見知らぬ世界で秘密結社

小松菜

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二七一

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 廊下を進む。
突き当りのドアに手を掛けた。
中に誰か居る、人の気配がする。

 ガチャ

 俺はドアを開け、中に入った。

 誰だ。

 部屋の中は薄暗く、同じく燭台に蝋燭の火が灯っている。
それだけの明かりが、室内をぼんやりと照らしている。
そしてその蝋燭の火の向こう側に誰かが座っていた。
それほど大きくない丸いテーブルの上に肘を乗せて、両手を組んでいる。

「よく来たのう。待っておった」

 独特の抑揚を付けて男がそう言った。
どこかで聞き覚えのある声と話し方だ。

「で……!殿下……ッ!」

 カルタスが短く叫んだ。
殿下だと?
俺はもう一度男をよく見た。

 男は組んでいた手をほどき、顔を露にした。

「!」

 第二皇子ソル。

 間違いない。
ミスリル銀山の時にオオムカデンダルと話していた皇子だ。
なぜこんな場所に皇子が。
なぜ俺を待っている?
心当たりはさすがに無い。

「ソル殿下……ですよね?」

 俺は少し緊張した。
一介の冒険者が殿下にお目通りが叶うなど、普通は考えられない。

「左様。お前はいずれ来ると思うておった」

 なぜかは判らないが、網を張られていたらしい。
帝国へは行くなと言ったマズルは、この事を言っていたのか。

「なぜ私を?」

 俺はなるべく気持ちを見透かされないように、そして余計な情報を与えないように、最低限の少ない言葉で接する事にした。

「話せば長く、ちと面倒な話じゃ。どこから話そう」

 ソル殿下は、しばし逡巡した。
俺は黙って言葉を待った。

「そう言えばお前以外は見ない顔が多いのう。以前の者たちはつつがなきや?」

 ソル殿下は後ろの三人を見てからそう言った。

「はい」

「そうかそうか。あの者たちは、こうしてここには来るまいと思うておった。来るならお前であろうとな」

 なるほど、確かに。
オオムカデンダルならば、大人しく普通に城門から入ってくる事はないだろう。
来るときは恐らく、殴り込みのような形で正面を突破して、真っ直ぐ玉座へ向かいそうだ。
被害は……考えたくない。

「そう警戒するでない。余はお前たちを捕まえようなどとは思っておらぬ。ましてや罰しようともな」

 ならばなぜ俺を呼ぶ。
敵対以外、関連性が無いではないか。

「余を手伝ってはくれぬか?」

 なに?

「いや、助けてはくれぬか?と言う方が正しいかもしれぬ」

 俺が皇子を助ける?

「帝国は今、建国以来の危機を迎えておる。しかし余には味方が居らぬ。余を助けてたもれ」

 そうしてソル殿下はテーブルに突っ伏して頭を下げた。
カルタスもオレコもその光景に息を呑むのが判った。
帝国の殿下が頭を下げる。
それがどれほど異様な光景か。
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