「!?」
驚き慣れたとは言え、それでも驚く。
カルタスたちは言うに及ばない。
冗談だとしても言い過ぎだ。
その言葉は、いつものいたずらや悪ふざけでは済まないんだぞ。
ソル皇子は少しだけ面食らったように見えたが、それでもそれほど驚いているようには見えなかった。
「……良かろう。好きにすると良い」
本気か。
皇族を、皇子を殴ると言うのか。
他の三人の幹部は、全員反応していなかった。
それぞれが茶をすすり、腕組みをしたまま正面を見つめていたり、真っ直ぐに事の成り行きを見つめていた。
止める気も無いと言うのか。
これは、俺が口を挟める空気では無い。
それだけは強く伝わってくる。
もしも口を挟んだら、たぶんソル皇子にすら叱責される。
俺にはそう思えた。
「ふふ。言い度胸だ、気に入った。歯を食い縛りなよ」
「うむ」
ソル皇子は抵抗する様子も無く、立ち上がると素直に歯を食い縛った。
これは……どこまで本気なんだ。
俺はかつて、こんなにハラハラした事は自分の事であっても記憶に無い。
オオムカデンダルがソル皇子の前に静かに立った。
そして。
がっ!
拳が肉を打つ音が聞こえた。
どっ!
ソル皇子が揉んどりうって床に転げる。
手加減なしかよ。
いや、本気だったらソル皇子は死んでいる。
手加減はしたのだ。
それでも人間が吹っ飛ぶのだから、一般人が本気で殴った以上の威力はあった筈だ。
「ぐっ……!」
ソル皇子は口元を袖で拭うと、ゆっくりと立ち上がった。
「これで……気は済んだかの?」
「ああ。もうわだかまりはねえよ」
「ふ、それは良き事じゃ」
ソル皇子は少し笑って、再び席に腰を下ろした。
いったい何だと言うのか。
俺には訳が判らなかった。
「お主は秘密結社の首領にしては、優しい男だの」
ソル皇子が声をあげて笑った。
「アンタも皇子にしては胆が座っている」
オオムカデンダルとソル皇子は、互いに声高に笑った。
オオムカデンダルが急に話題を変えた。
「なんじゃ」
「あの赤子を覚えているかい?」
オオムカデンダルは突然赤子の話を始めた。
もうずいぶんと昔のような気がする。
あの時帝国は、赤子を追ってこのミスリル銀山まで大軍を率いていた。
その大将は、誰あろうソル皇子だ。
「勿論、覚えておる。して、赤子は健やかか?」
「ああ。あれは確か皇族の姫君だと言っていたな」
「うむ」
「何故赤子を殺さねばならないのか、俺たちもあれから知った」
「……そうか」
オオムカデンダルとソル皇子は、互いに無表情のまま言葉を交わしている。
「あれは本心だったのか?」
オオムカデンダルが核心に触れる。
「……難しいの。殺したくは無い、その気持ちに偽りは無い。じゃがの、その一方で殺さない訳にもいかぬ。それも本心じゃ」
「……そうか。アンタ正直だな。長生き出来ねえぞ」
「余もそう思う……」
ほんの少しだけ間が空いた。
「殿下」
「なんじゃ」
「一発殴らせろ」
「!?」
驚き慣れたとは言え、それでも驚く。
カルタスたちは言うに及ばない。
冗談だとしても言い過ぎだ。
その言葉は、いつものいたずらや悪ふざけでは済まないんだぞ。
ソル皇子は少しだけ面食らったように見えたが、それでもそれほど驚いているようには見えなかった。
「……良かろう。好きにすると良い」
本気か。
皇族を、皇子を殴ると言うのか。
他の三人の幹部は、全員反応していなかった。
それぞれが茶をすすり、腕組みをしたまま正面を見つめていたり、真っ直ぐに事の成り行きを見つめていた。
止める気も無いと言うのか。
これは、俺が口を挟める空気では無い。
それだけは強く伝わってくる。
もしも口を挟んだら、たぶんソル皇子にすら叱責される。
俺にはそう思えた。
「ふふ。言い度胸だ、気に入った。歯を食い縛りなよ」
「うむ」
ソル皇子は抵抗する様子も無く、立ち上がると素直に歯を食い縛った。
これは……どこまで本気なんだ。
俺はかつて、こんなにハラハラした事は自分の事であっても記憶に無い。
オオムカデンダルがソル皇子の前に静かに立った。
そして。
がっ!
拳が肉を打つ音が聞こえた。
どっ!
ソル皇子が揉んどりうって床に転げる。
手加減なしかよ。
いや、本気だったらソル皇子は死んでいる。
手加減はしたのだ。
それでも人間が吹っ飛ぶのだから、一般人が本気で殴った以上の威力はあった筈だ。
「ぐっ……!」
ソル皇子は口元を袖で拭うと、ゆっくりと立ち上がった。
「これで……気は済んだかの?」
「ああ。もうわだかまりはねえよ」
「ふ、それは良き事じゃ」
ソル皇子は少し笑って、再び席に腰を下ろした。
いったい何だと言うのか。
俺には訳が判らなかった。
「お主は秘密結社の首領にしては、優しい男だの」
ソル皇子が声をあげて笑った。
「アンタも皇子にしては胆が座っている」
オオムカデンダルとソル皇子は、互いに声高に笑った。
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