見知らぬ世界で秘密結社

小松菜

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三九〇

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 尻を叩く度、男はピーピー喚き散らした。
なんだ、このくらいで。
それにしても見た目の割りに、体は細く体重も軽いな。
やはり栄養状態が良くないのかもしれない。
スラム地域ともなれば一日の食事も、食うや食わずの毎日なのだろう。

「放せえ!放せよおぅ!」

 あまりに喚くので可哀想になってきた。
まあ、このくらいやれば懲りるだろう。
俺は肩から男を下ろすと、その場に投げ捨てた。

「痛えっ!くそっ、何しやがる!」

「これに懲りたら真面目に働け。大人なんて襲ってると、そのうち取り返しのつかん事になるぞ」

 俺はそう言うと、男に背中を向けて歩きだした。

「ちっくしょー!覚えてやがれ!」

 背後で男の捨て台詞が聞こえる。
あれはまたやるな。
しょうのないガキだ。
しかし他に生き方を知らないのでは、あんまり責めるのも可哀想に思える。
別に彼らだって好き好んでこんな所に生まれ落ちた訳でもないだろう。

 最初に男に声を掛けられた場所まで戻って来た。
見れば男の仲間たちは既にいない。
逃げたか。
だからどうだと言う事も無かったが、俺は男たちが倒れていた場所に何かが落ちているのを見つけた。

「なんだこりゃ」

 俺はそれを拾い上げる。
これは小さなメモ書きだ。
汚い字で、何やらビッシリと書き込まれている。
しかし、あまりに字が下手くそ過ぎて、何が書いてあるのかさっぱり見当も付かない。
何か大事な物なのか?
紙と言えば高価な物だ。
羊皮紙でさえ、なかなか気軽に買える物ではない。
裏表に何回も折り返し書かれたこのメモは、彼らのような貧しい子供たちに不釣り合いに思える。

「……返してやるか」

 俺は再びきびすを返して、リーダー風の男が居る場所へと戻った。
しかし、そこには男も既にいない。

「ま、そりゃそうか」

 とは言え、このままにするのも何だかモヤモヤする。
この迷路のように要り組んだスラム地域から、また彼らを探し出すのは骨が折れそうだ。
第一、向こうが俺を避ける可能性もあるだろう。
いや、たぶんその可能性は高い。

「なあ、お兄さん。それ返してくれないか?」

 背後から声がする。
振り返ると強面の男が立っていた。
一人だ。
今度こそ絵に描いたような悪人面だ。
言っちゃ悪いが、如何にもスラム地域と言った風体だった。
顔だけではない。
体も厳つく、向う傷が特に目を引く。

 如何にも武闘派だな。
俺は男に向き直った。

「これの事か?」

 俺は例のメモ書きをヒラヒラとして見せる。

「そうだ」

「おかしいな。俺の知っている持ち主とは違うようだが?」

「取ってきて欲しいと言われたんだよ。それをお前が持って行っちまった」

 男は平然とそう言った。
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