見知らぬ世界で秘密結社

小松菜

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四六〇

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 蜻蛉洲はゆっくりと歩みを進めた。
一歩一歩、ゆったりと無人の野を行くが如くだ。
憲兵隊との距離が少しずつ縮まり、憲兵隊側も構えをとった。

「止まれ!大人しく両手を頭に乗せて跪け!」

 憲兵隊員が警告した。
しかし。

 そんな事で蜻蛉洲の歩みが止まる訳が無かった。
全く意に介さず、蜻蛉洲はゆっくりと憲兵隊へと近付いた。

 ガチャッ

 憲兵隊が抜刀した。
ヤバイぞ、本当にやる気なのか。
集まった群衆も、銀猫も、そしてマイヤードたちも、全員が固唾を飲んで成り行きを見守った。
中には直視できずに両手で顔を押さえる女の姿もあった。

 蜻蛉洲と憲兵隊の距離が五メートルまで迫った時。

「取り押さえろっ!」

 隊員の号令が掛かり、憲兵隊全員が蜻蛉洲に飛びかかった。

「……ふん」

 蜻蛉洲はつまらなさそうに鼻を鳴らすと、その場で素早く一回転した。

 蜻蛉洲の姿は一瞬でオニヤンマイザーの姿に変わる。
飛びかかった憲兵隊員は、一様に表情が驚愕のそれへと変わった。
オニヤンマイザーに触れる直前で、全員が急ブレーキを掛けた。

 そりゃ触れるのもためらわれるよな。
事情を知らなければ、俺も含めた改造人間の姿は、モンスターの姿その物だ。

「な、なななな、なんだお前はっ!」

 隊員の一人が叫んだ。
自分から向かって行ったのに、なんだお前はと言われては蜻蛉洲も返答に困るだろう。

「秘密結社ネオジョルト、四幹部が一人……」

 オニヤンマイザーは同じペースでゆっくりと歩き続ける。
憲兵隊は間合いを保ったまま、後ろへと後退し続けた。

「……怪人オニヤンマイザー」

 蜻蛉洲が名乗ると、隊員は隊長の側まで後退していた。
隊員の背中が憲兵隊長の馬に当たった。

「ネオジョルトだとぅ……!貴様、噂の盗賊団の一味かあっ!」

 憲兵隊長が怒声を発した。
完全に盗賊団として認定されている。
世界征服を企む秘密結社などと言っても、誰にも正しくは理解されまい。

「ふん。盗賊団などと一緒にしてもらっては困る。我々は何も盗んでなどいないからな」

 それよりも酷い事を企んでいる気もするが。

「聞け、馬鹿ども。この一帯は今日より我らネオジョルトの管理地域だ。今すぐ立ち去れば良し。さもなければ……」

 憲兵隊長が怒りに任せて反論しようとする。

「……全滅させる」

 オニヤンマイザーはそれを言わせず全滅を宣告した。

 駄目だ。
これは帝国に宣戦布告したと同義だ。
俺たちはともかく、この地域の人々はどんな目に遭わされるか判った物では無い。

 俺はオニヤンマイザーの背中を見つめた。
この男がそんな事も判らないほど愚かな男とは思えないが、しかしこれは完全に失敗だ。
やはり異邦人にはこの世界のルールと言う物が判っていないのだ。
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