見知らぬ世界で秘密結社

小松菜

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四三五

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 とんとんとん

 ドアをノックする音がする。

「あの、銀猫さま?どうかされましたか?」

 店の従業員が騒ぎを聞き付けて集まってきている。

「るせえ!取り込み中だ!」

 カルタスが叫んだ。
馬鹿な。
それじゃあ余計に。

「銀猫さま!?失礼します!」

 がちゃり

 思った通り異変に気付いた従業員が、扉を開いて中へなだれ込んで来た。

「こ、これは!?」

「ふん……誰が来ようが、もはや関係無い」

 ヴァンパイアは横目でウェイトレスを一瞥すると、構わず椅子を投げ付ける。

「!?」

 ウェイトレス目掛けて投げられた椅子を、カルタスが途中で叩き落とす。

「人をかばいながら戦えるなんて、ずいぶん余裕があるじゃないか」

「魔王ヴァンパイアにお褒め頂くとは、恐悦至極ってもんだ!」

 カルタスが剣を両手で構える。
あの持ち方は。

 どんっ!どんっ!

 剣先から轟音と共に火を吹く。
圧縮された爆風が狙い過たず、ヴァンパイアに命中した。

「むん!」

 しかし、ヴァンパイアはそれを腕で受け止める。

「……これは」

 ヴァンパイアが衝撃を受け止めた自分の腕を……いや、正確には銀猫の腕を見た。

「また訳の判らない武器を……」

 ヴァンパイアが忌々しげにカルタスを見た。
効いている。
さすがに身体は銀猫の物だ。
ヴァンパイア本人の体と同じ強さとはいかないらしい。

 ならばこれはチャンスだ。

「……なんて思っていやしないか?」

 俺の考えを見透かしたように、ヴァンパイアがニヤリと笑う。

「その辺の矮小なモンスターと僕の違いを見せてあげよう。なぜ魔王なのかをね」

 ヴァンパイアはそう言うと、カッと目を見開いた。

「見るな!チャームだ!」

 俺は咄嗟に叫んだ。
チャームはヴァンパイアの能力でも、もっとも一般的な能力だ。
相手を魅了して必ず自分に従わせる。
強力かつ厄介な能力だ。
魔法とは違うと言う所にも、その嫌らしさがうかがえる。
瞬時に繰り出してくるのだ。

「へっ!判ってるよ!対戦は初めてだが、予備知識は十分だぜ!」

 カルタスは元モンスター討伐専門の傭兵だ。
モンスターに関する知識は当然豊富だろう。

「本当に対戦する日が来るとは思っても見なかったがな……」

 カルタスはそう言って笑ったが、その顔には緊張もうかがえた。
無理もない。
魔王ともなれば、誰でも知っている有名モンスターだが、出会う確率はほとんどゼロだ。
死ぬまでに一度も目にする事無く一生を終えていく冒険者がほとんどだろう。

「知識はあっても体験するのは初めてだろう?応用力が足りなかったな」

 ヴァンパイアが得意気に言った。
なんだ?

「うう……!」

 背後から呻き声が聞こえる。
まさか。
俺は振り返って舌打ちした。

「しまった……!」

 チャームに掛かったのは踏み込んで来たウェイトレスたちだった。
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