見知らぬ世界で秘密結社

小松菜

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一〇六

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「見ろ、あの礼儀の良さ」

 蜻蛉洲が得意気に言う。
止めなくていいのか。

「なんの冗談だ。ふざけていても容赦はしないぞ」

 ルドムはそう言って剣を抜いた。
わざわざ口に出して断りを入れる辺り、オオムカデンダルの言うように本当に真面目なのかもしれない。

「容赦はいらない。僕は自分を試してみたいだけなんだ。本気の方がいい。でないと君は死ぬ」

 ルドムが呆れたように微笑んだ。
当然だろう。本気にしていない証拠だ。

「そんな風に油断していても容赦はしないぞ」

 フィエステリアームがルドムの言葉を拝借した。

「へん、しん」

 言うと同時にフィエステリアームはその場で一回転する。

 俺はもう知っている。
ターンすると彼らは『変わる』のだ。
くるっと回って正面を向いた時。

 フィエステリアームの姿はさっきまでの少年の姿ではなかった。

 グロテスク。

 その形容詞がピッタリだ。
オオムカデンダルも、オニヤンマイザーも、元が何の生物だったか判るデザインだった。
だが、これは。

 見た事もない。
これは生き物なのか。
目もない、耳もない、口もない。

 丸い。そして灰色。
人型なのは人間がベースになっているから、と言うだけの理由だろう。
元の生き物がどんな姿のか、この見た目からは想像もつかなかった。

 敢えて無理に例えれば、メロンが一番近いだろうか。
生物なのに植物が一番近いとは。
元が『藻』だからなのかもしれない。

「いくよ」

 ルドムが驚きのあまり絶句しているのが判る。
だが、フィエステリアームはお構いなしだ。

 一歩、フィエステリアームが前に出た。
ようやくルドムは危険を察して、明らかな構えをとった。
だが、それは守りの構えだ。
まだ、攻撃することにためらいが見える。

 構わずフィエステリアームは間合いを詰める。
構えもなく、無防備に、てくてくと歩いて近付いていく。

 シュッ!

 覚悟が決まったか。
それともこれ以上は下がれないと判断したか。
ルドムはピタッと下がるのを止めると一転、突然前に出た。

 突然の反転に俺も反応できない。
そんな速度だった。

 !

 次の瞬間、俺は我が目を疑った。

ドシュッ!

 ルドムの剣先がフィエステリアームの体を捉えた。
胸のど真ん中。
心臓だ。

 俺は呆気に取られた。
あんなに自信に満ちあふれていたのに。
あんなにみんながフィエステリアームの強さを口にしていたのに。

 ルドム将軍の本来の実力からいえば、こうなるのは当然の結果と言える。

 しかし、それにしても……

 ルドムはわずかに微笑んでいた。
それは、勝利者の顔と言ってもいいだろう。

 フィエステリアームの胸に刺さった剣先は、貫通して背中から突き出ている。
フィエステリアームの小さな体は衝撃で『くの字』に曲がった。
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