見知らぬ世界で秘密結社

小松菜

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四八六

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 バーデンは何かを考えているようだった。
沈黙したまま、じっと様子を観察している。

「全軍、退却!」

 突然バーデンが退却を命じた。
兵士たちは号令が掛かるとすぐに、全ての戦闘と家屋の破壊を止めて退却に転じた。

 どうした?
なぜ急に退却に舵を切った。
俺はバーデンを見た。

「ふむ。消えられるとは知らなかった。今日はこのくらいにしておいた方が良さそうだ」

 バーデンはそう言うと、その場から消えた。
俺の視界にも、バーデンを示す光点は見つけられない。
消えたのではなく、居なくなったのか。

 だが、残された光景は惨憺たるものだった。
ほとんどの建物が壊され、更地と化している。
家を失った民衆は、今日突然にホームレスになってしまったのだ。
しかも、その張本人は突然退却した。
だったらこの有り様は必要だったのか。

 バーデンはまた来る。
予想外の出来事がヤツを退却させたのだ。
俺が消えられる事、トラゴスが予想外の力を発揮した事。
どうやらヤツは、計画通りでなければ気が済まないらしい。
イレギュラーは認めない。

 子供っぽいと見るべきか、神経質な完璧主義者か、それとも単に慎重な臆病者か。

「ずいぶんな有り様だな。行動隊長」

 背後から声がした。
振り向かなくても判る。
オオムカデンダルだ。
蜻蛉洲も一緒か。

「……済まない」

 俺はそれしか言葉が見つからなかった。

「……まあ、いいさ。災い転じてなんとやらだ」

 オオムカデンダルはそう言うと、街の人々を集めさせた。

「全部でこれだけか。ざっと百人ちょっとだな」

「破壊された家屋は全部で四二、全壊三一、半壊十一です」

 銀猫がオオムカデンダルに報告した。

「短時間でよくもまあ、これだけ壊せたな……ああ、投石機のお陰か」

 オオムカデンダルはそう言って頭を掻いた。

「あー、諸君」

 オオムカデンダルが人々に向けて話しかける。

「まったく酷いもんだな。いきなり家を破壊して帰って行っちまうなんて、今どき盗賊団でもやらねえぞ」

 オオムカデンダルはそう言って破壊された家屋を見渡した。
人々は力なくオオムカデンダルの話を聞いている。
だが、この場を立ち去ろうとする者は居なかった。

「だがまあ、なってしまった物はしょうがない。文句を言った所で、明日も光景はこのまんまだ。どうだ、家を建て直すってのは?」

「……そんな簡単に言ってくれるなよ。あの家だって建てるのに何日も掛かったんだぞ。金だってねえのによ」

 冴えないおっさんがオオムカデンダルに言う。

「判ってるって。俺たちが手伝ってやると言っているんだ。アンタらから金は一切取らない。家も前より快適にしてやる。とりあえずしばらくの寝床も用意しよう」
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